ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」で出てくる、一本のネギ
ーーー「カラマーゾフの兄弟」では、数多くの性悪女が出てくる。そんな性悪のうちの一人が、主人公のアレクセイ・カラマーゾフに向かって口にした「おとぎ話」から、抜粋してお届けしますーーー
昔あるところに、それはそれは意地の悪い女が住んでいて、ぽっくり死んじまいました。死ぬまで一つとして美談がありませんでした。悪魔たちがその女を捕まえて、火の湖に投げ込みました。そこで、その女の守護天使がそばにじっとたたずみながら考えました。何か一つでも、この女が行った美談を思い出して、神様にお伝え出来ないものだろうか、と。そこでふと思い出し、神様にこう告げたのでした。「この人は野菜畑でネギを一本引き抜き、乞食女に与えました。」と。
すると神様は天使に答えました。「ではそのネギをとってきて、火の湖にいるその女に差し出してあげなさい。それにつかまらせ、引っ張るのです。もしも湖から岸に上がれれば、そのまま天国に行かせてあげよう。でもそのネギが切れてしまったら、今と同じところに残るがよい。」天使は、女のところに駆け出し、ネギを差し出しました。さあ女よ、これに捕まって上がってきなさい。そこで天使はそろそろと女を引き上げにかかりました。そして後もう一歩というところまで来た時、湖の他の罪びとたちが、女が引っ張り上げられるのを見て、一緒に引き上げてもらおう女にしがみついたのです。するとその女は、それはそれは意地の悪い女だったので、罪びとたちを両足で蹴り落したのでした。「引っ張ってもらってるのは私で、あんたたちじゃない。これは私のネギで、あんたたちのじゃない。」女がそう口にした途端、ネギはぷつんとちぎれてしまいました。そこで女は湖に落ち、今日の今日まで燃え続けているのです。そこで天使は泣きだし、立ち去りました。
誰しも苦しみから逃れ出でたいと思うのは当然です。
でも、「ネギ」は万能ではありません。
みんながみんなその方法に頼った結果、その方法そのものが破綻してしまい、それにすがった人々全員が堕ちて行ってしまう。
私にはどうもこの「性悪女」が本当に性悪だとは思えません。むしろ、当たり前に生きている人のうちの一人であり、彼女は助かりたかっただけです。
私もこの女と同じです。自分だけでもいいから助かりたい。
世間で言われている成功、一般的にこれが「うまくいったよね」といわれるような状態に、みんながみんな縋ろうとすると、競争は激しくなるばかりで、やがてみんな一緒にレッドオーシャンの中に溺れて行ってしまう・・・
だからこそ、その人はその人なりの楽しみ方で生きていけたら最高ですね。みんなが「いいね!」と言うような状態に自分を持っていくことばかりに齷齪するのではなく、「俺も然り、そしてあなたも然り」の精神で生きていくことができたなら、きっとネギもちぎれることはなかったのでしょう。
