川谷絵音的注文
「コンフィじゃないんですね」
そう言うと、
彼は少しだけ考える。
考えるというより、
頭の中の音楽を
一瞬だけ止める感じ。
「冷たいほうがいいです。
感情も、たぶん」
川谷絵音的な夜は、
温度が低いほうが似合う。
マスターは、
まな板を水で濡らして、
包丁を一度だけ拭く。
出てきたのは、
冷製の鴨ロース。
低温で火を入れた鴨を、
薄く切って、
しっかり冷やしてある。
皿の上には、
すりおろした梨と白ワインビネガー。
黒胡椒をほんの少し。
オリーブオイルは、
香りだけ残す量。
付け合わせは、
冷やした焼きナス。
皮をむいて、
出汁と塩だけで
静かに味を入れてある。
お酒は、
ドライなベルモットのソーダ割り。
レモンは入れない。
代わりに、
月桂樹の葉を一枚だけ。
鴨を一切れ。
冷たさのあとに、
ちゃんと肉の影が残る。
梨の甘さが、
すぐに消える。
ベルモットを一口。
香りだけが、
少し遅れてくる。
音楽は、
indigo la Endの、
誰も泣かせようとしてない曲。
彼は、
「冷たいほうが、
ちゃんと考えなくて済む」
と、小さく言う。
川谷絵音的な注文は、
心を温めるためじゃなくて、
心をこれ以上
熱くしないためのものだった。
