幻想の終わりと、大国間政治の静かなる悲劇 —— ジョン・ミアシャイマーが語る「怪物を探さない」世界への道標
幻想の終わりと、大国間政治の静かなる悲劇 —— ジョン・ミアシャイマーが語る「怪物を探さない」世界への道標
はじめのはじめ
先日、Neutrality Studiesを拝見していると、Pascal Lottaz氏が、Mearsheimer(ジョン・ミアシャイマー)博士の理論に対して、明確な「懐疑」と「限界」を提示しておりましたもので、博士の現在の最新の思考をまとめてみたいという気持ちになったのが今回の記事のきっかけです。
Lottaz氏の懐疑は、単なる他者批判ではなく、**「表面的な国家の振る舞いの奥底(深奥)にある、真の権力構造(支配階級のネットワーク)を見抜かなければ、世界は理解できない」**という強い危機感から発露したものであることを先に明記させて下さい。
ミアシャイマー博士が「国家」というチェス盤を見つめているのに対し、Lottaz氏は「チェス盤そのものを作り、動かしている見えない手(トランスナショナル階級)」に焦点を当てようとしています。
Lottaz氏がミアシャイマー博士に懐疑的になっているのは事実ですが、それは**「過去の優れた理論(ベースマテリアル)の限界を直視し、新たな視点(未来の価値)を錬成しようとする、極めて健全でプロフェッショナルな知のプロセス」**であると理解させて頂き、先へ進ませて頂きます。

はじめに —— インタビューの背景と登場人物
2026年5月、シカゴ大学の政治学者ジョン・ミアシャイマー氏が、オーストラリアのジャーナリスト、トム・スウィッツァー氏のインタビュー番組に出演しました。『大国間政治の悲劇(The Tragedy of Great Power Politics)』の著者として世界的に知られるミアシャイマー氏は、国際政治を道徳や理想主義のレンズではなく、「力」と「生存」という冷徹な現実主義(リアリズム)の視点から見つめ続けてきた学者です。
このインタビューは、2026年5月20日にカナダ・トロントで開催される「マンク・ディベート(Munk Debate)」の直前に収録されたものです。討論の命題は、第6代アメリカ大統領ジョン・クィンシー・アダムズの有名な言葉から引かれた「アメリカは怪物を退治しに海外へ行くべきではない」というものであり、ミアシャイマー氏はスティーブン・ウォルト氏(ハーバード大学)と共に肯定派として登壇します。否定派として壇上に立つのは、マイク・ポンペオ元国務長官(トランプ政権)とビクトリア・ヌーランド元国務次官補(共和・民主両政権で要職を歴任)です。
インタビューの中でミアシャイマー氏は、イラン戦争、米中関係、台湾問題、ロシア・ウクライナ戦争、そしてキューバへの圧力という広範なテーマを、一貫した構造的リアリズムの枠組みから論じています。以下、その議論の全容を詳細に追っていきます。
第1章 イランの空に消えた40日間 —— 力の限界と連鎖する危機
インタビューは、中東の緊張から幕を開けます。アメリカとイラン。長きにわたり対立を続けてきた両国の関係は、かつてないほどの緊張状態にあります。ミアシャイマー氏は、圧倒的な軍事力を持つアメリカがなぜイランを屈服させることができないのか、過去の事実を突きつけます。
「私たちは40日間爆撃しましたが、それは失敗に終わりました。機能しなかったのです。ですから自問すべきは、前回やらなかったことで今回一体何をすれば彼らを屈服させられるのか、ということです。」
ミアシャイマー氏が言及しているのは、2026年2月28日から4月8日まで実施されたアメリカのイランに対する航空爆撃作戦です。約40日間という長期にわたる爆撃にもかかわらず、イランは屈しませんでした。彼がここで問うているのは、単なる戦術的失敗の分析ではなく、「空爆によって相手国を降伏させられる」という前提そのものの有効性です。
もしアメリカが再び軍事行動に踏み切るなら、前回をはるかに凌ぐ全面的な攻撃にならざるを得ないとミアシャイマー氏は言います。しかし、そこにはイランの「第2撃能力」という決定的な問題が立ちはだかります。
