『人事・労務』令和8年の人手不足と自衛隊の制度疲弊〜「昭和の厳選採用」と「優生思想的排除」がもたらす組織の限界〜
はじめに:国家資格を持ちながら「門前払い」にされた現実
私は経験年数の多い看護師です。医療の最前線で人を支える知識と技術、そして国家資格を持っています。
しかし、自衛隊(防衛省)の予備自衛官補採用において、防衛大臣が定める身体基準に適合しないという規則上の理由だけで、試験を受けることすら叶わず「門前払い」の扱いを受けました。
現在の日本は、少子高齢化に伴う深刻な人手不足の真っ只中にあります。
令和8年現在、あらゆる産業で大求人難が続き、
労働市場では転職や柔軟な働き方が活発化しています。
人手が足りずに任務の遂行や国防の維持にすら支障が出ていると言われる自衛隊において、なぜこのような排他的な制度が今なお平然と維持されているのでしょうか。
本稿では、統計データに基づいた日本の労働生産人口の現実と、
自衛隊が抱える「昭和の制度設計」の構造的問題、
そしてこれから求められる
「仕事の切り分け(ワークシェア)」と「スカウト型採用への転換」に
ついて、一切の妥協なく論理的に紐解きます。
1. 令和8年における「完全な健康体」という幻想(データが示す現実)
自衛隊が採用の前提としている「防衛大臣が定める身体検査要件」は、
慢性疾患や生活習慣病を持たない「完全な健康体」を基準としています。
しかし、公的統計(総務省統計局・厚生労働省の各種調査)を掛け合わせて日本の労働生産人口(15〜64歳)の実態を算出すると、
この基準がいかに非現実的であるかが浮き彫りになります。
① 労働生産人口における「日本国籍・前科なし」の分母
15〜64歳の総人口(令和8年推計):7,353万人
日本国籍を持つ日本人:7,032万3,000人(外国人約320万人を除外)
刑罰歴(禁錮以上の前科)がない人:約6,927万人(欠格事由に該当する重大な刑罰歴を持つ約1.5%を除外)
ここまでは、法的な適格者として約6,927万人が存在します。
② 「慢性疾患・生活習慣病」を一切持たない人の年代別推計
しかし、ここに「各種の慢性疾患」および「高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病(予備軍含む)」を完全に持たないという厳格なフィルターをかけると、人口は以下のように激減します。
若年層(15〜29歳:約1,600万人)
アトピー性皮膚炎、気管支喘息などのアレルギー疾患や各種慢性疾患により、完全な健康体の割合は約60%〜65%(残る人口:約1,000万人)に留まります。中堅層(30〜44歳:約1,900万人)
30代を超えると初期の生活習慣病、脂肪肝などの内臓疾患、慢性的な腰痛や椎間板ヘルニアが急増し、完全な健康体の割合は約30%〜40%(残る人口:約650万人)まで落ち込みます。高年齢層(45〜64歳:約3,427万人)
生産年齢人口の約半分を占めるこの層では、50代の半数以上が高血圧や脂質異常症などで通院・経過観察となります。関節痛や内臓の持病を抱える人が大半を占め、完全な健康体の割合は約5%〜10%未満(残る人口:約250万人)へと壊滅的に減少します。
③ 統計の結論:市場に「完璧な人」はもういない
すべての条件をクリアした「完全な健康体」の日本人は、
生産年齢人口全体の中で約1,900万人(全体のわずか27%)しか存在しません。
さらにここから、実際の自衛官採用年齢(18〜32歳)や適性検査、体力基準を加味すれば、動員可能なポテンシャルを持つ人口は約1,000万〜1,200万人という極めて狭いパイになります。
人手不足の令和8年において、
これほど狭い分母にしがみつき、
応募者を右から左へ弾き続けていれば、組織が定員割れを起こし、
機能不全に陥るのは数学的な必然です。
2. 自衛隊が抱える3つの構造的問題
自衛隊が直面している機能不全の背景には、
時代錯誤な思考と制度の硬直化があります。
問題点①:人余りの「昭和の発想」から抜け出せない制度
