独立書店の品揃えどこも同じ問題は果たして問題なのか?
先日のnoteでちらりと触れた「独立書店の品揃えがどこも同じ」と揶揄するような言説についてあらためてちゃんと書いておくことにする。以下、自分のnoteの引用。
やはり思いがあるだけあって選書が本好きの好きそうな本という、平たく言えば人文書や海外文学やエッセイ(もちろんそれだけではない)であるが、結果としてどこも似たような品揃えになっている。
という指摘がある。筆者はそんなことは思っていないし、仮にそうだったとしても本屋のお客さんはその地域にいるのだからそんなに問題ではないと思っている。
あるいは昨日投稿したリーダン・ディートの連載でも少し触れられている。以下引用。
数年前に何かの記事で、独立書店の品揃えがどこも画一化していたり、有名店を真似たセレクトになっていてつまらないという指摘を目にしたことがあります。現在進行形で書店自体が減っているなか、たとえ画一化した品揃えであっても、本を手にすることができる場所は価値があり、その地域のお客さんにとってはそもそも関係のない話だと言えます。全国の独立書店を巡っていると、つまらないと思うのでしょうか。
後者の引用で「数年前に何かの記事で」と書かれているのがポイントで実は最近ではこのような言説は表立っては少なくなっているように思う。
仕入の問題
とはいえ、このような言説がなぜ生じたのかを書いておくと、まず仕入れ先、仕入れ手法の問題がある。
大型書店や昔ながらの商店街の書店の場合、ほとんどが大取次(日販・トーハン・楽天ブックスネットワーク)と呼ばれる卸会社(取次=出版業界における卸会社)から本を仕入れているのだがこの場合、ほぼほぼすべての新刊が手に入ると考えて良い(例外はある)。
だが、独立書店と呼ばれるような小さな店は取引条件の関係で大取次と契約ができないことが多かった(最近ではHONYALやfoyerがあり一概には言えない)。
そのため、子どもの文化普及協会やトランスビュー取引代行、八木書店、桑谷書店、JRCなどの中小取次から本を仕入れることになるのだが、それぞれの取次ごとに扱い出版社が違うので一社からだけというのは現実的ではなく、複数の取次から仕入れることになる。
加えて、2018年に内沼晋太郎さんが『これからの本屋読本』(NHK出版)を出すまでは大取次以外からの仕入ルートは実質ブラックボックス状態にあったため、情報に辿り着きやすかった子どもの文化普及協会かトランスビュー取引代行から仕入れる店が多かったのだ。
子どもの文化普及協会は当社は児童書を中心に卸していたが現在では児童書以外の出版社の本も多く取り扱い(2025年11月時点での取引出版社数372社)、トランスビュー取引代行は中小出版社の本を一律7掛けの委託で卸しているが取引出版社数は決して多くない(2019年11月時点で100社以上。日本全国で約3000社)。
さらに、ここには本好きが好むだろう文藝春秋や新潮社(やらかしが多いが…)が入っていない。
そういったことを加味すると限られた取引出版社の中から選んでいくうちに本屋を始めるような本好きな人間が良いと思う本が自然と収斂していき、結果、「似たような品揃えの店が多い」という印象になったのだと考えられる。
ちなみに先の『これからの本屋読本』の出版に加え、ウェブ受発注システムBookCellarが2020年にローンチ。当初はトランスビュー取引代行の本のみの発注だったのが2022年には八木書店にも注文できるようになり(別途、八木書店と契約が必要)、現在は他の取次にも注文できるようになっており、独立書店でも仕入れの面での不便は解消されつつある。
(ウェブ受発注システムはほかに一冊!取引所が2020年にローンチしている)
このような経緯を経た上で「独立書店の品揃えどこも同じ問題」はすでに解消されているのではないかと筆者は思っている。
独立書店の品揃えどこも同じ問題は問題なのか?
その上で、それでも筆者が言いたいのは例え独立書店の品揃えがどこも似たようなものだとしてそれのどこが問題なのか? ということだ。
そもそもの話、本屋の商圏は半径200メートル圏内だと長らく言われていた。それだけ近所の住民向けの商売だったのである。
それが、SNSの発達により広報宣伝がしやすくなり、加えて、『BRUTUS』をはじめとした雑誌が本屋特集を定期的に行うようになったことで(BRUTUSの特集「本屋好き。」の出版が2019年10月)、より広い範囲のお客さんに届くようになった。現在では2キロ圏内だと言われている。
であるならば、目の前のお客さんが欲しくなるような本を並べるのが商売として当然のことであり、独立書店であるからベストセラー本を置くことは少ないだろうが、それでもお客さんの方を向けば向くほど、店として棚に並べる本が似てくるのはこれは仕方のないことだと思うのだ。八百屋に普通のキャベツや人参がなければおかしいみたいな話である。
それでも他店との違いを出すために店主個人の嗜好に基づいた選書は何割かは確実にあるし、冒頭のリーダン・ディートの投稿なもあるように棚づくりによって本の見え方はいかようにでも変わるので少なくとも筆者はどこも同じと感じることはない(気持ちは分からなくはない)。
こうやって考えていくと、独立書店の品揃えどこも同じ問題はそもそも問題たりえないのだと筆者は思い至るのである。