「イランは第2撃能力を持っています。もし本当に全力でいくなら……イランに対して犬を解き放たなければならない。しかしそれは、サウジアラビアやUAEなど湾岸諸国を破壊する強力な動機を彼らに与えるだけです。そしてこれは国際経済に壊滅的な結果をもたらすでしょう。」
ここで言う「第2撃能力」とは、先制攻撃を受けた後にも報復攻撃を実行できる能力を意味します。核戦略の文脈では核報復力を指しますが、ミアシャイマー氏はここで、イランが通常兵器(ミサイル等)による湾岸諸国のエネルギーインフラへの報復攻撃能力を保持していることを指しています。アメリカがイランを追い詰めれば、イランは自国の生存をかけて中東全域のエネルギー供給網を標的にし、世界経済に壊滅的な打撃を与えることができるという構造です。
さらにインタビュー後半で、ミアシャイマー氏はこの議論をより詳細に展開しています。爆撃再開に反対する理由として、
第一に40日間の爆撃がすでに失敗したという事実、
第二にトマホーク・ミサイルやパトリオットなど高度な兵器の消耗が中国封じ込め等の他の戦略的態勢に悪影響を及ぼすこと、
第三にイランの第2撃能力が湾岸諸国と国際経済に壊滅的結果をもたらすことの三点を挙げています。
スウィッツァー氏はトランプ大統領の「イランにとって時計は刻々と進んでいる。急がなければ何も残らない」という発言に言及しますが、ミアシャイマー氏は同意しつつもこう指摘します。
「彼はオオカミ少年です。」
脅迫を繰り返しながら実行に移さないパターンが信頼性を損なっているという認識です。ただし、爆撃が再開される可能性を完全には排除していません。
第2章 怪物を探し求めるな —— アダムズの警告と「抑制派」対「十字軍」
なぜ大国は時に自らの国益を損なってまで、遠い地の紛争に介入しようとするのか。ミアシャイマー氏はマンク・ディベートの命題を説明する中で、その問いに答えます。
「ジョン・クィンシー・アダムズ大統領は、1823年の非常に有名な演説で、アメリカは怪物を退治しに海外へ行くべきではないと述べました。」
(※補足:ミアシャイマー氏はインタビュー中で「1823年」と述べていますが、歴史的にはこの演説は1821年7月4日に行われたものです。番組終盤でスウィッツァー氏も「1820年代初頭」と修正しています。)
ミアシャイマー氏は、アダムズが戒めたのは安全保障の放棄ではなく、自国の価値観を武力で他国に押し付ける「十字軍国家」としての振る舞いだと説明します。
「世界を善人と悪人に分け、悪人を探し出し、退治して、私たちの定義に従って善人に変えようとすべきではないのです。」
この構図を、ミアシャイマー氏は「抑制派」対「十字軍」と明確に定義します。
「これは、スティーブと私のような抑制派と、アメリカのイメージで世界を作り変えることに関心を持つヌーランドやポンペオのような十字軍との間の議論と定義できます。」
重要なのは、この議論の境界線をミアシャイマー氏が明確に引いている点です。
「ポンペオとヌーランド対スティーブと私の議論は、アメリカが大国間政治に関与し死活的安全保障利益を守るべきかどうかについてではありません。それには全員が同意しています。問いは、そこから先に進んで、民主主義や自由が存在しない場所でそれを推進しようとすべきかどうかです。」
つまり、ミアシャイマー氏は孤立主義者ではありません。彼が反対しているのは、安全保障上の必要を超えて、「民主主義の輸出」を銃口の先で行うこと——すなわち他国の体制を力で変えようとする「社会工学」です。
アメリカ世論との関係
スウィッツァー氏は、1990年代のワシントンで外交政策の抑制派がいかに少数派であったかを回顧します。チャールズ・クラウトハマーの「一極の瞬間」、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」が支配的だった時代、抑制派はパット・ビューキャナンやケイトー研究所など周縁的存在に限られていました。
