【立教大学・藤井教授インタビュー】大切なのは"効率化"だけではない、ごみ収集という仕事の本質とは?
普段、私たちが出したごみはごみ出しを終えた瞬間に、自分の視界から静かに消えていきます。それを誰が、どのように、どんな思いで運んでいるのか、立ち止まって考える機会はほとんどないのではないでしょうか。
そんな「見えない仕事」の実態を自らの目で確かめようと、清掃現場に飛び込んだのが、立教大学コミュニティ福祉学部教授・藤井誠一郎先生です。地方自治論や行政学を専門にし、机上の研究にとどまらず、自ら"ごみ収集職員"として現場に立ち続けてきた研究者です。
Borzoi AIは、ごみや資源循環に関わる分野でテクノロジーを通じた課題解決に取り組んでいます。しかし、どれだけ技術が進んでも、その先に立つのは常に「人」であり、「現場」です。
そこで今回は、ごみ収集の現場を深く知る藤井先生に、ごみ収集という仕事の実態と本質、そこから見えてきた課題、そしてこの分野における効果的なテクノロジー・AI活用のあり方について、お話を伺いました。
【藤井教授のご経歴】
1970年生まれ。同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程修了、博士(政策科学)。
専門は地方自治、行政学、行政苦情救済(オンブズマン制度)。
大東文化大学法学部准教授などを経て、現在は立教大学コミュニティ福祉学部教授。2016年に新宿区の清掃事務所で約9カ月間、自らごみ収集の現場に入る。その後全国の収集現場にも呼ばれ視察にあたる。その経験をもとに『ごみ収集とまちづくり』『ごみ収集の知られざる世界』などの著書を執筆。
──実際にごみ収集の仕事をされたと伺いました。率直にどんな体験でしたか?
新宿区の清掃事務所に約9〜10ヶ月通い、2トンのプレス車での通常収集はもちろん、狭小路地での軽自動車による収集、ごみ出しが困難な高齢者宅を訪ねる「ふれあい収集」まで、清掃職員が担うほぼすべての業務を体験させていただきました。新宿の他にも札幌市で吹雪の中での収集や、佐世保市の坂道の階段からごみを下ろしていく「引き出し収集」も経験し、大変過酷な業務であると実感しました。
──実際に収集現場で働いてみて、想像と一番違ったことは何でしたか?
まず驚いたのは、委託業者がかなりの割合を占めていたことです。それから痛感したのが、この仕事が世間からあまりに正当に評価されていない現実でした。吹雪や坂の多い地域での収集など、過酷な労働環境を目の当たりにしながら、社会からこの仕事が見下されていることに、正直腹立たしさも感じました。
──分別ルール違反や理不尽なクレームなど、住民とのトラブルは現場にどのような影響を与えていますか?
印象的だったのが「後出し」と呼ばれる問題です。収集時間を過ぎてからごみを出し、収集車が来なかったと清掃事務所にクレームを入れるケースです。現場ではその都度、事情を丁寧に聞き取りながら、時には融通を利かせて対応せざるを得ない場面も多々あります。
──分別が徹底されていないごみは、けがのリスクや火災、作業員による仕分けの手間など、現場にさまざまな弊害を生んでいると伺います。実際にどのような場面で、それを痛感されましたか?
不燃ごみに紛れた金属で作業員が手を切る事故はよくあります。特に忘れられないのが、医師が注射針を可燃ごみとして出し、収集中の職員がその針に刺さってしまった事例です。
さらに近年問題化しているのが、リチウムイオン電池です。可燃ごみに紛れて収集車に押し込まれることで発火し、車両火災や清掃工場の火災につながるケースも珍しくありません。
──分別ルールを守らないごみでも、その場で収集してしまった方が手間が減り、一見スムーズに回っているように見えることがあると伺います。分別ルールの徹底と現場のスムーズな運営は、両立が難しいものなのでしょうか?
