横山裕と渋谷すばる、YYSSという物語(前編)
この物語をどこから語り始めたらいいのか
本当は、29年前、彼らが出会ったところからの話
だけれど私は部外者で、彼らの本当の歴史も胸中も知る由もないのだから
私は私が見た物語を書くことしかできない。
●私が見た、渋谷さんの物語
ちょうど1年前、私はTwitterに、こんな長文を投下した。
長すぎるので、一部編集して再掲する。
“7人で必死に走ってたあの頃は、今でも何ひとつ忘れてない”
“ずっと胸の中にあります。僕の大切な時間だったし、みんな仲間ですから”
先月発売された雑誌「音楽と人」で見出しになっていた言葉。
こんな、本当は聞くまでもない、当たり前にずっと彼の根底に存在し続けたであろう感覚を、素直にまっすぐ言葉にできるようになるまでに、どれだけの時間を要したのだろうと思う。
「元、関ジャニ∞の渋谷すばるです」
そう言って彼が堰を切ったように話し始めたのは、2023年春のFC限定イベントでのことだった。
この公演の様子は、その後発売されたDVDにも収録されている。
“元関ジャニ∞の渋谷すばるです”
“僕はお母さんに産んでもらって15歳までなんとなくふわふわ生きてきたけど”
“15歳から36歳くらいまで、ジャニーズというところで育てていただきました”
“そして2019年から5年くらい経ったかな、そんなもんなんです俺の人生なんて”
“そんくらいしかないから、全部大事なんすよ”
“自分の人生なんで、過去は過去でもただ過ぎ去ったものということじゃなくて”
“大事な自分のものとしてずっと抱きしめて大切に真っ直ぐに生きてきたつもりです”
それから、「あなたたちを喜ばせたい」「もう怖いものはない」「これからは渋谷すばるを全うしようと思います」「俺、頑張るわ」と言って、
最後、『素晴らしい世界に』を高らかに歌い上げた。
独立後すぐの頃はまだ、フラットにグループやメンバーについて触れることもあったけれど。
そこから、「グループ時代のファンに縋るな」だとか。
「グループを壊したからには別の形で結果を出せ」だとか。
風当たりが強くなるにつれ、彼はどんどん心を閉ざし、自分の過去に対して、ファンに対して背を向けるようにして、自分を追い詰めていったから。
この時の宣言のようなMCは、「もう一度自分の人生を抱きしめる」覚悟の証だったのだ。
しゃべり始める直前の表情には、鬼気迫るものがあった。
会場は全員泣いていた。
ようやく、ここまで来たと思った。
けれど、その後また、渋谷さんにはしんどいことがあった。
去年(2023年)の夏の彼は本当に辛そうだった。
2023年秋のツアーMC、真っ暗なステージ、ピンスポットを浴びた彼は、
「独立してからのこの5年間は…」と言った後、唇を噛んで顔を逸らし黙り込んだ。
そこから長い長い沈黙、次の言葉を待ち会場中が静まり返る。
ようやく発した「…まあ、しんどいことのほうが、多かったかな」という言葉。その声は震えていた。
そんなふうにして、渋谷さんはずっと、一進一退だった。
どうしたって嘘のつけない人だから、その都度 客の前で正直な姿を晒していた。
この、5年間。
彼はめまぐるしく変化をしていたけれど、その変化は、いつだって「人間と触れ合うこと」で起こっていた。
悪意を向けられて傷つく
信じすぎて裏切られる
期待を背負わされて苦しむ
笑顔を見て涙を流す
こちらから見える範囲内だけで言っても、
彼の心はあまりにも剥き出しだった。
有象無象の感情なんて受け流せばいいのに。
ほんと、たくさんの人の欲望に向き合う「芸能人」に向いていなすぎる。
私はいちいち彼が傷つくのを見るのが辛かった。
悪意を向ける人の殆どが、自分の都合しか考えていないではないか。
「関ジャニ∞のメンバー」として十数年間生きてきた本人が自分自身の人生を誇ることを、なぜ赤の他人が制限できると思うのか理解ができなかったし、
勝手に彼に理想を抱いて、そこからズレたことを嘆いて、彼を責めるようにして去っていく人たちのことを、私はどこかで、ずっと許せなかった。
けれど、悪いことばかりでは決してなくて、
トイズファクトリーとの出会いや、この2年間、着実にライブを重ねたことで、彼が得た手ごたえが少しずつ新しい彼を形づくって、
いよいよ今の、「第3章の渋谷すばる」が幕を開けることになった。
「ファンが喜ぶものにしたかった」と繰り返し語る渋谷さんの新アルバム、『Lov U』の最後に収録されている、唯一の自作曲『First Song』。
信じられないくらい優しい声で歌うこの曲には、
「好きだけど好きじゃない」という印象的なフレーズが登場する。
“「好きだけど好きじゃない」を
抱きしめる自信がなかった”
“「好きだけど好きじゃない」を
抱きしめて生きていくよ”
数多のインタビュアーがその意味を彼に問いかけていたけれど、一番はっきりと言葉にしたのは「音楽ナタリー」での答えだった。
“「好きだけどなんか違うんだよな」と思われていることに気付いてはいるけど、それに寄り添うことができなかったときがあって。
──グループを抜けてソロとして音楽を始めたことで「渋谷さんは好きだけど…」という意見が出てきたことですか?