しかしミアシャイマー氏は、今日では状況が変わったと指摘します。
「一般のアメリカ国民、ミドル・アメリカについて言えば、世界中を回って怪物を退治することにあまり関心がないのは明白です。そうした行動への熱意が見られるのはエリート層の内部です。」
ここには、外交政策をめぐるアメリカ国内の「エリートと大衆の乖離」という構造的問題が浮かび上がっています。一般市民は介入に懐疑的であっても、政策エリート層が介入主義を推進する——この緊張関係は、2003年のイラク戦争以来繰り返し指摘されてきた問題です。
第3章 米中共通利害 —— イラン戦争と経済的生存の計算
視点は中東から東アジアへ移ります。トランプ大統領と習近平国家主席の会談において、両国はイラン紛争の終結に向けて「足並みを揃えている」と報じられました。激しく対立する米中が、なぜ中東の平和で利害を一致させるのか。
ミアシャイマー氏は、中国がイラン戦争の継続で利益を得る側面を率直に認めた上で、より重大な懸念を指摘します。
「中国は、この戦争が終わらなければ国際経済が崖から転落し、中国に壊滅的な結果をもたらすことを深く懸念していると思います。」
中国は工業製品を世界中に輸出する経済構造を持ち、他国の経済が悪化して中国製品を購入する余力を失えば、中国経済自体が打撃を受けます。さらに、中国は化石燃料の輸入に依然として大きく依存しています。つまり中国にとって、イラン戦争の終結は道徳ではなく経済的生存の問題です。
スウィッツァー氏は「アメリカはシェール革命によりエネルギー自立を達成しているが、中国の化石燃料依存は中国台頭の物語を複雑にしないか」と問いますが、ミアシャイマー氏は明確に否定します。その理由は、現代の大国間競争において決定的なのはエネルギー資源だけでなく、先端技術開発における優位性だからです。
ミアシャイマー氏は、ロシアについても同様の分析を加えています。ロシアはこの戦争から他のどの国よりも恩恵を受けている面があります。アメリカがロシアの石油を世界市場に流通させたいがために、ロシアへの制裁が緩和されているからです。しかし、それでもロシアは戦争の終結を望んでいるとミアシャイマー氏は見ます。国際経済が崖から落ちた場合の潜在的結果があまりに深刻だからです。
第4章 技術覇権と国力の源泉 —— AI・量子コンピューティングの競争
エネルギー資源以上に重要なのは何か。ミアシャイマー氏は、米中競争の核心を先端技術開発の競争に見出します。
「AI、量子コンピューティングなどの高度な技術を開発する能力が非常に重要であり、中国がこの競争でアメリカを凌駕すれば、重大な優位を得ることになる。その逆もまた然りです。」
さらに、中国がグリーンテクノロジーの開発に注力している点も指摘されます。電気自動車(EV)の開発において中国ほど熱心な国はなく、現在の北京は10〜15年前と比べてスモッグが大幅に減少しているとミアシャイマー氏は述べます。これは環境への配慮であると同時に、石油・ガスへの依存を減らすための長期的な地政学的戦略でもあります。
第5章 台湾海峡のパラドックス —— 誰が「鳩」で、誰が「鷹」なのか
台湾をめぐる議論で、ミアシャイマー氏は興味深い逆転現象を浮き彫りにします。
トランプ大統領は訪中時、台湾問題で中国を刺激することを意図的に避けました。しかし2017年の第一次政権では、中国への「関与政策」を終わらせ「封じ込め」に転換した張本人でした。スウィッツァー氏の言葉を借りれば、ウォール・ストリート・ジャーナルは「第一次政権のトランプは中国を戦略的敵対者と理解していたが、第二次政権はデタント(緊張緩和)に傾き、トランプは首席鳩派だ」と嘆いています。
一方、関与政策の「熱烈な支持者」だったジョー・バイデンは、大統領就任後、トランプ以上に強硬な封じ込め政策を採用し、「台湾を防衛する」と4度も公言して中国を激怒させました。
なぜこの逆転が起きたのか。ミアシャイマー氏の説明は、イデオロギーではなく「構造的制約」に基づきます。
