短編小説『わたしがサトシ・ナカモトやねん』
「わたしがサトシ・ナカモトやねん。ビットコインを作ったのはわたしやねん。あ、ってか、いいだ・ちよこやねん。サトシ・ナカモトっぽく言えば、チヨコ・イイダやねん」
千代子ちゃんはそう言った。
十三の安い居酒屋で、十三の安いアパートに住んで、十三の花屋で働く飯田千代子(アラサー)は突然、そんなことを言ったのだった。
ことの始まりは、久しぶりに千代子ちゃんとご飯を食べようとなったところからだ。
私と千代子ちゃんは20代の頃、同じコンカフェで働いていた。
あまり、同じ職場で友達なんてできないものだけども、千代子とは馬があった。
いや、千代子と馬が合った?ただ一緒にいて気が楽だった?千代子が懐いてきた?
ただ一緒に時間を過ごしていた?
わからないけども、なんやかんや仲がいいままコンカフェを辞めたあとも定期的にご飯を食べに行ってる。
そんな感じで久しぶりにまたご飯食べようよってなって、千代子が住んでる十三に行き、居酒屋でハイボールを頼んで、ポテトサラダをつまむ。
色々と話をする中で私が「最近な、NHKでビットコインのドキュメンタリーやってて凄かってん。あれ、ビットコイン作ったサトシ・ナカモトって見つかってないらしいな」とふいに言うと上記のことを突然千代子は言った。
「はあ?」と私は返した。
何を言うんだ、あほ。と思った。
千代子はぼんやりしているところがあった。それと同時にボケたがりなところもあった。
ボケてるのかと思ったら、シンプルにまっすぐ物事を言っていたこともあった。
でも流石にボケだと思った。
「千代子がサトシ・ナカモトなわけないやん」
「ちゃうねん。わたしがサトシ・ナカモトやねん」
「サトシ・ナカモトっておじさんの名前やんか」
「それは、偽名やんか」
「偽名って。ってか、ビットコインなんてかしこいもん、ちよこが作れるわけないやん」
「作れてん。わたし15歳の時に論文書いてん」
脳裏にNHKのドキュメンタリーが蘇る。2008年、後のビットコイン技術につながる論文が発表されたと。
「でも、あれ英語で書かれてたやんか」
「わたし、帰国子女やねん。イギリスの。だから書けるねん」
「だからって、あれめっちゃかしこやないと書かれへんで」
「わたし、かしこかってん。神童ってやつやな。当時なー。サイファーパンクって活動にハマっててなー。暗号技術もめっちゃ興味あってん。だからなー沢山調べてたら、ブロックチェーン技術つくれるやーんってなって、それであの論文を書いてん」
突然の知識にたじろぐ。それでもボケてるだけかもしれない。ここまでならwikiを見れば言えるくらいの話だ。
「なんで、そんなことをしたん?」
「えー、なんかなー中二病やったからなー国にプライバシー侵害されるのめっちゃいややなーとか思っててな、それでサイファーパンク活動にハマってなー。色々調べてん」
「千代子が?」
「うん。わたしソフトウェアエンジニアやってん」
全然、想像がつかない。
「だって千代子。花屋で働いてるやん。そんだけかしこかったら、エンジニアやればいいやん。というかどんな仕事もできるやん」
「できることとやりたいことは別やん」
「別って」
「そんでなー。暗号技術を調べていったら、ブロックチェーン技術作れるやんって思ってん。でもこれもわたしの発明ちゃうねん。昔の人らの技術をなーわたしはがちゃーんってつなげただけやねん。で、仮想通貨つくれるやーんってなってん」
「なってんって……」
「だからビットコイン作ったんわたしやねん」
「……千代子、ほんまなん?」
「だからほんまやって」
「じゃあ、なんで名乗りださないの?サトシ・ナカモトは私ですって言うたらええやん」
「それは怖いやん」
「怖いって何が」
「めっちゃ狙われるで。暗号技術ってまずなーアメリカがめっちゃ厳しいねん。逮捕とかされんねん。大変やねん。あとなー、そういう技術持ってるってわかったら、犯罪者にも狙われるやろー、麻薬カルテルに拉致されるかもしらへん」
「じゃあ、怖いから言うてなかったの?」
「それもあるかなー。あんな、ビットコインって最初は全然相手にされてなかってんで」
「そうなん?」
「うん。私の論文、全然誰にも読まれへんかってん。というか馬鹿にされててん。悔しかったわー。でもなー。ハロルドさんだけは違うかってん」
「ハロルドさん?」
「アメリカの技術者やねー。その人はね、私の論文読んで、凄い!って言うてくれて、それで一緒に仕事してん」