そうですね。ソロになってもついてきてくれているファンの方もいるんですけど、僕はバンドに憧れがあったからシンプルでストレートな音楽になって。
そしたら「渋谷すばるは好きなんだけどな」みたいな声が出てきた。でも、自分はこのスタイルじゃないと前に進めなかった。
そこから今はいろんなことを経て、新しい出会いもあって。そんな状況で書いたのでとてもリアルな歌詞になりました。”
私はこの歌を聴き、衝撃を受けていた。
つまり、彼は許したのかと。
自分に理想を押し付けて、「なんか違う」と言って去っていった人のことを。
許すどころか、その人たちに向かってラブソングを歌っているのか。
一時は背を向けて、「誰も信じない」と突き放してさえいたのに。
それから、私はしばらくの間、「好きだけど好きじゃない」という言葉についてずっと考えていた。
そもそも私はこの歌詞を最初に見たとき、「渋谷すばるを象徴するみたいなフレーズだな」と思っていたのだ。
渋谷さんは天邪鬼だ。
心の奥底で大切にしていること、あまりにも深く大切にしすぎるから、そう簡単に誰かに見せたくなくて
わかったふりをされたくなくて、森の中に隠してしまうのは彼の癖で、
あまりにも大切になりすぎると、かえって突き放したくなってしまったりだとか
なくなっても平気なふりをしたり
少しのズレに悲しくなってしまったり
逆向きに全力で走って、自分が一番傷ついたりだとか。
自分も誰かも煙に巻いて
大切な言葉を飲み込んで
傷つけて傷ついて
小さな身体を一人で抱えて何度も眠れない夜を過ごして
愛情が深すぎる人は、本当にめんどくさい。
本音ではわかって欲しくて、「言わなくてもわかれよ」と思っているから、更にめんどくさい。
一時期の、関ジャニ∞というグループや、ファンに対しての彼の突き放すような発言は、彼のそういった性質から出ていたものだと思っている。
「好きだけど好きじゃない」はつまり、
「好きだから好きじゃない」ということなのだ。
好きすぎるから。
そもそもどうでもよかったら、相手がどうであろうと何も思わない。
好きすぎるから、
信じすぎて裏切られたように感じてしまったり、大切にしすぎて自分自身のバランスまで見失うのが怖くて、距離を取ろうとしてしまうのだ。
冒頭に書いた通り、
ここ最近になって彼はようやく、グループに対しての気持ちを、当たり前にあり続けたであろう愛情を、誇りを。
素直に、気負うことなく言葉にすることができるようになった。
彼自身の「好きだけど/好きだから 好きじゃな」かったものをまっすぐに認めて、素直に抱きしめられるようになったのだ。
それは同時に、自分自身の人生の肯定だった。
その裏には確かに、新しい出会いやこの5年の経験の中で積み重ねていった自信があった。
(以降、省略)
話はこの後、彼とファンの関係性について進むのであるが、今回の論旨とはズレるため省略する。
大事なのは、彼が脱退から5年間という葛藤の日々を経て、ようやくグループ時代の過去を抱きしめられる素地が整ったタイミングで、
盟友・横山裕に声をかけられた、ということだ。
横山さんの「ROCK TO YOU」ツアー、及び「YYSS」で、横山さん、渋谷さんが各地のMCでポツポツと語った、今回二人がタッグを組むに至った経緯。
それらを拾い集めながら、一旦時系列を整理する。
●横山さんが「このMVを観て久しぶりにすばるに連絡をした」と語った、渋谷さんのトイズファクトリー移籍後1発目のデジタルシングル『人間讃歌』リリースが2024年8月21日。
●先ほど引用した7人時代のことを語っている記事が掲載された『音楽と人』の発売日は10月4日(想定されるインタビュー時期は8月末~9月前半)。
●「YYSS」公演オーラスのアンコールで明かされたエピソードから判明した、二人が数年ぶりに再会したという日は、10月5日。
●『First Song』が収録されたアルバム『Lov U』のリリースが10月16日。
●横山さんが『繋がる』の歌詞を書いていて、「これ、すばる(とのこと)や」と思い立ち、咄嗟に「この曲を一緒にやってほしい」と電話をしたのが、スカパラ甲子園当日である11月16日。
つまり、渋谷さんが新天地で第3章を歩み始め、ようやく過去を真っ直ぐに認められるようになったタイミングで、奇跡的に横山さんが声をかけたのだということが、今になって改めてわかる。
●私が見た、横山さんの物語
対する横山さんの歴史を横山担ではない自分が紐解くのは失礼な話という気もするが、
抜けた二人の穴を埋めようと、彼が初めてギターを持って登場し、ファンの度肝を抜いたのは2021年末。
まだコロナ禍明けきらぬ「8BEATツアー」のバンドターンでのことだった。
中止になった47ツアー、私はかろうじて福岡公演に入れたので、たった一人でギターを弾き歌う安田さんの忙しなさが なんとも苦しかったのを覚えている。
だからこそ、横山さんの新しい挑戦には身震いがした。
誰かのためなら、どこまでも頑張れる人なのだと思い、目頭が熱くなった。
そこから3年の間、足繁く各ツアーに通いながら、「ヨコヒナってこんなにライブ中楽しそうだったっけ?」と何度も何度も思った。
彼ら二人はとても優しくてとても賢明だから、その都度その都度、自分の役割を全力で全うしようとする。
渋谷さんと亮ちゃんがいた頃は、音楽面においては、ヨコヒナの二人は意識的に一歩引き、他のメンバーを立てるようにしながら、俯瞰で立ち回ることが多かったように思う。
それが、5人になり、そんなことを言っていられる状況ではなくなった。