「もしあなたがトランプで、ペルシャ湾での戦争でワニに首まで浸かっているなら——つまりイラン戦争にまだ巻き込まれているなら——東アジアでの大危機は絶対に避けたい。だからトランプは北京訪問時に中国への見解をトーンダウンさせることに深い関心があるのです。」
これは平和主義への転向ではなく、冷徹な優先順位の計算です。中東で戦争を抱えている以上、同時に東アジアで危機を起こす余裕はない。さらにトランプはイラン戦争終結のために中国の協力を必要としています。
ミアシャイマー氏は、このデタントのアプローチを歴史的先例と結びつけます。
「1970年代、国際政治における武力行使に関して決して臆病ではなかったヘンリー・キッシンジャーは、当時アメリカの国益にかなうと考えて、ソ連とのデタントを追求しました。」
ただし、ミアシャイマー氏は台湾防衛へのアメリカのコミットメントが消えたわけではないと明言しています。トランプは中国側の誘い水に「乗らなかった」のであり、台湾防衛から後退する余地はないと「十分に理解している」と述べています。
第6章 トゥキディデスの罠 —— 構造としての米中対立
米中が一時的に利害を共有していても、両国間の根本的な対立構造は消えません。スウィッツァー氏が、ハーバード大学のグレアム・アリソン氏による「トゥキディデスの罠」の議論を持ち出すと、ミアシャイマー氏はこの概念を自身のリアリズム理論の枠組みで再解釈します。
古代ギリシャの歴史家トゥキディデスは、新興国(アテネ)の台頭が既存の覇権国(スパルタ)に恐怖を与え、戦争に至ると説きました。アリソン氏はこれを米中関係に当てはめ、「習近平もトランプもこの危険を十分認識している」と論じ、中国の視点では「100年の国恥」からの復権にすぎないと紹介しています。
ミアシャイマー氏は「トゥキディデスの罠」が自身の議論を言い換えたものだと認めつつ、因果の帰属について重要な区別を加えます。
「私の主張は、それはシステムに組み込まれているということです。単にアメリカや中国のせいではありません。大国同士が競争するのは、あなたを守ってくれる上位の権威が存在しないシステムでは、そうする以外に選択肢がないからです。」
これが構造的リアリズムの核心です。国際システムにおける「アナーキー(無政府状態)」——すなわち国家を取り締まる上位権威の不在——が、大国に自助努力と力の追求を強いる。中国が東アジアでの覇権を求めるのは、アメリカが西半球の覇権国であるのと同じ論理であり、「極めて理にかなっている」行動です。
中国はこの問題を「アメリカの侵略のせいだ」と主張し、アメリカは「中国の拡張主義のせいだ」と主張しますが、ミアシャイマー氏はどちらも正しくないと退けます。問題は善悪ではなく、構造です。
「中国は、アメリカさえ行儀よくすればトゥキディデスの罠を回避でき、みんな幸せに暮らせると信じています。しかし私は、国際政治がそのように機能するとは思いません。」
ただし——そしてこれが極めて重要な但し書きですが——構造的対立が不可避であることと、戦争が不可避であることは同じではありません。
「それにもかかわらず、私たちと中国には根深い利害があります。両者の間で決して戦争を起こさないようにすることに深い関心を持っていると言えるでしょう。私たちは中国を封じ込めたいだけであり、戦いたいわけではないのです。」
*競争は不可避だが、戦争は回避できる*——これがミアシャイマー氏のリアリズムが導く実践的結論です。
第7章 アメリカは衰退しているのか —— 国力の物質的基盤
スウィッツァー氏は、中国・北京の学者グループがトランプ大統領への「感謝状」を風刺的に発表したというエコノミスト誌の記事を紹介します。その内容は辛辣です。「伝統的同盟国を追い払ってくれてありがとう。中国がより信頼でき安定していると世界に示してくれてありがとう。経済的圧力でイノベーションを促してくれてありがとう。そして何より、アメリカが帝国の黄昏にあり、衰退する偽善的な大国であることを示してくれてありがとう。」
「この結論は時期尚早か」というスウィッツァー氏の問いに、ミアシャイマー氏は明確に反論します。
