みんなの国
白い帯が巻かれている。
それを読むと、本の中身が一つに決まる。
まだ開いてもいないのに。
私は少しだけページをめくる。
違うことが書いてある気がする。
でも、帯の言葉の方が先回りする。
そのうち、そっちが本当だったような気がしてくる。
「みんなの国」
アリたちは、その言葉を声に出してみた。
「み・ん・な・の・く・に」
その言葉を口にしてみると、
触角の根元に、微かに震えが生まれた。
「み」の柔らかい音が、湿った繭の内側に広がっていき、
「ん」の振動が壁の向こうの誰かに伝わると、
「な」の音が、草の先端を微かに撫でた。
「の」の音が、何度も通った回廊に匂いの記憶を残して、
「く」の音が乾いた地面を足先で叩くと、
「に」の音は、巣に餌を持ち帰ったときの、安心感を呼び起こした。
言葉そのものに、力があったわけではなかったのかもしれない。
ただ、身体のどこかに残っていた不安が、その音に帰る場所のかたちを与えてしまったんだ。
私は、あの部屋で聞いた声を思い出していた。
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「君って、いつも同じ場所を歩くよね」
私は言った。
「同じ床板だけを選んでいるみたいに見える」
彼女は、鉛筆の端をくわえたまま振り向いた。
「それが、どうかしたの」
「それだよ」
私は彼女の口元を指さした。
「……結局、初版本の価値なんて、保存状態という形式の問題なんですよ」
「どういう意味よ」
「いや」
と私は言いかけた。
「いや、それは違う。その本が誰の手に渡り、どんな手垢がついたかという痕跡が人格を作るんだ」
「たぶん、同じなんだなって」
私は続けた。
「そうかしら。私なら初版よりも重版のほうが…。」
「そうじゃない」
「何が?」
「ドン」
少しの間、沈黙が続いた。
「今回は…一箱みたいね」
「それにしても、また仕入れたのね。置くところなんてないのに」
「歩き方と」
私は彼女の口元を見ながら続けた。
「──それが」
彼女は、目を細めるようにして、口元の鉛筆を見つめていた。
