第3回:【提言】新庄監督、ベルーナドームの「立地」を語るならこの現実を知ってほしい
ベルーナドームと言うと、決まって蒸し返される話題がある。「立地」についてだ。
昨シーズン、日本ハムの新庄監督が現役の監督でありながら「移転した方がいい」といった旨の発言をしたことは記憶に新しい。「暑い、寒い、アクセスが悪い」と。
外部からそう断じるのは容易いが、地元民として、そして戦略会議の視点から言わせてもらえば、この場所が抱える問題はそんなに単純な話ではない。
結局、最後はいつも「道路」の話題に行き着く
アクセスの改善を突き詰めようとすると、最後はいつも「道路」の話題に行き着きますよね。
実際、この場所に球団ができた頃からずっと、球団が言い続けてきたのは「西武鉄道を使って来場してください」ということだ。
まあ、そもそも西武は鉄道会社なのだから「自社の電車に乗って来てくれ」と言うのは、商売として当然の話ではあるのだけれど。
だが、道路の話になると、それだけでは片付けられない一言では言えない事情があるのを知っていますか?
あの場所は埼玉県所沢市だが、実はすぐ隣に「みんな大好き東京」が深く、重く関わっている場所だということを。
実際、周辺を車で走ってみてほしい。
カーナビが「東京都に入りました」「埼玉県に入りました」と交互に、まるで壊れたかのように連呼するのを聞いたことがある人も多いだろう。あの滑稽な連呼こそが、インフラが停滞している証拠だ。
数メートルの間に管轄が入れ替わる場所で、一体誰が責任を持って一本の太い道を通そうとするだろうか。
「埼玉の球場のための道を、なぜ東京の予算で作るのか」
そんな「境界線」に逃げる行政の怠慢が、今の渋滞を招いているのだ。
境界線に刻まれた歴史
だが、所沢だけの問題だと思ったら大間違いだ。
なぜ、この場所の道路はこれほどまでに複雑で、未整備のまま放置され続けているのか。
そこには、単なる予算や管轄の壁ではない、この土地特有の「歴史的な因縁」が潜んでいる。
実は、球場ができるずっと前。かつて「東京の喉」を潤す貯水池を作るために、故郷を湖の底へ捧げ、この周辺へ移転を余儀なくされた人々の歴史がある。
その人々が守ってきた土地に、半世紀の時を経て、今度はこの広大な「球場」がやってきたのだ。
なぜ、住民たちが今でも自宅の庭を駐車場として貸し出し、ファンを迎え入れているのか。
次回、その「湖の底」から続く真実と、私たちが向き合うべき境界線の正体について詳しく語りたい。