彼の議論の基盤は、国力(パワー)の定義が「物質的能力」——すなわち人口の規模と富の量——に帰着するという理論的前提です。
まず人口について。ミアシャイマー氏は、アメリカの人口は将来にわたって成長する見込みであるが、中国の人口はそうではないと指摘します。中国の深刻な人口減少は、長期的な国力の相対的低下を意味します。
次に富について。米中はどちらも非常に印象的な経済を持ち、富を生み出し高度な技術を開発する能力に優れている。中国がアメリカに対して相対的に台頭しているのは事実ですが、それは「アメリカの経済と人口が崩壊しているから」ではなく、「二つの非常に強力な国のうち一方が追いついてきている」構造です。
「アメリカを容易に見捨てる者は愚かです。」
アメリカの問題は「力」ではなく「力の使い方」
ただし、ミアシャイマー氏はアメリカに問題がないとは言いません。問題があるのは国力そのものではなく、その運用方法です。
「アメリカが失敗したのは、その力をどう行使するか、同盟国に対してどう振る舞うか、自らが作ったルールに基づく国際秩序にどう接するかという点です。」
トランプ政権はオーストラリアやヨーロッパの同盟国との関係において「愚か」であり、アメリカ自身が創設した国際機関や国際法に対する敬意を著しく欠いている。しかし、それは「力」の問題ではなく「力の使い方」の問題であり、アメリカの「生の力」を過小評価すべきではないとミアシャイマー氏は強調します。
さらに、トランプ大統領の政策で特に懸念されるのが大学と研究能力への打撃です。
「トランプ大統領の政策の多く、特に大学を傷つけ研究能力を損なうことに関しては、懸念すべき理由があります。」
しかし同時に、ミアシャイマー氏は「アメリカには多くの余力がある」と付け加えます。つまり、一人の大統領の政策で完全に崩壊するほど脆弱ではないという認識です。
習近平の「継続性」という構造的優位?
スウィッツァー氏はアリソン氏の別の論点を紹介します。習近平は数十年単位で思考できるが、アメリカは民主・共和の政権交代で常に揺れ動く——この「継続性」は中国の構造的優位ではないか、と。
ミアシャイマー氏の回答は簡潔です。アメリカは1783年以来、あるいは大国となった1900年以来、大統領を定期的に交代させてきた。しかし、
「基本的に愚か者のような大統領が何人かいて、いろいろやらかしましたが、大した問題にはなっていないようです。」
アメリカのシステムの堅牢さは、個々の指導者の質に左右されにくいということです。
第8章 権威主義と民主主義 —— どちらが経済的に優れているか
スウィッツァー氏が「権威主義の硬直性は最終的に弱点になるのでは」と問うと、ミアシャイマー氏は「明確な見解を持っていない」と率直に答えた上で、歴史的事例を挙げます。
ヒトラーのドイツは、1930年代において唯一大恐慌から経済を引き上げた工業国であり、第二次世界大戦中も経済的に好成績を収めました。ソ連の経済もスターリンの第一次五カ年計画(1928年)以降、1965年頃まではかなりの成果を上げていた。1965年以降の衰退は権威主義体制が原因かもしれないが、「非常に複雑な問題」だとミアシャイマー氏は言います。
その上で、中国に関する核心的指摘を行います。
「彼らの本当に賢い一手は、共産主義を捨てて資本主義を採用したことです。」
鄧小平の1980年代の改革を指しており、ミアシャイマー氏は「右派の人々が中国からの『共産主義の脅威』を語るのを聞きますが、私の答えは、共産主義であればこそ好都合だったのに、ということです」と皮肉を込めています。共産主義のままであれば経済的に非効率で脅威にならなかった——資本主義を採用した中国だからこそ脅威なのだ、という論理です。
中国の弱点
同時にスウィッツァー氏は中国の現実的弱点を確認します。経済成長の鈍化、不動産危機、深刻な若年失業率、そして人口減少。ミアシャイマー氏はこれらに完全に同意し、これらがアメリカを容易に見捨てることの愚かさを裏付けると述べます。
第9章 二つの戦争 —— ウクライナの戦場とプロパガンダの霧