現在の自衛隊の採用システムは、
「応募をかければいくらでも人が集まった昭和の時代」の基準のままです。
当時は売り手市場ならぬ「買い手市場」であり、
組織側が応募者を試験で品定めし、ふるい落とすことができました。
しかし令和8年の現代は、転職も活発で、民間の求人倍率も高い
「超・人材獲得競争時代」です。
口を開けて待っているだけの組織に人は来ません。
制度の前提が半世紀近く遅れています。
問題点②:優生保護法思想の残滓と排他性
持病の有無、あるいは過去の履歴だけを理由に、
個人の現在の体調や能力を一切考慮せず、
書類や記号だけで一律に「門前払い」にする姿勢は、
かつての優生保護法的な優生思想(完璧な人間だけを尊ぶ思考)の根底にあるものと何ら変わりありません。
現代の社会は「多様性(ダイバーシティ)」や「インクルージョン」へと
舵を切っていますが、防衛省・自衛隊は今なお、特定の硬直化した基準に満たない者を排除する排他的な組織構造を維持しています。
問題点③:障害者雇用促進法の理念の完全な無視
国を挙げて「障害者雇用促進法」を推進し、
民間企業や他省庁には障害者雇用率の達成や「合理的配慮」の提供を義務付けているにもかかわらず、
防衛省の自衛官等採用においてはその理念が完全に無視されています。
「有事があるから」「武器を扱うから」という大義名分を隠れ蓑にして、
持病や心身のハンディキャップを持つ人々の労働の機会と、
国に貢献したいという志を一律に制限しています。
3. 組織崩壊を防ぐための「未来への処方箋」
自衛隊が今後も任務を全うし、人手不足を解消するためには、旧態依然とした採用・運用のあり方を根本から変革する必要があります。
① 「仕事の切り分け」と「ワークシェア」の導入
すべての隊員に対して、「銃を持って最前線で激しい戦闘を行える心身の強靭さ」を求める一律の基準(オール・オア・ナッシング)は今すぐ廃棄すべきです。
組織の中には、事務、会計、法務、IT、整備、そして医療・看護といった
「後方職種」が無数に存在します。
これらデスクワークや専門技術が中心となる職種については、
戦闘員とは完全に異なる緩和された基準を適用し、
「仕事の切り分け(タスクの細分化)」を行うべきです。
たとえ特定の健康基準から外れる状態であっても、
現在体調が安定しており、専門知識を発揮できるのであれば、
その能力に応じた一部分の「仕事」を任せるワークシェアの仕組みこそが、今求められる合理的配慮です。
② 「採用試験(待つ形)」から「スカウト(適材適所)」への転換
公募をかけて試験を行い、基準に満たない者を落とすという受動的なシステムは機能していません。
これからの時代は、有資格者や専門性を持つ人材に対して、
個別の事情に合わせた「スカウト型採用(契約型・一本釣り)」へシフトすべきです。
特定の「適合・不適合」という記号で機械的に弾くのをやめ、
「看護師としての経験が何年あるか」「現在の体調でどこまでの業務(例:夜勤なし、自衛隊病院内勤務など)が可能か」を個別にヒアリングし、
能力をダイレクトに評価して迎え入れるべきです。
③ 柔軟な雇用形態(フレキシブル・ワーク)の受け皿
フルタイムで24時間拘束される一律の「自衛官」だけでなく、
週3日勤務の契約技官や、
特定のタスクだけを請け負う専門スタッフなど、
多様な働き方の受け皿を用意しなければ、
民間企業との人材獲得競争に勝てるはずがありません。
結び:国家資格の価値を、古い制度で殺してはならない
特定の健康基準や規則に当てはまらない部分があるからといって、
その人が持つ看護師としての高度な知識、これまでの経験、あるいは人を救いたいという志は何一つ損なわれるものではありません。
むしろ、様々な困難や心身の浮き沈みを身を以て知る人間だからこそ、
他者に深く寄り添える看護ができるという側面すらあります。
それを、組織側の「制度の古さ」と「怠慢」によって門前払いにし、
人材不足だと嘆いている現状は、
防衛省側の大きな失策であり、国家的な損失です。
