より大きな共同体の声を聴く
この記事の3行まとめ
■ひとつの事に没頭して、周りが見えなくなることは、普段の仕事のなかでもよく起きます。その結果、本来の目的とは異なる成果となってしまった、、、なんて事態になることも。
■そこで、治山ダムに関する業務を事例に、本来の目的から逸脱する原因を探し出し、対策について考えます。
■みなさんのお仕事を、「より社会に貢献できるもの」にするために、本来の目的や大きなビジョンを持てる技術者を目指しましょう。
私が治山技術者として、初めて治山ダムの現場に携わり、竣工した時に感じた充実感。
調査測量をしてくれるコンサルタント会社や、工事をしてくれる建設会社、職場のフォローがあって竣工したものですので、私一人で成し遂げたわけではありません。
それでも、荒廃渓流の調査から、施設の配置、予算の獲得、構造等の検討、設計積算、工事監督まで、一連して担当者として携わったことで、やり切ったという感覚があったのでしょう。
しかし、治山事業の目的は、治山ダムの設置ではありません。
若手職員だった頃の私がそう考えたように、現在も多くの治山技術者が、治山ダム設置をゴールと捉えています。
治山事業と治山ダムの目的
治山事業は、森林の維持造成を通じて、国民の生命・財産を保全することが目的です。
森林の有する土砂災害防止などの機能を、高度に発現するための方策が、治山事業と言えます。
そんな治山事業の代表工種が治山ダムです。
逆説的になりますが、治山ダムは、治山事業として設置されるものですから、森林の有する土砂災害防止などの機能を高度に発現するための施設になります。
しかし、治山ダムを設置することで、荒廃事象を直接的に抑えることや、直下の人家等を保全に繋がることから、どうしても防災施設としての印象が強くなります。
その結果、施設自体による防災効果に着目され、治山ダム設置により森林の土砂災害防止機能が向上したかという点には、あまり着目されません。
これは、我々治山技術者も同様で、施設自体の防災効果であれば、竣工後直ちにその効果は発現されるので、そこで満足してしまう。
そして、治山ダムに対して、より強固な構造を求めるようになるなど、防災施設としての機能向上を中心とした思考になる。
治山ダムには防災施設としての側面もありますから、防災面での技術向上は必要です。
ただ、防災面ばかりに着目すると、治山事業本来の目的である、森林の土砂災害防止機能の向上に繋がらない対策となるおそれもあります。
渓流荒廃のメカニズム
治山ダムの整備を、治山事業本来の目的に沿って実施していくためには、どうしたら良いのか。
まずは、治山ダムの設置が必要となる状況、渓流が荒廃するメカニズムについて見てみましょう。
河川は、上流にいくほど渓床勾配が急になり、それに伴い流速が増加します。
これはマニングの公式で説明が可能です。
V(平均流速)=1/n(マニングの粗度係数)×R(径深)^2/3×I(エネルギー勾配)^1/2
n(マニングの粗度係数)と、R(径深)が一定であれば、I(エネルギー勾配)が大きいほど、V(平均流速)が大きくなることがわかります。
このように、山地は渓流勾配が急で、流速が速いので、渓流を縦方向に削り取る縦侵食が生じます。
渓流を輪切りにして横断的に見たとき、縦侵食が進行するとV字にえぐれていくことがイメージできるかと思います。
縦侵食により土砂が流出するというのもあるんですが、これに伴い渓流沿い斜面の崩壊が生じやすくなります。
斜面の脚部が失われて、斜面が崩れやすくなるイメージです。
そして、渓流沿い斜面の崩壊により、土砂とともに斜面にあった森林は消失、流出します。
これが、近年多発する流木災害のひとつの要因となっています。
治山ダムの効果
このような荒廃が続くと、土砂などの流出により下流に被害を及ぼすほか、森林が消失することで、森林が有する多面的機能が低下します。
このため、これらの荒廃を防止するために設置されるのが治山ダムです。
荒廃した渓流に治山ダムが設置されと、荒廃した箇所の大部分がダム背面の堆砂により埋まります。
これにより、直接的に荒廃を復旧するので、防災施設という印象を強く感じるのかも知れません。
ただ、治山ダム設置による効果は、これだけではありません。
まずは、渓床勾配がダム設置により緩和されます。
先ほどのマニングの公式で見たとおり、流速も減衰します。
流水の流下エネルギーが小さくなることで、土砂の移動や横方向の侵食も少なくなります。
また、渓流沿い斜面の山脚を固定しますので、斜面が安定化します。
さらに、渓床勾配が緩くなることで、上流からの土砂や流木を一時的に捕捉する調整効果を発現するなど、防災面に加えて、森林の維持の観点でも治山ダムは、その効果を発現します。
本来の目的から逸脱する原因
少し整理してみましょう。
治山ダムには、荒廃を直接的に抑えたり、土砂や流木を一気に流下させないなど、治山ダム下流に対する防災機能がある。
下流に土砂等が一気に流下しないことは、下流森林の荒廃を防止することにも繋がる。
また、渓流沿い斜面や渓床を安定させるなど、治山ダム上流に対する森林を維持する機能もある。
防災機能と森林維持機能があるが、より直接的な効果がある、防災機能に着目されがち。
その結果、より強固な構造を求めるなど、森林維持機能ではなく、防災に特化した技術的検討がすすむ。
森林維持という治山事業の目的から逸脱すれば、本来の目的が達成できないおそれがある。
たとえば私は、小規模な渓流や、土石流の勢いが増す流下区が極めて短い渓流、渓流出口から保全対象まで一定の距離がある渓流では、木製の治山ダム施工が有効と考えています。
木製治山ダムとすることで、木材利用による森林資源の循環利用が進み、森林の機能が高度に発現される。
また、カーボンストックとなり、地球温暖化防止に資する。
短期間で施工可能であり、対策進度が向上する。
透過型構造のため、ダム背面が耐水せず、森林化が促進されやすいなどのメリットがあります。
まさに、治山事業の目的である、森林を維持造成を通じた、多面的機能の高度発揮につながる対策です。
一方で、治山事業目的ではなく、防災面のみを考えれば、より強固な構造の方が安心です。
このように考えては、木製治山ダムなど選択肢にはいりません。
防災面はもちろん大切ですが、いかに治山事業目的達成するかの視点を持たなければ、本来の目的を達成することはできません。
より大きな共同体の声を聴く
治山事業は、人の命に係わる事業なので、より安全な施設配備を行うという思考自体は、私たち治山技術者として持つべき思考だと思います。
そのうえで、保全対象の近接度や、現地の荒廃状況、地形地質などの情報を踏まえて、森林の多面的機能が高度に発揮されるための施設配置を考える。
そうすることで、治山事業の本来の目的が、真の意味で実現する治山対策を進めることができると考えます。
例えば実務では、まずは荒廃事象を見て、この荒廃を復旧するかと考えます。
地域の安全をどう確保するかという視点です。
この際、どうやって森林に戻していくか、どのような森林を目標とするかはあまり考えません。
それを考えられるようになると、本来の目的の達成に近づきます。
そうすると、地域の安全のみならず、地球環境や他地域も含めた対策進度向上など、より多くの効果が生まれるます。
地域という狭い範囲だけではなく、国や地球という大きな規模で物事を考える。
これは、地域を声を聴かないということではなく、地域の声も聴いたうえで、より大きな共同体の声を聴くということ。
これは、どんな業務にも言えることです。
より大きな共同体の声を聴く。
これを意識することで、日ごろの業務をとおして、より社会に貢献することができるでしょう。