望むと望まざるとに関わらず増えるパート。増していく負担、責任。
その責任感の強さから、いつだって必要な役割を全うしようとし過ぎる彼らは、今度は能動的に音楽に関わるようになった。
音楽とは、感情の解放装置である。
音楽とは、最上のコミュニケーションツールである。
「やらざるを得なかったもの」がみるみる武器になっていく。
喜びに変わり、心を裸にし、美しい涙を呼び、5人だけの絆を生み、彼らをキラキラと輝かせていく。
あまりにも皮肉だけれど、その様子は奇跡を見ているようだった。
ライブ中、二人を目で追う時間が飛躍的に増えていった。
もちろん、担当の方々からすれば、もともと輝いてたんだよわかったようなことを書くな鈍感クソ虫が、という感じであることは重々承知だけれど
とにかく、クソ虫の目が潰れそうになるほどに、ツアーを重ねるごとに彼らは美しく輝きを増していくように見えたのだ。
横山さんが渋谷さんに連絡をしたのが、2024年の8月末~9月頃だとして、
当時はまだ「超アリーナツアー」の幕が開いたばかり。
「二十祭」の公演を年末年始に控えながら、「その先の1年間」を見越しての行動だったということになる。
先日放映されたヨコヒナ特番で、「(2025年を)“挑戦の年にする”というマインドになれたのは、メンバーそれぞれが(自分のやるべきことに向かって)ちゃんと動き出そうとしていたから」と語っていたけれど。
きっと、かつてなく5人の結束が強まっていく手ごたえを感じていく中で、
「その先に進むために」横山さんは、「もっと5人のバンドで役に立てるようなライブ力をつけるために」ソロで武者修行ツアーを行うこと、
そして、そのためにも、渋谷さんと向き合うことを選んだのだ。
書きながら、改めて凄いタイミングだなと思った。
私はどうしても渋谷さん側から物語を見てしまいがちなので、
「横山さんが声をかける時期があと1年早かったら、きっと渋谷さんは素直に受け入れられなかったのではないか」
「今いる環境に自信と信頼があるからこそ、過去と、横山さんと、そしてかつてのファンたちと向き合う覚悟ができたのではないか」
と思っていたけれど、
きっと逆も然りで、横山さんもまた、5人での形に手ごたえを感じ、自分自身の成長に喜びと欲望を抱くようになったからこそ、渋谷さんに声をかける覚悟ができたのだと思う。
その周期が、ぴたりと重なったということ。
そもそもトイズで新しい道を歩みだしたからこそ、横山さんにまでその歌声が届いたわけだから、必然だったような気もするけれど、
横山さんがそれに反応するに至ったのは横山さん側のタイミングの問題なので、やはり奇跡的な符合のように感じる。
●二人はともだち
そんなこんなで、迎えた2025年4月。
横山さんのソロプロジェクト「ROCK TO YOU」が発表されるに至ったわけだが、
私は少し前から、なんとなく、なんとな~~~く、「何かが動いている気配」を、渋谷さんサイドの発言からたびたび感じていた。
それはもう、ずーっとしつこく彼を追っているきしょい・オタク(KO)の勘としか言いようがなく、
「今年は凄いことが起きる」
という発言だったり、
時折垣間見せる、横山さんに対しての親愛の情を感じさせる発言だったりが、私に淡い期待を抱かせ、
けれど、そんな予想や願望を公に口にしたら、絶対にいけない気がしていたから。
「ROCK TO YOU」プロジェクトが発表された時も、曲提供だったり、なんらかの形で関わってくれないかな…という会話を、ごく親しい友人との間でだけ、こっそり交わしたりしていた。
だからこそ、実際に『繋がる』でのコラボが発表された時は本当に嬉しかったなあ。
それはアコースティックライブ「すばると」の初日、渋谷公演が終わった直後のことで、
ライブの余韻を噛みしめる暇もなく、「ようやくこの曲を皆さんに聴いてもらうことができる」と言って泣いている横山さんの配信を、
渋谷の路上、友達とイヤホンを片っぽずつ装着しながら、小さな画面越しに必死で観たことを思い出す。
発表された渋谷さんのコメントには、
昨年、「人間讃歌」という曲をリリースした直後、数年ぶりに横山から連絡が来た。
曲やMVを見てくれた事と、相談したい事があると言われ、数年ぶりに食事をしながら、楽曲制作の依頼など話を聞いていると、彼の今の気持ちや、思い、覚悟などが自然と感じ取れた。
久しぶりの感覚だった。この熱い感覚、懐かしく思った。
後日歌詞が送られて来た。今の横山裕が書く歌詞だった。
読んだ瞬間から衝動的に曲を作り、気が付けば出来上がっていた。
音楽が、人と人を、そしてまた音楽へと繋げてくれた。
音楽、そして、横山裕に感謝。
ヨコ、ありがとう!
とあった。
その時、ああ、やっぱり、横山さんから連絡をしたんだなと思った。
渋谷さんは絶対に自分から連絡ができる人ではないのだ。
もともと日常的に連絡を取り合う友人が極端に少ないことを公言している人だし、
自分から出ていった人間がメンバーに縋るような素振りは見せられないという、負い目とプライドがないまぜになったような感情もあったのではないかなと思う。
彼にとって、自分のいなくなったエイトがうまく回っていることは、何よりの誇りであり、どこか寂しくもあったのではないか。
そんなの、どうしようもなく勝手だけれど。
でも、それが人間だ。
なぜなら、彼にとって、ずっとエイトは特別に大切な宝物だから。
そんなこと、目を凝らして彼を見ていれば痛いほど伝わってくる。
だからきっと、横山さんから連絡をもらった時、すごく嬉しかったんじゃないかなと思った。