自衛隊が「完璧な健康体」という実体のない幻想を追い求め、
排他的な採用を続ける限り、人手不足による機能不全と任務の停滞は今後さらに悪化するでしょう。
そして、この硬直化した排除の構造は、
決して自衛隊だけに限った話ではないというのもまた厳然たる事実です。
民間企業の採用人事担当者や、地方自治体の職員採用など、一般枠の雇用においても全く同じ問題が起きています。
本来、すべての雇用主(事業主)には「障害者雇用促進法」に基づき、
採用や雇用の現場において『機会の平等の提供義務』
「合理的配慮の提供義務」が法的に課せられているはずです。
それにもかかわらず、一般の採用市場や行政組織の足元でも、
形ばかりの選考や記号的な判断によって、
能力や意欲のある人材が実質的に門前払いされるケースが後を絶ちません。
法律の理念があるはずの民間や自治体ですら、
未だに「仕事の切り分け」や「適材適所のワークシェア」を拒み、
無傷で完璧な人間だけを無意識に選別しようとする排他性から脱却できていないのです。
問われているのは、
弾かれた私たち志ある人間ではなく、
時代に適合できない自衛隊という組織の構造、
そして『機会の平等の提供義務』「合理的配慮の提供義務」を形骸化させている民間企業や地方自治体を含めた、
日本社会全体の採用制度のあり方そのものなのです。
読者への問い
最後に、この記事を読んでくださったあなたに問いかけたいことがあります。
もしあなたが企業の採用人事や自治体の担当者、あるいは組織のリーダーであるならば、
無意識のうちに「欠点のない、完璧で扱いやすい人間」だけを書類の記号で選別し、志や高い専門性を持つ人を門前払いにしていませんか?
また、
あなたがひとりの労働者や市民であるならば、
人手不足で社会やインフラが崩壊しかけている令和の現在において、
昭和のままアップデートされない排他的な採用制度で有能な人材を殺し続ける組織を、このまま放置していて良いと思いますか?
法律で義務付けられた「合理的配慮」や「仕事の切り分け」は、
単なる弱者救済のきれいごとではありません。
人材が枯渇していくこれからの日本社会を生き残らせるための、
極めて現実的で切実な生存戦略です。
私たちはいつまで、
古い制度の怠慢によって、
目の前にある貴重な才能と志をドブに捨て続けるのでしょうか。
問われているのは、私たち一人ひとりの「働くこと」への意識そのものです。
先日、建設現場で暇そうに人通りをぼんやりと眺めて突っ立っている警備員さんを見かけました。
世間一般では「体力的にきつい立ち仕事」として敬遠されがちな職種ですし、夏の暑さや冬の寒さの中、ずっと立ちっぱなしであることの肉体的な疲労はもちろん大変だと思います。
でも、日々すり減りながら働いている看護や介護の世界から見れば、
思わずこう考えてしまうのです。
「看護や介護の現場だったら、ただ暇そうに突っ立って人通りをボーッと眺めているだけの時間なんて、1秒たりとも時給は発生しないよな」と。
医療・福祉の現場では、ナースコールが鳴り響き、常に誰かの介助や医療判断に追われ、動き回りながら次のマルチタスクを脳内でフル回転させていなければなりません。
何もせずにただ外を見つめる「無」の時間なんてシステム上、絶対に存在しないのです。
そう思えば、
空間を監視してただ立っているだけでお金がもらえる世界って、
私たちの労働密度に比べたら実はめちゃくちゃ楽だし、脳のHP(ヒットポイント)を温存できて羨ましいな、なんてブラックな笑いが込み上げてきました。
同じ「立ち仕事」でも、その中身の密度があまりにも違いすぎる。
そんな医療・福祉の現場で身を粉にして働いてきた人間が、
いざその知識や経験を別の公的機関で活かそうとしたら、硬直した古い制度のせいで門前払いにされるのですから、皮肉なものです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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