千代子は笑った。それから「懐かしいわー」って言った。
15歳の時に論文書いたやろ?それから、高校生の半分以上はビットコインのことでかかりきりやってん。部活も入らんとなー。毎日、学校行って、返ってきたらビットコインのことばっかりやってたわー。だからなーテストの点数も全然やってん。わたし、あんまりかしこなかってん。一点集中型やったからなー。で、沢山、ハロルドさんとはやりとりしたよー。ビットコインをね、作れたんわ、ハロルドさんのおかげなところも沢山あるわー。わたしだけやったらできひんかったねー。でなー、できたビットコインをなーハロルドさんにあげたりもしてん。小さいプレゼントやったなー。
千代子はそう言ってまたふふふふふと笑った。それから店員さんを読んで「つくねとハイボールください。つくねはタレでー」と言った。
NHKのドキュメンタリーが頭に浮かぶ。そのタイトルはなぜ「サトシ・ナカモトは消えたのか?」だった。
「なあ、じゃあ、千代子がビットコインを作ったとしてやで、なんでサトシ・ナカモトって名乗って、それで消えたん?」
「それはなー、まず、お父さんの名前がサトシやってん。諭って字を書く。そうそう、俳優の松尾諭の諭やね。それから団地の隣の家の人が中本さんやってん。中本諭。で、海外向けの論文やったから、名前逆に書いてな」
「それが、サトシ・ナカモト?」
「うん」
「結構、くだらない理由やね……。ってかなんで偽名やったん」
「えーネットって本名使ったらあかんかったやん。わたしらの頃って本名も顔写真もあげるなって時代やったやん」
確かにそうだったけど…って言った、タイミングで、ハイボールが運ばれてくる。
千代子はハイボールを飲んで「いやープリン体とか気になっちゃう年齢になっちゃったねー」と言う。
「じゃあ、なんで、消えちゃったの?そのままビットコインを作ってたら、めっちゃ金持ちになったり、それこそ有名になったり、ヒーローになったんちゃうん」
NHKのドキュメンタリーではどこかの国でサトシ・ナカモトの銅像が作られていた。勿論おじさんだった。眼の前のふにゃ~としている女とは程遠い。
「あんなー。めっちゃ大変やってんビットコイン作るん。高校生活は全部それで無くなってもうてん。一度しかない高校生活がやで~。もう大変やったわ。それになー。お父さん亡くなってん」
「え、そうなん?」
「うん。高3の時にな。それでな、家がめっちゃ大変になってなー。もうビットコイン作れるような状況やのうなってもうてな。それで辞めることにしてん。あと、ビットコイン作るチームもめっちゃごたごたもしてたしな。なんていうか、それぞれ重なって辞め時やなーって思ってん」
「……それからどうしたん?」
「まず、学費稼がなあかんかったから、それでコンカフェに行ってん。で、たまきちゃんに会えてん」と私を指さした。
「それで、コンカフェで働いてたんだ……っていうか、凄いプログラマーやったら、それで稼げたんちゃうん。それで沢山お金なんて稼げそうやけど」
「あ、たしかになー」
千代子はふふふふと笑う。私が呆れていると、千代子は手をパタパタとさせて「冗談やがなー」という。
「あんなー、もうプログラミングええわーコーディング疲れたわーってなってん。高校生活、もっと言えば中学からやなー。ずっとやってて、疲れたし、かわいいおべべも着たかったしなー。それでプログラミングから離れてん」
「じゃあ、今、花屋をやってるのも」
「やりたいことと、できることは違うってことやねー。私がね、一番向いてるんわ、多分プログラミングやねん。でもなー。違うねん。やりたいんわ、花屋やねん。めっちゃ手が荒れるし、肉体労働やし、虫もわくねんけども、それでも、今の方が楽しいねん」
千代子はまたふふふふふと笑った。
私はどう気持ちを持っていったらいいかわからなくて、ハイボールを飲み干して、それから店員さんに「おかわり」を頼んだ。
「ビットコインの開発から離れて、後悔はない?だって、金持ちになれるチャンス逃したんだよ」
「わたしなービットコイン持ってるねん」
「え、そうなん」
「ドキュメンタリーで言うてなかった?」
「洗濯物たたみながら見てたから」
「わたし開発者やから持ってるねん」
「どれくらい?」
「100万ビットコインくらい」
「100万ってお金にするとどれくらいなん」
「うーん。4兆円くらい~?」
私は大きな声で「はぁ!?!?!?」って叫ぶ。