そして同時に、渋谷さんに連絡をすることができたのは、横山さん以外にいなかったと思う。
メンバーそれぞれ、いろんな愛情の形がある中で、横山さんだけが昔から、なんの気負いも疑いもなく、ずーっとフラットに渋谷さんのことを「友達」だと思っている。
渋谷さんが自分を嫌いになるとか、どっちが上とか下とか、そういう疑いを一切持っていない匂いがするというか、
もちろん、離れたことで多少の遠慮はあったであろうし、音楽的に尊敬する部分はあると思うけれど、
横山さんの屈託のない真っ直ぐな愛情の在り方、眩しいほどの純粋さ、フラットな謙虚さは、関わる周囲を安心させる力があるのだと思う。
再会した二人は“ともだち”であることをあっという間に思い出したのではないだろうか。
離れていた7年という月日を一瞬で溶かすくらいに。
私は本当に嬉しかった。
渋谷さんが嬉しかっただろうな、ということが嬉しかった。
心の中で、SNS上で、横山さんに何度もお礼を言った。
そうして走り出したプロジェクト、
グループを脱退し退所したメンバーと、現役でグループを続けるメンバーによる前代未聞の共作のニュースは、あっという間にネット上を駆け巡った。
反響が大きくなればなるほど、巻き込むものは増えていく。
“ともだち二人”という極めて個人的な関係性 - 繋がり - から始まった物語は、
“二人以外のメンバー”そして“ファン一人ひとり”の物語を同時に照らし出す鏡となり、そこかしこで乱反射を繰り返しながら、転がっていくこととなった。
●反響
むちゃくちゃ書きたくない項目である。
私が観測する限り、渋谷さんのファンで今回の報を喜んでいない人はほとんどいなかったように見受けられたけれど。
特に、『繋がる』の楽曲が発表された初日、イントロに渋谷さんの脱退会見の音声が逆再生されて入っていることがわかってからは、否定的な意見が濁流のように押し寄せた。
「繋がる あの日と音楽が」
後に繰り返し横山さんがMCで語る通り、『繋がる』という楽曲は「あの日」=脱退記者会見の日から始まった物語なので、彼らにとっては必然だったのだと思うけれど
なんの心の準備もできていない聴衆にとって、このギミックは青天の霹靂だったと言うしかない。
ちなみに、「渋谷すばる大好き・今の渋谷さんが一番かっこいい・恵比寿より原宿より渋谷・TOYOTAよりMATSUDAよりSUBARU(「ぽかぽか」団扇構文)」主義者であるハッピー野郎こと私ですら、あの記者会見はその後一度も再生することないままHDDに眠らせている程度にはトラウマ案件である。
頭のおかしい私の同担の友人は、「あの時に比べれば今のほうがマシ」と思うために、辛いことがあるたびに脱退会見を繰り返し観過ぎて、メンバー全員のセリフまで記憶しているらしいが、そんな変態は世界で彼女一人くらいだろう。
だから、このアレルギー反応は(ある程度の範囲内であれば/見当違いとしか言いようもない憶測を含んだ誹謗中傷も散見されたので、例外もたくさんあるが)頭では理解できる。
けれど、『繋がる』はエモとかそんな安っぽい言葉で搦めとっていいものではない、強度と信念のある、圧倒的に誠実で切実な、緊張感に溢れた最高にかっこいい歌だったから、
二人が経験と技量と熱を持ち寄っていい楽曲にしようと切磋琢磨し、ぶつかり合い、ぴかぴかに磨き上げたことが伝わってきたから、
楽曲としての評価ではないところで叩かれているのがとにかく残念だったし、
もう、どんな理由だろうと。
叩かれる彼、彼らを見るのは、本当にいつまで経ってもしんどい。
一生慣れることなんてないと思う。
結局、事態を見兼ねた横山さんが緊急で動画をアップする展開にまでなってしまった。
渋谷さんはSNSをよく見ている人だから、知ってしまうことは避けられないなと悲しく思っていたけれど、横山さんにまで知られることになったことが、
あんなにやさしい人のあんなに悲しそうな彼の顔を見る羽目になったことが、とにかく辛く悔しかった。
情報が解禁された日、「みんなに早くこの曲を聴いてもらいたかった」と言って泣いていた横山さんのあの感慨深そうな顔を想い出す。
彼は30年近く芸能の世界で「プロ」として身を晒して生きていながら、どうしても「情」というものを捨てきれないというか捨てる発想がないというか、
「最後にはきっとみんなに伝わるはず」「分かり合えるはず」と純粋に信じているのだと思う。
そういうふうにしか生きられない、永遠に失われることのない人間としてのピュアさが、横山さんにはある。
「他の人批判して 叩いて叩いて
そんな事でいいの? 本当にそれがいいの?
そうじゃないハズだろ。だったら、だったら
自分のその背中叩いた方がいい。」
こういう人だから。
まさかこんな叩かれ方をするなんて考えてもみなかったのではないか。
人は自分の想像できることしか想像しない。
できれば、これからも一生こういうものから遠いところにいてほしいなと思った。
私にとって唯一の救いは、今回は渋谷さんが一人ではないことだった。
自らの選んだ道とは言え、彼がずーっと一人で傷つけられていく様子を、ただ指を咥えて見ていることしかできなかったから。
横山さんのためだと思えば、きっと彼も強くなれるだろうから。
私は、また横山さんに心の中でお礼を言うことになった。
何かがあるたび、横山担の友人がずーっと寄り添ってくれたのもありがたかった。
「横山さんだけじゃなくて、
こうなることくらい想像できただろうに
横山さんからのお願いを受けてくれたすばるくんのことも守りたい」とLINEをくれた時は涙が出た。