これは突き詰めれば「お金の問題」なんです。分別を進めるほど、それに応じた収集車両や人員が必要になり、コストは膨らみます。財政に余裕のある自治体であれば資源循環に投資できますが、財政の厳しい自治体ほど、皮肉にも「燃やしてしまう」という最も安価な選択に頼らざるを得ません。分別の徹底とスムーズな現場運営の両立は、現場の努力だけでは解決できない構造的な課題だと感じています。
──ごみ収集という仕事で、「AIやテクノロジーに任せてよい部分」と「人にしかできない、人の価値が発揮される部分」があるとすれば、それぞれどのようなものだと思いますか?
資源ごみの選別作業や、危険物の検知といった「大量かつ反復的な作業」は、AIに任せられる領域だと思います。一方で、人にしかできない価値も存在します。「ふれあい収集」と呼ばれる、ごみ出しが困難な高齢者宅を訪問するサービスは、単なる回収作業ではなく、安否確認や日常的なコミュニケーションの場になっています。札幌市で体験したふれあい収集では、週にわずか3分の訪問を心待ちにし、お化粧をして待っていた高齢女性の姿が今も忘れられません。これはもう完全に福祉サービスなんですよね。
──藤井先生が理想とする、清掃行政と地域社会の関係とはどのようなものですか?
「お互いのリスペクト」に尽きると思います。住民が「自分たちの環境を守ってくれているのは清掃職員だ」と認識すれば、ごみの出し方も自然と変わってきます。そして清掃職員もまた、住民のために何ができるかを考え続ける──そうした相互の敬意の上に、良い関係は成り立つのではないでしょうか。
──ごみ収集という仕事に対する社会的な評価や理解は、この10年で変わってきたと感じますか?
コロナ禍では「エッセンシャルワーカー」として一時的に注目を集め、ごみに感謝のメッセージを貼るといった動きも広がりました。でも実際に、現場を軽んじる態度は未だ根絶されていません。それでも少しずつ、社会の意識は前進していると感じています。
──テクノロジーがどれだけ進んでも変わらない、ごみ収集という仕事の本質は何だとお考えですか?
ごみ収集は、役所のフロント、住民との最前線のインターフェースだと思っています。機械やロボットが単にごみを回収するだけなら代替は可能かもしれません。しかし人が現場に出て住民と言葉を交わすからこそ、地域の困りごとやニーズを拾い上げることができます。それこそがごみ収集という仕事の本質であり、テクノロジーがどれだけ発展しても失われてはならない部分だと思います。
──最後に、日々ごみを出している私たち一人ひとりに向けて、伝えたいことはありますか?
出したごみが最後にどうなるか、そこにどんな人が関わっているのか、想像してみてください。それだけで、ごみの出し方も少し変わってくるはずです。
──ごみ収集・清掃行政をより良くしたいと考えている自治体に、ひとことメッセージをお願いします。
収集業務を委託に頼ってしまうと、清掃行政の改善につながることは難しいため、直営部隊を活用し住民サービス向上のためのノウハウをしっかり蓄積してほしいと思います。
今回のインタビューを通じて、藤井先生が現場に立ち続けてきたからこそ語れる言葉の一つひとつに、ごみ収集という仕事への深い敬意を感じました。特に「ふれあい収集」でのエピソードは、私たちが日頃向き合っている「効率化」という視点だけでは測れない、住民との関わり・地域の困りごとやニーズを拾い上げるという行政としての業務の本質を再認識させてくれるものでした。
AIやテクノロジーは、収集の効率化や分別作業の負担軽減など、現場の「大変さ」を減らすことに力を発揮します。これにより、自治体職員の方が本来の行政業務により時間を割くことができるようになります。
私たちは今後も、現場の声に耳を傾けながら、世の中にまだない革新的なソリューションを生み出し続け、人と地球にやさしい循環型社会をつくってまいります。
お忙しい中、貴重なお話をお聞かせくださった藤井先生に、あらためて御礼申し上げます。
