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【南京事件】人口20万人というデマ

100万都市だった南京

南京大虐殺の犠牲者数が20万人とも30万人とも言われていることについて、「南京市の人口が20万人だったのに、30万人を殺せるわけがない」というデマによる反駁が繰り返されています。
しかし、南京市は中華民国の首都であり、当時から「百万都市」と呼ばれた世界有数の大都市でしたから、この反駁はまったくのデマなのです。
こんなことは、当時の人口統計を見れば簡単に確認できます。

一例として、アジア歴史資料センターが公開している「満洲国及中華民国在留本邦人及外国人人口統計表 (第二十九回)(昭和11年12月末日現在)」という資料を見てみます。これは日本の外務省東亜局が作成したもので、南京攻略戦(1937年12月)のちょうど1年前に当たるデータです。

中華民国人口 省市別
南京市の人口は102万254人

デマの元は田中正明

実はこの「南京市の人口は20万人」という珍説は、東京裁判の中でも相手にされなかった主張でした。
裁判長がこの「20万人説」に取り合わなかったのは、相手にするまでもない主張だったからですが、それを「連合軍にとって都合が悪いから無視した」というのが、南京事件否定論者の理屈になっています。
この「20万人説」をずっと言い続けてきたのは田中正明という人物ですが、彼は絞首刑になった松井石根の私設秘書だった人物で、事実を隠すために松井の日記を改竄したことなどでも知られています。

田中正明『「南京事件」の総括』表紙カバー裏

田中正明の書いた『「南京事件」の総括』という本の裏表紙では、櫻井よしこが「人口20万以内の南京で」と繰り返しています。
この事実無根な数字は、南京事件否定説の中でも最も稚拙なデマなのですが、この主張がいつまで経っても繰り返されているのです。

繰り返されるデマ

最近では、カルト集団である参政党のトンデモ議員が、また同じことをツイートしています。こういう恥を知らない歴史修正主義者は、日本人の名誉を大きく汚す存在なので、きっちり糾弾しなければいけません。

カルト集団「参政党」の議員によるデマ投稿

さらに憂慮すべきは、オーストラリア特命全権大使を務めていた人物も、この「20万人説」を唱え、これをネットメディアがそのまま掲載していることです。

President Online 2024年5月31日

一見、普通のオンラインメディアに見えるPresident Onlineというサイトも、実はただのデマ拡散装置なのです。

そもそも虐殺被害者とは誰のことか

さて、それでは「南京大虐殺の被害者」とされる人は、どういった人たちなのでしょうか。東京裁判では20万人、南京軍事法廷では30万人とされましたが、そこに含まれる人が誰なのか、それを明らかにしないと、犠牲者数を数えることはできません。
大きく分けると、次のようになります。

  1. 日本軍の暴行や略奪に伴って殺害された南京市の住民

  2. 捕虜となった中国兵

  3. 脱走兵の疑いをかけられて殺された中国人

南京事件を矮小化する人たちの多くは、上記 1. だけが「虐殺」だと考えて、20万人も殺せるわけがない、と言っています。しかし、上記 2. の捕虜殺害が非常に多く、揚子江の河畔に大量の捕虜を集めて、機関銃で銃殺した幕府山事件(山田支隊の捕虜処断)などが有名です。この事件だけで少なくとも1万人以上の捕虜が殺害されていることは間違いありません。
そして、南京防衛戦に投入された中国軍の人数は、当たり前ですが南京市の人口とも関係ないのです。
また、よく「便衣兵」と言われるのが上記 3. の事例ですが、これは実際に「便衣兵」(私服を着た戦闘員)が殺害されたのではありません。避難民の中に敗残兵が紛れていて、皇族軍人が臨席する入城式で不始末があってはいけない、として、兵役適齢と見られた男性を、大した根拠もなく「敗残兵」(便衣兵になる可能性がある)と決めつけて多数殺害したものです。これが敗残兵であれ民間人であれ、不法殺害であることは間違いありません。

日本人の歴史研究者の中には、捕虜の殺害を「不法とは言えない」と被害者数から除外するなどして、事件の規模を矮小化する人もいますが、捕虜の殺害は明らかな戦争犯罪です。

そもそも虐殺事件は、いつ、どこで起きたのか

虐殺に数える対象の問題と併せて、もうひとつ問題なのは「南京大虐殺」というのが、いつどこで起きたことを指しているのか、という問題があります。
中華民国の首都であった南京の攻略戦は、1937年8月13日に始まった「第二次上海事変」に端を発し、そこから現地軍が独断で南京までの侵攻を進めたものでした。

南京攻略戦経過要図
『南京事件』笠原十九司より

上海に上陸した日本陸軍は、現地司令官である松井石根の独断専行によって、11月24日に制令線を越えて首都南京を目指したのです。しかし、南京の攻略は当初の計画にはなかったため、日本軍には食料などの補給が間に合いません。それで日本軍は、現地の中国人を襲って食料を強奪するなど、無法な行為を働きながら南京へ進軍することになりました。
この過程で起きた不法殺害を南京大虐殺に含めるならば、被害者数は大きく膨らむことになります。南京大虐殺記念館で掲げている30万人という数字(これは南京軍事法廷で言及された数字でもある)も、こうした進軍過程の虐殺を含めれば、さらに大きくなると言われます。
従って、被害者数が20万人なのか30万人なのかという議論は、あまり意味がありません。詭弁を弄して数字を矮小化することは、実に愚かで恥ずべきことだと言わざるを得ないと思います。

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