渋谷さんにも私たちにも「仲間がいる」と感じたのは、どれくらいぶりのことだろうと思った。
●メンバーのこと/「二十祭」
二人の結束が強まるほどに、どうしたって“二人以外のメンバー”と“二人以外のファン”もまた、何かしらの感情を抱き、何かしらのスタンスを取らざるを得なくなる。
ファンが一番大切にするのは、自担の気持ちである。
(たまにそうじゃない人も居て驚くけど)
私は、繰り返し色んな立場の方の胸中を想像し続けた。
ヒナちゃんのこと。ヒナちゃんを想う彼のファンの方々のこと。
まるちゃんのこと。まるちゃんを想う彼のファンの方々のこと。
安田さんのこと。安田さんを想う彼のファン方々のこと。
大倉くんのこと。大倉くんを想う彼のファンの方々のこと。
そして、亮ちゃんのこと。亮ちゃんを想う彼のファンの方々のことを。
2024年末から行われた『二十祭』各公演の挨拶において、抜けたメンバーのことに積極的に触れ続けたのは、横山さんと安田さんだった。
今になって思えば、その段階でもう渋谷さんとのプロジェクトは動き始めていたわけで、
これを書くにあたって、自分の『二十祭』の感想やレポを辿っていたら、大阪二日目のMCで、横山さんはこんな発言をしていたようだった。
「抜けてしまったメンバーのことも、正直まだどこかで “繋がってる” って思ってる。負けたくないって気持ちもあるし、頑張って欲しいのも本当だし、切磋琢磨してみんなで幸せになりたい」
そう語る一方で、
「関ジャニ∞よりもSUPER EIGHTがもっと好きです」と高らかに宣言し、途方もない時間を割きながらメンバー4人 一人ひとりに感謝を伝えていく姿は、
「今の自分の居場所」を心から誇りに思うからこそ、抜けたメンバーと堂々と向き合えるのだという気持ちの証でもあった。
安田さんの挨拶の後ろで流れていたオルゴールの曲は、『desire』だった。
福岡二日目には、「この曲、何かわかる?」と言って、ワンフレーズ歌ってくれた。
そのほかの公演でも、ファンに頼み、ペンライトを「赤、黄色、ピンク」に変える時間を作ってくれたり。
「これからも俺たち5色と、旅立っていった3色、俺たち8色を愛してください」と言ってくれたり。
“大事な歴史の一部として”、抜けた3人の存在に積極的に触れる一幕が多かった。
一方で、「今の5人の空気感が好きだ」と繰り返し語り、過去に関しては頑なに触れようとしなかったのがヒナちゃんであり、
大倉くんは、一度だけあの会見に関して、「悲しいとか嫌だとか、そういう気持ちを剝き出しにしてしまったけど、活躍してるのニュースで見たりしてるし……反省してるってSNSにいっぱい書いてください!」と笑い話的に触れただけだったけれど、
そこに特段わだかまりの気配は感じられないあたりが、どこまでも視野が広くフラットな大倉くんらしいなと思った。
毎公演、4人が万感の想いを込めて神妙な挨拶をする中で、
まるちゃんだけは、ずーっと笑って、ちょっとふざけていた。
それが、オーラスだけは違っていた。
「こういう機会で振り返りたくなってしまったので、ストレートに話したいと思います」
そう言って、やけに早口で、覚悟を決めたような、ちょっと困ったような顔で、
自分がオーディションで入所した時からの想い出を振り返り始めた。
「オーディションしたその日のうちに雑誌の撮影があった、その時、最初に出会ったのがすばるくん」
「2回目のオーディションで出会ったのが、大倉くんと安田くんと亮ちゃん」
「そのオーディションの時に、オーラのある金髪のお兄ちゃんがやってきて…それが横山くん」
「雑誌のハワイロケで優しくしてくれたのが村上くん」
「その時から、始まっていたんですよね、僕たちの歴史って」
「内は彗星のように現れたんですよ」
時折ジョークを挟みながらも、畳みかけるように凄まじい勢いで、グループが形作られていくまでのエピソードを話していく。
そして、何年か前に内くんと飲んだこと。
『龍が如く』で演技をする渋谷さんを、『Lov U』のMVで久しぶりに踊る渋谷さんを観たこと。
『ヘドウィグ』の舞台でZeppを回っている時に、亮ちゃんのサインを見かけたことなどを話した。
「ごめんなさい、もしかしたらこの話を聞くと、えぐられる気持ちになってしまう人もいるかもしれないけど」
「その人らの名前を出したらあかんとか、その人らのペンライトをつけたらあかんとかっていう風潮が俺は……悔しいし腹立つから」
「今日だけは我慢できなかった、今日だけは許してください」
「そんな気持ちにさせてくれるような、いいセットリストのライブでした」
私は現地でこの話を聞いているとき、もうずっと顔を伏せて、どうしようもなく泣いていて
だから発売された円盤を観て、まるちゃんがどれほどギリギリの顔で、感情の昂ぶりを必死に抑えながら話していたのかにようやく気がついた。
先ほど、私は
「人は自分の想像できることしか想像しない」と書いた。
横山さんは純粋さの結晶のような人だから、自分の内側に存在しないネガティブな発想に対して、免疫がない。
その一方で、エゴサの鬼として知られるまるちゃんは、もう何年もずーっと、オタクの怒りも悲しみもエゴも毒も何もかも、全部見つめて内側で受け止めてきた人だ。
だから、すべてわかっている。
自分が何かを言うことで起こりえる反響も、生まれてしまう感情も、すべて想像ができてしまう。
道化のようなポジションを進んで買って出る人は、誰より繊細で人の心がわかってしまう人だ。