話題はロシア・ウクライナ戦争へと移ります。スウィッツァー氏は西側メディア(ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン、デイリー・テレグラフ、ウォール・ストリート・ジャーナル)が「ロシアは後退している」「35万人以上のロシア兵が死亡した」「ウクライナが600機のドローンでロシアを攻撃した」と報じていることに言及し、ミアシャイマー氏の見解を求めます。
ミアシャイマー氏の回答の出発点は、情報環境そのものへの警告です。
「まず心に留めておくべきは、ここでは二つの戦争が起きているということです。一つは戦場での戦争、もう一つはプロパガンダ戦争です。」
ウクライナと西側には、「ロシアは負けつつある」という物語を維持する強力なインセンティブがあるとミアシャイマー氏は指摘します。ウクライナは西側の支援を維持するために戦況を楽観的に見せる必要があり、ヨーロッパ諸国はアメリカの関与を維持し自国の国民を説得する必要がある。トランプがウクライナ支援の負担をヨーロッパに移したがっていることを知っているからです。
※重要な注記:以下はミアシャイマー氏の分析・評価であり、戦場の実態については他の専門家や情報源と異なる見解も存在します。
ミアシャイマー氏による戦場評価
「戦場で起きていることを見れば、ウクライナ軍が進軍しロシア軍が後退しているという考えは単に間違っています。進軍しているのはロシア軍です。」
ミアシャイマー氏が挙げる根拠は以下の通りです。
第一に、ロシア軍は4年以上にわたってゆっくりだが着実に前進し続けており、「電撃戦」ではないものの領土を獲得し続けている。
第二に、兵力と戦闘部隊の質においてロシア軍がウクライナ軍を凌駕しており、ウクライナ軍は脱走と徴兵逃れの深刻な問題を認めているが、ロシアはその問題を全く抱えていない。
第三に、ロシアはドネツク、ルガンスク、ザポリージャ、ヘルソンの4州全域の支配を目標とし、そこに向けてゆっくりと進んでいる。
ミアシャイマー氏は、もし今日戦争が止まれば、ウクライナは国土の約15分の1を失っており、それを取り戻す手段がないため「ウクライナの敗北」となると述べます。さらに踏み込んで、ロシアは戦争に勝っており、唯一の問いは勝利がどのような形になるかだと断言します。
ドローンの役割と限界
ウクライナが持ちこたえている要因として、ミアシャイマー氏はドローン技術を挙げます。
「ドローンが戦場の大きな要因になる前は、ウクライナはもう崩壊しているはずだと思っていました。ドローンがなければそれは事実だったと思います。しかしドローンによって、少なくとも現時点ではウクライナが持ちこたえるのがずっと容易になっています。」
ただし、ウクライナの大規模ドローン攻撃(600機)については、その効果に懐疑的です。第一に、ミサイルではなくドローンが使用された——本当にロシアを叩きたいならミサイルが欲しいはずであり、ミサイルはドローンよりはるかに効果的です。第二に、実際の被害は限定的。第三に、ロシアがウクライナの電力網に与えた甚大な打撃(2025-2026年冬)でさえウクライナを降伏させなかったように、航空攻撃で相手を降伏に追い込むこと自体が構造的に困難であるという歴史的教訓があります。
イラン戦争のウクライナへの波及効果
ここでイラン問題が再び浮上します。ミアシャイマー氏は二つの次元を指摘します。第一に、アメリカはロシアの石油が世界市場に流れることを必要としているため、ロシアへの制裁を緩和せざるを得ず、これがロシアを利している。第二に、ペルシャ湾での戦争で兵器と弾薬を急速に消費しているため、ウクライナへ送る兵器が枯渇しつつある。
「今週イランへの爆撃を再開すれば、ウクライナに壊滅的な結果をもたらすでしょう。ウクライナに与える兵器がさらに減るからです。」
「イラン戦争はウクライナにとって惨事であり、ロシアにとっては恩恵です。」
——これがミアシャイマー氏の端的な総括です。
第10章 キューバの亡霊 —— 捨てきれない「十字軍」の誘惑