それから「4兆!?それがあったら仕事辞めれるし、というか学費も稼がんくて良かったし、え!?4兆!?」
「ちゃうねん。ちゃうねん。私が学生やったころはこんなお金ちゃうかってん。最近やから高騰したんわ」
「いや、それでも、なんで仕事してるん?」
「花屋楽しいからな~」
「ってか4兆持ってるの?」
「持ってないよ~換金してないからね~」
「換金してないの?」
「だって、換金したらバレるやん。わたしがサトシ・ナカモトって。わたしは今の生活が楽しいからな~」
「そう…そうなんや…」
「でも、後悔はある」
「あんねや」
「ハロルドさんのこと。ハロルドさんな、死んでもうてん」
「え?」
「ハロルドさんな、全身の筋肉が弱る病気にかかってな。それで亡くなりはってん。最後はな、結構お金にも困ってたみたいでな。ビットコインもまだそんな値があがってなかったころやから、まだまだやってん。でもな、なんか、できた気がしてんけども。亡くなったとき、ほんまは色々したかったんやけども、でも、わたしな、自分がサトシ・ナカモトってバレるのが怖かってん。今の生活を守るの選んじゃってん」
千代子はそう言って、わたしの顔を見る。
「コンカフェたのしかったからなー」
私はちょっとだけドキッとする。
「でも、ハロルドさんにな、お別れ、言いたかったわ。うん、ちゃうな、もっとな、やれることあったよなー。友達やったのになー」
「なんで、私にそれを言うてくれたん?」私は千代子に聞く。
「なんでやろうなー。そろそろ言うてええなーって思ってん。特に友達にはなー」
千代子に友達と言われて嬉しい私がいる。
「あんなー。一人って結構寂しいねん。誰にも言われへんのとかもなー。それやし、今のビットコインの高騰とか見たらな、もうわたしのもんじゃ全然ないねんなって思うし、ビットコインで不幸になってる人もおるし、ビットコインが無かったらええって思ってる人もおるやろし……なんか悲しくなってな、言うてみた」
「……そのまま、言わんほうがかっこよかったんちゃうの?」
「それもそやったなー。全部の不幸を背負うヒーローって感じで」
「なあ、お金があったら、何したい?」千代子は私に聞く。
「うーん。仕事辞めたいかなー」
「そやんなー」
「千代子は」
「私はなー。イギリスに行きたい」
「なんで」
「住んでたしな。あと、ダウントン・アビーのロケ地行きたいねん」
「ダウントン・アビー?」
「知らへん?イギリスの上流階級のドラマ、めっちゃよかってん。それのロケ地行きたいかなー」
「4兆あるし、行けるやん」
「それもそやなあ」
千代子はまたふふふふふと笑った。
それから1週間後くらいに、朝、目を覚ましてスマホをつけるとニュース速報が入っている。
「サトシ・ナカモト、自身保有のビットコインを換金」
え!?って思ってると、電話がかかってくる。
千代子からだ。
「あ、千代子!ビットコイン換金って!4兆!?」
「あー、さすがに4兆は換金してないよー。世界経済に打撃を与えたいわけじゃないよー。100億くらいだよー」
「100億!??!?」
「あんなー。換金してもうたから、多分、バレてまうと思うんねん。わたしがサトシ・ナカモトって」
「どうするん」
「今から、関空来れる?ってかパスポート持ってる?」
「え?」
「海外行かへん?」
「なんで……」
「だって友達やし、行こうや海外。会社辞めてさ、ダウントン・アビーのロケ地行こうや」
私は、呆然としながら、ちょっと涙目になって「いく、うん、いく。ちょっとまってて、すぐに準備するから」って私は言う。
「あ、ごめんやねんけども、先にカリフォルニアに行くなー」と千代子は言う。
「いいよ。どこに言ってもいいよ。で、なんでカリフォルニアに行くん?」と私は聞く。
「あんな、ハロルドさんに会いに行くねん。墓参りするねん。ちゃんとこっちの友達にも挨拶しようと思うねん。あんなー。これって遅すぎたことやったかなー」
「……そんなことないよ。多分、まだ間に合うよ。間に合ってないかもしれへんけども、まだ大丈夫だよ。千代子いいやんか、行こうや、友達の墓参り。それからダウントン・アビーのロケ地にも」
千代子の笑い声が聞こえる。ふふふふふふ。
私は言う。
「そういえば、ダウントン・アビーってNetflixある?どうせなら飛行機の機内で見たいんやけど」
「えーあったかなー。もしなかったら、わたしが全部おしえてあげるよー」
「千代子の説明でダウントン・アビー聞いてもなー」
「ふふふふふふ、わたし、天才やで」
「知ってるよ、それは」