彼がオーラスまで、ずーっと冗談めかしてふるまっていたのは、ほかのメンバーとのバランスを考え、
自分まで重い本音を語りすぎたり、抜けたメンバーの話をすることで、誰かを傷つけたり、誰かを悪者にしたくなかったからこそなのだと、この時ようやく理解した。
その上で、「ごめん、今日だけは我慢できなかった」と、
まるで自分の感情や衝動のせいのように振る舞いながら、最後に語る道を選んでくれたこと。
どれだけの覚悟があってのことだっただろうなと思う。
感情のギリギリのラインで踏みとどまっているあの顔こそ、丸山隆平という人の本当の顔のような気がして
あんなにも繊細な顔を隠し持っている人が、誰かを救い、喜ばせることを天命として引き受けて生きているということ。
その覚悟の深さを改めて実感するできごとだった。
凄まじい生き様だなと思った。

ずっと、心から感謝しています。
●メンバーのこと/『繋がる』
……そういう経緯もあったから。
なんとなーく、各メンバーごとの 抜けたメンバーに対する距離感というものが、ファンの中でも共通認識として出来上がるに至り。
先に書いた通り、ファンが一番大切にするのは、自担の気持ちだから。
それぞれのファンもまた、自担と同じような距離感から、抜けたメンバーのことを眺める人の割合が多くなっていたのではないだろうか。
そんな中で発表されたのが、『繋がる』のコラボだった。
それに対するリアクション。
まず、『anan』のヨコヒナ対談で、
渋谷さんとコラボすることを横山さんがメンバーに話そうとしなかったこと、
それをマネージャーに咎められ、まずヒナちゃんに話し、
ヒナちゃんが他のメンバーに話を通す道筋を整えてくれたという事実が明かされた。
その上でヒナちゃんは、「僕が余計なことを言って、また何か変な歪みが生じると申し訳ないので、これに関しては一切、口を開きません」と自分のスタンスを明言した。
これを読んだ時、
あんなに「二十祭」で元メンバーへの想いを繰り返し語って憚らなかった横山さんですら 言いだしづらいくらい、彼らにとってもデリケートな案件なのだなと思った。
渋谷さんに対して。
5人いれば5人それぞれの感情と関係性があるのは当然のことで
互いに尊重し合うのが前提であり、「今の5人なら大丈夫だ」と横山さんがどれ程 信じられていたとしても、自分だけが抜け駆けのような形を取ってしまうことに対して、どこか疚しさのようなものがあったのかもしれない。
だからこそ、彼は自分のFCを立ち上げ、そのプロジェクト内ではエイトの楽曲は一切歌わないことも含め、すべて自分の責任下で進めることを決めた。
ヒナちゃんが「何も語らない」というスタンスを取ったことに対しては、個人的には驚きはなかった。
ちょうど10年前、渋谷さんのソロコンを観て一人で号泣したという時も。
カバーアルバムへの感想を求められた時も。
「僕と彼にしかわからんもんがある」「そっとしておいてくれ」
「俺は感想は言われへん」と言って、頑なに口を閉ざした人だから。
誰かにわかったように定義されたくないくらい、繊細でプライベートな感情なのだということ。
切ないくらい変わらないなと思った。
ヒナちゃんと渋谷さんの関係性は、昔からずーっと二人だけのもので、誰も触れられないベールに包まれた、秘密基地のようだ。
『渇いた花』を二人で歌った時の、渋谷さんを見るヒナちゃんのあの眼が、私はずっと忘れられない。
本当に繊細な感情ほど秘めて隠す人だから、「二十祭」で過去を語ろうとしないことも、今回の件で口を閉ざしたことも、その裏にあるであろう未整理な感情の大きさを想像させて、
こういう隠し持った切なさが、この人の奥行きのある色気に繋がっているんだよなと、改めて感じたりもしていた。
ヨコヒナと横すばと松原.、それぞれの関係性はすべて色合いが異なる。
3人でいる時は渋谷さんが二人の間に入ることで形成されていた
奇妙で完璧な三角の形が、7年ぶりに蠢こうとしていた。
続いて二人のコラボに対してリアクションを示したのは安田さん、雑誌でのインタビュー記事でのことだった。
「ファンの皆さんの中には賛否両論あると思う」
「それを二人がどう受け止めるかが大事」
「いいものをやろうとしたんやったらそれでオッケーやし、たとえ結果が伴わなくても、その時は『失敗やったよね』って僕らが言ってあげたらいい」
「『覚悟を持ってやりきってください』と伝えた」
当事者であり演者である彼の目線は想像以上にシビアで冷静で、言ってしまえば「プロ」で、
これを読んだ時、私は正直、少し寂しかった。
それは即ち私が、
「二十祭」において 抜けた3人に関してあれだけ積極的に触れてくれた彼ならば、もう少し前向きな発信をしてくれるのではないかという余りに身勝手な期待を抱いてしまっていた証拠でもあったので、我ながら失礼で都合のいい感想だなと思った。
けれど、よくよく深く考えていくと、
安田さんは、
大人の男の人が、自分の責任で、覚悟をもって行動を起こすということ
その「行動」の意味や起こり得る波紋までを全てきちんと想像し、理解した上で、止めるでもなく、「ええやん」と背中を押すでもなく、
ただ横山さんの意志を尊重して送り出したのだなと気づいた。
「絶対に成功するから大丈夫」と無責任に言うよりも、「もし失敗しても当たり前に受け入れる」と見守ることのほうが、よほど深く大きな愛情に根ざしているなんてこと、少し考えればわかるはずのことだ。
それ以降、安田さんは松岡くんの番組内でも同様の趣旨の発言をし、彼のスタンスは一切ブレることがなかった。
まるちゃん、大倉くんは現在に至るまで一切触れていない。
