#1117 ゲーム論48|プリント倶楽部
ゲーム論ですが、前回紹介した「たまごっち」に続き、今回も90年代後半に爆発的に流行った「プリント倶楽部」通称プリクラについて紹介します。
プリクラとは? ~日本発の写真文化の軌跡~

プリクラ(正式名称:プリント倶楽部)は、日本で生まれ、1990年代から若者の間で爆発的に流行した写真シール機です。
自分の顔写真を撮影し、装飾や加工を施してシールとして出力するこの機械は、ただの写真撮影ではない「遊び」としての要素を備え、当時の若者文化に新たな価値をもたらしましたし、後のデジカメの普及や、「写メール」などカメラ付き携帯電話とかのルーツも僕はこのプリクラにあったと睨んでいます。
「写真ってカジュアルに撮っていいんだ」とか、「気に入らなかったら撮りなおせばいいじゃん」とか、「別に本物じゃなくても加工すればいいじゃん」的な感じで功罪もあるかもですが・・・
プリクラの誕生と開発背景

プリクラが登場したのは1995年、開発したのはアトラスとセガの2社です。
アトラスは後にセガに吸収されるのですが、この時点ではブイブイ言わせている会社でした。
当時、ゲームセンターは主に男性が通う場所でした。
恐らく90年代初頭はろくでなしBLUESの鬼塚のような不良ばかりだったんですが、ストⅡとか餓狼伝説とかの格ゲーブームが来て不良以外の層も通うようになったとのですが、それでもほとんどが男客でした。
そんな状況下において「女性客を呼び込みたい」というマーケティング戦略のもと、「女の子が楽しめる遊び」としてプリント倶楽部は考案されたんです。
もともとアーケードゲームに強みを持つアトラスが、写真とゲームの融合に注目し、インスタントカメラのようにすぐに出力される写真機能と、遊びの要素を組み合わせることで、新しいエンターテイメントとして開発されたのが始まりだったようで、最初は女子高生に向けた実験的な試みであったが、予想以上に話題を呼び、全国へと急速に広まっていったのです。

爆発的な普及と社会現象

1996年から1997年にかけて、プリクラは女子中高生の間で社会現象的な人気を博しました。
初期のプリクラはフレームを選ぶのみで、撮った写真がそのままシールとして4行×4列の16分割で印刷されるだけでしたが、次第にペンで文字や絵を書き込める「落書き機能」が搭載され、表現の自由度が飛躍的に上昇し、友人と写って遊びながら思い出を残す行為が、ひとつのカルチャーとなりました。
僕もこれくらいの時期に初めて撮ったのかな?最初は家族で撮ったような、そんな記憶があります。
そんな感じのプリクラの人気は留まる事を知らず、写真シールを友達と「交換」したり、「プリ帳(プリクラ帳)」にコレクションとして保存したりする遊び方へと発展し、さらには、制服姿で撮ったプリクラが思い出やステータスとなり、学校帰りにプリクラ機のある場所へ立ち寄ることが定番の行動となりました。
で、多くの商業施設では、プリクラ目当ての若者で溢れ、設置場所をめぐる争奪戦も見られたほどであり、女子高生が増えすぎて悪い奴らが盗撮を行い、盗撮が問題視されて「カップル以外の男性はプリクラコーナー入場禁止」とかはまだいい方で、「カップル以外の男性はゲーセン禁止」とか、日本昔ばなしのような展開でクスリが効きすぎて、男性客が追い出されてしまう悲しいケースもありましたね笑
あと、どれだけプリクラが流行っていたかを示す1つの指標として、漫画「キン肉マンⅡ世」にプリクランという超人が登場したことも挙げておきましょう。
ヒットの要因

プリクラがヒットした要因は、いくつかの技術的・社会的な背景があります。
1. 自分の写真を気軽に撮り、すぐに持ち帰れる
前述の通り、この即時性は当時のカメラにはなかった新しさでした。
携帯電話のカメラ機能が一般化する以前、個人の顔写真を手軽に撮る手段は限られていたため、プリクラは画期的な存在だったんですね。
2. デコレーション機能の進化
これ人気に拍車をかけました。
スタンプ、背景、フレーム、文字などを加えることで、オリジナルのデザインが可能となり、単なる写真から「作品」へと昇華し、この辺も今の加工アプリのルーツになっておりますね。
3. 若者特有のコミュニケーションツールとしての機能
友人同士で写ることで親密度を高めたり、誰と撮ったかが社会的なステータスとなったりと、記録以上の意味を持ちました。
あとは、「撮影する」から「集める」「交換する」というカルチャーも増えていき、誰だか分からないプリクラとかを持ってる人もいたようです笑
4. メディア・雑誌での特集他
他にもメディアや雑誌による「プリクラ特集」や、テレビ番組での取り上げも普及の後押しとなったりですね。
流行に敏感な層にとって、「プリクラを撮ること」は日常の一部であり、ファッションやメイクと並ぶ自己表現の一手段となっていったのです。
僕もこの時代のど真ん中を生きていましたが、やっぱどんどん進化していきましたからね。
プリクラと私
この時期は「彼女と映したプリクラを携帯(PHS)に貼る」というのが1つのステータスだったりしました。
彼女持ちはここぞとプリクラを裏面の電池のところに貼り、こよみよがしにそれを「どうだ!」と見せつけたがりは非常に多かった笑
僕等の周りは硬派が多かったので、そうした軟弱な事をする人間はいなかったですし、よしんばいたとしても恥ずかしいからカパッと開けたところの電池パックに貼るみたいな訳の分からないことをしてたやつもいましたね笑
後は純粋に彼女がいなかったというのもありますが・・・笑
結構男だけで撮影するのも好きでしたね。
まだルールが緩かった時、よく男8人くらいで撮ったりしてました。
ROOKIESみたいな感じですね。
僕が今の奥さんと付き合ったとき奥さんはまだガラケーだったので、付き合いたての時はたまに撮っていて、全部半分に分けて財布に入れていたんですが、酔っぱらって財布失くした時に全部失くしちゃいましたね笑
ただそれも10年以上前なんで、もう10年以上撮影してないですね・・・
技術進化と現在のプリクラ

時代が進むにつれて、プリクラは単なるシール機から、より高度な「美の演出装置」へと進化しました。
2000年代以降、美肌・小顔・デカ目などの補正機能が搭載され、まるでアニメのような「盛れる」自分を作り出せるようになりまして、カメラの高解像度化、照明の工夫、顔認識技術などにより、加工精度も年々向上しています。
また、スマートフォンの普及により、写真を「持ち歩く」から「シェアする」時代へと変化する中、プリクラもSNS連携に対応し、撮った写真をその場でスマホに送ったり、QRコードで読み取ったり、LINEやInstagramでシェアできる機能が搭載されています。
やはりスマホの登場はかなり打撃だったと思われますが、しかしそれでも、プリクラには「物理的に出力される写真」という独自の魅力があり、記念やイベントとしての需要が絶えないので、うまく共存共栄できている印象ですね。
そして最近はAR背景で観光地の名所と合成できたり、音声や動画を組み込んだ「動くプリクラ」なども開発が進んでいるようで、時代の変化に合わせて今尚進化を続けているんですね。
まとめ
そんな感じで思いのほかエキサイトして書いてしまいましたが、やはり日本の誇るべきカルチャーですね。
スマートフォン全盛の現代においても、「プリクラを撮ること」の特別感は、他のどんなアプリにも代えがたい価値を持ち続けているので、これからも残り続けてほしいですね!