インタビュー終盤、話題はカリブ海へ飛びます。トランプ政権が再びキューバへの圧力を強め、95歳のラウル・カストロを標的にしているというニュースについてです。
スウィッツァー氏が「これは大国が自らの勢力圏を死守する古典的事例ではないか」と水を向けると、ミアシャイマー氏は一蹴します。
「ナンセンスです。キューバはアメリカにとって何の脅威でもありません。なぜ私たちはキューバの体制転換に時間を無駄にしているのですか?」
ミアシャイマー氏は、アメリカが西半球の左派政権に対して持つ「アレルギー」の歴史を概観します。1954年のグアテマラ、1973年のチリ、ウゴ・チャベス以来のベネズエラ、そして1959年の革命以来のキューバ。
しかし、ここで致命的な矛盾が浮かび上がります。
「トランプは再選を目指した時も2016年の選挙時も、体制転換のビジネスからは手を引くと言っていました。」
体制転換を批判して支持を集めたはずのトランプが、イランで体制転換的な戦争を起こし、今度はキューバでも同じことをしようとしている。ミアシャイマー氏は投票者としてもトランプを支持しなかったが、外交政策面での「愚かな体制転換作戦をやめる」という公約には期待を持っていた。しかし現実は正反対に進んでいる。
「イランで何が起きたか見てください。そして今度はキューバでそれをやろうとしている。これは狂気です。」
ここに見えるのは、「怪物を探さない」と誓ったはずの者が、気づけば再び怪物を探し始めている——というアメリカ外交政策に根深く刻まれた十字軍的衝動の執拗さです。
結び —— マンク・ディベートへの道標と残された問い
5月20日のマンク・ディベートで、ミアシャイマー氏とウォルト氏は「アメリカは怪物を退治しに海外へ行くべきではない」という命題の肯定派として登壇します。
このインタビュー全体を通じて、ミアシャイマー氏の議論に一貫している論理構造は明確です。国際システムはアナーキー(無政府状態)であり、国家は自助努力でしか生き残れない。大国間の安全保障競争は構造的に不可避である。しかし、競争が不可避であることと戦争が不可避であることは異なる。そして、安全保障上の必要を超えて「民主主義の輸出」や「体制転換」に乗り出すことは、安全を高めるどころか破滅的な結果をもたらしてきた——イラク、リビア、そして現在のイランのように。
彼のリアリズムは、時に冷酷に響きます。ウクライナが戦場で負けているという評価も、中国の台頭が構造的に不可避だという分析も、「希望」を提示するものではありません。しかし、道徳や理想を掲げて他国を力でねじ伏せた結果がどれほどの破壊をもたらしてきたかを振り返るとき、「怪物を探すのをやめよ」という彼の冷徹な処方箋は、逆説的に「最も血を流さないための平和論」として機能し得ます。
ただし、本稿を締めくくるにあたり、一つの留保を付す必要があります。ミアシャイマー氏の分析は、現実主義(リアリズム)という特定の理論的レンズを通したものであり、リベラル国際主義やコンストラクティビズムなど、異なる理論的立場からは異なる結論が導かれます。ポンペオ氏やヌーランド氏が5月20日の壇上で展開するであろう反論——民主主義の拡大が長期的な平和と安定をもたらすという議論——にも、歴史的根拠と知的誠実さがあります。
この議論にどちらが「正しい」と判定を下すことは、本稿の目的ではありません。重要なのは、私たちが目にするニュースの断片の背後にある構造を理解し、複数の視座から世界を見つめ直す力を養うことです。
ミアシャイマー氏の言葉は結論を押し付けません。しかし、私たちの思考の奥底に、静かで重い問いを置き去りにしていきます。
世界を「善」と「悪」に分けることの誘惑。正義の名のもとに力を行使することの代償。そして、怪物を退治しに出かけた者が、いつの間にか自らが怪物に変わってしまう可能性。
その問いにどう向き合うか。それは5月20日の壇上の4人にだけ委ねられているのではなく、国際社会の一員として生きる私たち一人ひとりに開かれた問いです。

1767日目
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