(個人的には、まるちゃんが最近ラジオで「僕はすばるくんの音楽のファンなので、これからも彼の音楽を追いかけていきたい」「うちの錦戸」といった発言をしたり、『Tokyoholic』や『コーヒーブレイク』をかけたりしているのは、誰も傷つけない形でのまるちゃんなりのすばりょへのエールだと勝手に理解している)
(そして、グループ在籍時からずーっと一人だけ、渋谷さんをあらゆる意味で特別扱いせず、フラットに向き合い続けている大倉くんのスタンスが私は結構好きだ)
つまり、彼らの真意は彼らにしかわからないという大前提はありつつも、
結果だけ見ると、横すばのコラボに関しては、
メンバー4人の口から前向きな発信はなかったということ。
全員覚悟を持ってそのスタンスを貫いていることが伝わってきて、徹底してプロだなと思わされると同時に、
二人が組むということはそれほどまでにデリケートな話なのだなと、改めて痛感させられる出来事だった。
その「デリケートさ」は彼ら自身の感情の在り方から来る問題でもあり、同時に
いろんな想いでいるファンの気持ち、すべてを等しく大切にしようというスタンスの証明でもあった。
実際、安田さんの発言やヒナちゃんのスタンスに自分の心を寄せて安心された方も、この世界にはたくさんいらっしゃったのではないかと思う。
私は何をどう足掻いても渋谷すばるのファンであり、圧倒的に彼の目線から物事を観てしまう癖がついているのでつい忘れがちだが、
横山さんと渋谷さんの二人だけが急速に近づくということは、
7年の月日をかけて、ようやく取れてきたバランスをまた崩しかねないということでもあった。
5人の7年間を見守ってきた人
亮ちゃんの7年間を見守ってきた人
これまで5人と1人と1人、自分なりに必死に食らいついて数十回ずつライブも観てきたから、それぞれが抱え、吞み込んできた痛みも苦しみも、少しくらいは想像することができているんじゃないかと思うけれど
だから、
ヒナちゃんを愛する方が、黙して語らぬヒナちゃんの本心を守りたくて何かを想うであろうことも
安田さんを愛する方が、ウインクキラーの罰ゲームでの安田さんの言葉を想い出して寂しさを感じるであろうことも
亮ちゃんを愛する方が、「だったらなんで」という言葉を必死に呑み込んでいらっしゃるであろうことも
すべて、痛いほど伝わっていた。
それと同時に、私は渋谷さんのファンだから。
安田さんの言葉の通り、
「賛否両論」があってしかるべきだと言うのなら。
私はちゃんと、自分の中に湧き上がってくる、圧倒的な「賛」の気持ちを大切にしたいと思った。
自分にとって、ふたりがタッグを組んで世界に放った大切な曲がどれほど胸を打つものであるのかを、
どれくらい嬉しくて大好きで涙が出るほど幸せなのかということを、あらん限りの大声で叫んで、彼らに精一杯の感謝を伝えたいなと思った。
ファンがそれをしないで、誰がするんだろうと思った。
●横山さんソロツアー始動
そんな、いくつもの感情の激流を経て始まった横山さんのソロツアー、初日。
この日まで、渋谷さんは『繋がる』の情報解禁時などに「ヨコー!」とコメントを添えてSNSに投稿する程度しか、このコラボについて触れることはなかった。
横山さんも、逆再生の一件があって以降、『繋がる』について語ることに対し、消極的になったような印象を受けた。
彼らがそっとしておいてほしいなら。
これ以上、望まぬ反響を呼ぶことは避けたいという想いが強いのであれば。
こんな、せっかく実現に至った奇跡的な邂逅なのに、
技術と経験と熱を持ち寄って彼らが作り上げた最高にかっこいい楽曲なのに。
演出冴えまくるMVも緊張感あふれるメイキング映像も、一部の人しか観られないまま、このまま、すべてが埋もれていってしまうのかと。
そう思うと、悔しくて勿体なくて、歯がゆさで千切れそうだったけれど、
自分ももう、いたずらに騒がないほうがいいのかなと感じていた。
だからこそ、7月26日、『ROCK TO YOU』ツアー初日、
私はただ純粋に横山さんのソロ初日を全力で楽しもうと、黄色いグッズTシャツを着て、キミーのぬいぐるみを持ち、一人 六本木へ向かった。

割りと整理番号がよかったので、正面5列目
バカテクのバンドメンバーが鳴らす分厚いサウンド、
そのど真ん中、眩しいライトに照らされながら現れた横山裕は、
「俺たち、ロックしに来ました!!!」
「ただ、ロックの定義がわかりません!!!」
「このツアーでその答え、見つけたいと思います!!!」と叫んだ。
とにかく、最高に楽しかったー!
多幸感に溢れていて ず太くて真っ直ぐで、想像していたよりよっぽどエネルギッシュで堂々としていて健やかで美しく、ギターを弾きながら子どものように舌を出し、しなやかな右腕を真っ直ぐに高く掲げ、笑って叫んで感情を剥き出しにして、目の前にいる一人ひとり、「あなた」に伝えようと、歌って弾いて、歌って歌っていた。
それを、真っ直ぐに浴びて
真正面から横山さんの気持ちが内側に雪崩れ込んできて、私はもう、1曲目から感極まって泣いていた。
特にこの1~2年、私は横山さんが歌っていると わけもわからず泣いてしまうようになっていた。
とにかく、本気だから。
本気の歌というのは心臓を直接掴んで全力で揺さぶってくる。
セットリストも後半に差し掛かった頃。
横山さんが、ゆっくりと話し始めた。
以下、当日にSNSに投下したMC書き起こしより(以降すべて、細かい言い回しはニュアンスです)。
「次は、すばると合作した曲なんですけど、
8年前…?
