身売りという言葉は時代遅れ?
某ライターさんのこの投稿で思ったことを。
今どき「身売り」という用語を使うマスメディアがあるんだ……と思いました。 https://t.co/29HWACAyii
— 大島 和人(Kazuto Oshima) (@augustoparty) September 28, 2025
元は上記マリノスの売却報道の話です。
身売りという言葉の由来と歴史
西欧諸国
身売り(=人身売買)という言葉はヨーロッパではローマ帝国の時代から奴隷制度があり、その売買があったといわれています。
中世以降もその歴史は続き、大航海時代を迎えると、その対象は戦乱で敗れた市民たちから未開のアフリカ大陸から売買するという仕組みに移りました。
この奴隷貿易は現在では廃止されているものの、今もも続く差別の温床として残り続けています。
日本
日本でもこうした出来事はありましたが、主にはローマ帝国時代のような敗戦国の民達を売り飛ばすという事が戦国時代頃まで主流だったと言われています。
しかし、秀吉の天下統一から江戸時代に至るに連れ、こうした人身売買を禁止すると、その数は減っていきましたが、女性を遊郭に売るといった行為が無くなるとこはありませんでした。
明治以降1872年に芸娼妓解放令によって遊郭での身売りも本格的に禁止されましたが、1930年に起こった昭和恐慌により、主に農村部では生活が苦しくなり、娘を「身売り」するという話もあり、身売り自体が本格的に無くなったのは戦後でした。
下記資料では昭和恐慌によって娘を身売りせざるを得なくなった人達の統計もあり、おおよそ年間1000人以上が記録に残っているそうですが、当時の記録に無いケースもあったことから実態はわかりません。
https://www.waseda.jp/fpse/winpec/assets/uploads/2014/05/No.J1702.pdf
現代における「身売り」
現代では過去のような「人身売買」という意味は薄れ、主に企業の買収(M&A)の中で使われることが増えました。
2 権利・施設などをそっくり他に売り渡すこと。「多額の借金のため工場を—する」
確かに昭和の頃のイメージを考えるとあまり良い言葉では無いのは事実ですが、この「身売り」という言葉が主にメディアによって頻繁に使用されるのは何故でしょうか?
身売りという言葉が今も使われている理由
①意味の通りやすさ
同じような言葉であれば
・事業売却
・株式譲渡(売却)
・オーナー/親会社変更
といった言葉が当てはまります。しかしこれらの言葉は「身売り」という言葉を全て補間できていないため、しばしば認識の齟齬が生じやすい言葉と言えるでしょう。
例えば、事業売却はブランド、工場、従業員、設備等様々な物が対象になりますが、売却の形態によっては全て売らないというケースも多々あります。下記はレゾナックが事業売却をした例ですが、
一部設備や特許などを譲渡し、従業員についてはレゾナックHD内で再配置する考え。
とあるように従業員を再配置する事例もあります。
いわゆる「完全譲渡(売却)」を表す適切なワードが「身売り」という言葉だけなんです。
株式譲渡も同様です。
オーナー変更はサッカークラブの運営構造をある程度理解していない人には意味不明なので、日経新聞のような一般紙で使うことは難しいかもしれません。
②簡潔なワード
「身売り」というワードはわずか三文字です。この三文字で
・経営権を手放す
・設備、資産等も手放す
という要素が含まれるため、メディアの見出し、簡潔な文が求められるケースでこれ以上使いやすい言葉は無いでしょう。
類似語で「撤退」という言葉もありますが、こちらは経営権を手放すという意味ではなく、特定の市場から手を引くようなケースで使われることが多いため、今回のケースで使うには適さないでしょう。
株式売却か身売りか
形式的な話であれば、マリノスの件は「株式売却」です。ただ、日産はマリノスの株式の過半数を有するいわば「オーナー」に近い存在です。その日産が株式売却するという点では、実態として、マリノスの身売りという表現はウソでも誇張でもないと言えます。
実際、日産が何%手放すのか等わかっていませんが、現在の日産の苦しい経営状況(主力EVも不振、工場閉鎖)では残すという選択をする可能性は低いと思います。
まとめ
身売りという言葉は現代のビジネスにおいて、事業売却、経営権放棄、資産等全売却という意味を持ち、かつワードの簡潔さ、認知度、インパクトある見出しを考える各種メディアが、このワードを使うのは自然で、決して悪意とかではない。
身売りという言葉は由来的にはネガティブなため、ファン感情などを考えると宜しくない言葉ではあるものの、代替できる(簡潔かつ万人に伝わる)良い言葉が他に無い事が課題。
私見
BLMトレンド時にあったワード変更
かつて、BLM旋風が起こった頃、IT業界で、マイクロソフト等を筆頭に差別的用語をなくそうというトレンドがありました(2020年頃)。
私個人は差別はもちろん反対ですが、この対応は正直ここまでやらないとダメだったのか今でも疑問が残ります。
ITに限らず、エンジニア界隈では機器やデバイス等の関係性をわかりやすくするため、「親子」「主従(マスタースレーブ)」といった言葉で表します。現在ではこれが様々な言葉に置き換わっており、しばしば混乱の素になります。
ちなみに、コンピュータのメイン基板はマザーボード(母)、周辺基板はドーターボード(娘)と言われています。
ではこうした呼称は適したものなのか?昨今のLGBTQ+の風潮等を考えると疑問はあります。
言葉は消せても過去の歴史は消せない
こうした言葉も昔の奴隷貿易や人種差別が産んだ負の遺産ですが、残念ながら言葉を変えたところで、過去の歴史は消えませんし、変えられません。大切なのは、身売り、マスタースレーブといった言葉を使わないということでなく、そうした言葉を蔑みや悪意で使ったり、見てしまう人間の感情なのではないでしょうか。