すばるが脱退して、記者会見して。
あの時、俺すっごい泣きましたよね笑。
友達なのに、もう普通に会えなくなるのかなと思うと寂しくて泣いちゃって
終わった後、すばるに『晴れ舞台なのに俺が先に泣いちゃってごめん』って謝りました。
でも、あれから時間が経って、時代も変わって
今回、すばると繋がれた。
それは俺たち二人だけじゃなくて、スタッフとか色んな人、
eighterとか、すばるのファンが、俺たちを繋げてくれました。
ありがとうございます。
今日、すばるからお花が届いていて、『ありがとう』ってメッセージを送ったら、
『思いっきり楽しんでください』って返ってきたから。
思いっきり楽しみたいと思います!」
そう言って歌い始めた横山さんは、もう感情を制御できないようで、
初日、彼は、『繋がる』、殆ど歌えていなかった。
聴いているこちらも、MCの間からずっと信じられないくらい泣いてしまって
後半、背後に映るスクリーン、編集されたMVが流れ、横山さんと向き合う渋谷さんの映像が流れた時はもう、どうにかなってしまいそうだった。
コラボのことはもうあまり触れず、無難にやり過ごすのかなと思っていたから。
MCでここまではっきりと言葉にしてくれたことに心底驚いたし、嬉しかった。
「すばる」という名前も、映像も、封印しないでくれたということ。
個人的には、「すばるのファン」と口に出してくれたことが、とにかく有難かった。
この言葉だけで、自分たちの7年間が報われ、認められたような気さえした。
そのあとの『オニギシ』もやっぱり、横山さんは歌えなかった。
ぐちゃぐちゃに泣いて、ぐちゃぐちゃな泣き顔のまま「取り乱しちゃいました」と気まずそうに笑って、しょぼしょぼな目で客席を見渡していた。
本当に美しい人だなと思った。
どうしたら44歳でこんなに美しい魂で生きられるのだろうと思った。
終演後、泣きすぎてボロボロになりながら会場の外に出た瞬間、スマホに流れてきたのが、
「横山裕×渋谷すばる YYSS公演 開催決定」
というニュースだった。
●YYSS開催決定

どっひゃー、である。
ついさっきまで「このまま二人のコラボはそっと終わっていくのかな」と寂しく思ってすらいたのに。
むしろここからが本番だったわけで、そりゃ渋谷さんもここまで何も語らないわけだ。
人混みでごった返す終演後の会場、そこかしこで驚きの声が上がり、
隣にいた見知らぬ横山担のお二人が嬉しそうに渋谷さんの『君らしくね』のワンフレーズを口ずさんでいて、そんなことでも泣きそうになるのを必死で堪えながら歩いたことを覚えている。
嬉しかった。
震えるほどに嬉しかった。
あらゆる種類、あらゆる角度の嬉しさがあった。
ここまで、世間の色んな反応があったことで
私はずっと、もしも二人が繋がったことを後悔していたらどうしようと、
ただひたすら、それが怖かったのだ。
どうか彼らが、「やっぱりやらなきゃよかった」なんて思っていませんように。
『繋がる』のMV、メイキング映像の彼らは本当にいい顔をしていたのだ。
7年間の空白があったとは思えないくらい、二人の空気感は自然で、
でも横山さんは渋谷さんに対して少しだけ緊張していて、
渋谷さんはいつもより少しだけ背筋が伸びていた。

互いへのリスペクトと、相手からの期待に応えたいという気持ちが見え隠れして
ああ、男の人特有の友情の在り方だなと思った。
誰かと対等に話をする渋谷さんを観るのはいつ以来だろうと思った。
懐かしくもあり、当たり前のような
でも確実にあの頃の二人よりも精悍で、「絶対にいいものを作ろう」という強い信念が、ぶっとい柱のように、向かい合う二人の真ん中にあった。
そんな、純度の高い、本気の人生のぶつかり合いが。
周囲の反応の影響で、ぼんやりとした後悔の中で萎んでいってしまうのだとしたら、そんなにやり切れぬことはないではないか。
だから、ライブが開催されることを知り、
「ここで終わりじゃない」ことが、
未来が拓けたこと、可能性が繋がったことが、とにかく嬉しかった。
そして、ファンがどれほど「今の渋谷すばるを観てほしい」と願い叫んだとしても、
実際にお金を払って会場へ足を運ぶハードルを越えてもらうことがどれほど大変なことか、痛いほど知っているから。
たくさんの方に今の渋谷さんの歌が届く機会を作ってくださった横山さんに、もう何度目かわからない、心の底からの感謝をした。
「YYSS」開催までの間。
横山さんはレギュラー仕事の傍ら全国ツアーを回り、24時間マラソンを走り、ドラマの撮影でまた走ったと思ったらBBQの接近戦とレポであらゆるオタクを殺し、連日Xのトレンド欄を賑わしながら「日本のど真ん中」に君臨し続けた。
渋谷さんはアルバム制作をしながら、「すばると」の奈良・静岡公演、仙台と福井でのフェス出演。
歌の凄みをどんどん増しながら新バンド体制でも好スタートを切り、浮足立たないように、でも虎視眈々と、牙を研いでいるのが伝わってきた。
2025年9月20日、21日 神戸ワールド記念ホール
2025年10月3日~5日 有明ガーデンシアター
合計、5公演。
かつて私をエイトの沼に沈めてくれた、元す担の仕事の先輩も。
結婚、出産を経てなかなか自由な時間が取れなくなった他担の友人も。
事務所全体の動向をチェックしている会社の後輩も。
あらゆる人が、「行きたい」と声をかけてくれた。
ギリギリまで迷って「やっぱりやめとく」と言った方もいた。
色んな人がいた。
色んな想いを巻き込みながら、二人が風穴を開けた世界が急速に広がっていく。
9月17日、「ROCK TO YOU」ツアーのオーラス、Zepp Haneda。
全国21公演の武者修行を終えた横山さんの雄姿を私は2か月ぶりに目撃した。
24時間マラソンを走り切り、各地でファンとぶつかり合ってきた彼の放つ歌、言葉の迫力は、ちょっと凄まじいものがあった。
初日の彼は、自分の物語と向き合うために歌っていたように見えたけれど、
青森公演を経たことも大きかったのか、
彼を動かす原動力は、「目の前の“あなた”に伝えたい」という熱に変わっていた。
「大丈夫だから! 今日の景色を忘れないで。
大抵のことは乗り越えられる! 俺が言うから間違いない!」
人はたった2か月でここまでの説得力を手にすることができるのか。
その日は、脱退記者会見を丸暗記している同担の友人と一緒に観た。
彼女が横山さんを観るのは実に8年ぶりのことで、その進化に驚き、「明日のこと気にすんなよ」と叫ぶ姿を見て「久しぶりに聞いた!」と笑い、
終演後、
「あの記者会見の時、自分より辛いのは横山裕だと思っていたから、その人が『今笑ってるでしょ』と言ってて、
あの時はこんな未来想像できなかったけど、幸せだなと思った」とLINEをくれた。
その日、横山さんは『繋がる』を完璧に歌い切った。
「恐らく、一人で歌う『繋がる』は今日で最後です。
すばると対バン、やってきます!!」
渋谷さんは、凄い人と対決することになった。
【後編】へ続く。
