格闘経験0の僕がなぜ格闘技を始めたのか?
はじめに
僕が格闘技にハマったのは、いつからだろう。
僕の格闘技遍歴は、仕込み期、成長期、成熟期があったように思う。
僕自身の好みがどのように、編成されているか確かめるために、それぞれの時期について買いていこうと思う。
仕込み期
僕が格闘技に触れるきっかけになったのは、厳密に言うとよく覚えていない。
しかし、おそらく大晦日の時に初めてテレビで格闘技を見たのが始まりだろう。
当時の僕は、大晦日お笑い番組が見たくてチャンネルを奪い合っていたが、最終的に格闘技を見るはめになったのが始まりだと思う。
正直試合の内容も、出ていた選手もあまり覚えておらず、仕方なく格闘技を見ていたのが、出会いだったのだろう。
毎年チャンネル争いに負け、格闘技を見ていたのだが、明確に覚えている試合がある。
それは、井岡一翔選手の試合で(相手はよく覚えてないのだが)これまで持っていた格闘技の荒々しいイメージではなく、まるで淡々と仕事をするようにスピーディに相手を倒す姿に興味を持ったことを覚えている。
そこが、本当の意味での格闘技との出会いだったと思う。
そして、当時インターネットでボクシングの試合を漁り、踊るように戦うナジーム・ハメド、リング中央で殴り合う八重樫選手、華麗なディフェンス能力のメイウェザー 選手などを見ていた。
当時は、インターネットでKO集など試合の良いところをまとめた動画を熱心に見ており、今の僕からみると格闘技のスイートスポット、つまり、わかりやすく面白いところだけを楽しんでいたように思える。
つまり、にわかであったのだろう。
そこからは、段々格闘技の熱も冷めていき、僕の興味はプロ野球に移っていったことを覚えている。
成長期
成長期は、大学生の頃だろうか。
テレビでは、那須川天心がメイウェザー と試合をすることが話題になっていた。
仕込み期を過ぎて格闘技の興味がなくなっていた僕も流石にメイウェザー は知っていたし、凄さは分かっていたし、那須川天心もメディアでかなり取り上げられていたこともありそれなりには知っていた。
その時、現在の神童と偉大なレジェンドが戦ったらどうなるのかというところは、かなり興味が惹かれた。
そこで気づいた、格闘技の観戦の肝心要は勝負論である。つまり、試合のコングが始まる前『どっちが強いのか』を自分の中で議論することにある。
結果は、メイウェザー が圧倒的に那須川天心を下すことになるのだが、試合が終わった瞬間にも新たな勝負論が発生する。それは、『メイウェザー は誰だったら倒せるのか?』
そのように格闘技の面白さは一つの試合で全てが終わるのではなく、試合が終わった瞬間に次のストーリーにつながるところにあると思う。
そこから、僕の格闘技熱は上がりに上がった。YouTubeでは熱心に過去の試合を見た。今現在の格闘技の世界までのストーリーを眺めていくのだ。
成熟期
僕は高校受験の時、毎日学校が終わると塾の自習室に直行する生活を送っていた。
ある時、塾から学校までの道中にボクシングジムができた。リングがなくガラス張りのジムだった。自転車に乗りながら、ガラス張りのジムの中では、サンドバッグを打つ人、バンテージを巻く人、ミット打ちをする人の姿が見えた。
僕は、受験勉強しかしていなかったので、自転車上で一瞬見える、ボクシング風景はどこか羨ましく思っていた。
そして、無事第一志望の大学に合格し、喜びや支えてくれた家族に感謝する気持ちで溢れていた。その時、羨ましく思えていたボクシング風景もそれ以上の開放感に上書きされたような気がする。
そこから、4年間の大学生活を終え社会人になった。(実は、大学の4年間は違うスポーツをしており、また、ノートでつらつらとご紹介できればと思っている。)
社会人では、初めての一人暮らしだった。家族から離れるのは寂しかったが、実際には、現代は電話ですぐに喋れるし、その気になれば実家にはすぐに帰れるので、寂しさはすぐになくなった。
僕は、中学生の頃から課外活動が一番楽しく自分を成長させてくれていた時間だった。社会人になると仕事が終わり家に帰って寝るという生活に少し鬱鬱していた。
休日散歩をしていると、ボクシングジムがあった、そこは二階建てで中は見えない構造になっている。しかし、僕には大学受験の時代、ボクシングジムの前を毎日通っていたので想像はできた。ジムの中から聞こえるドスドスといったサンドバッグを叩く音がさらにイメージを膨らませる。
僕は衝動的にジムの中に入り、トレーナーらしき人に声をかけた。『見学の方ですか?』とある意味急にジムに入った不審者的僕を最も簡単に受け止めたのである。
『体験は可能ですか?』と伝えると次の日の午後から可能との回答であった。
僕は次の日の午後体験練習に向かい、縄跳びからサンドバッグまで一通りの練習を体験した。
1時間もないぐらいの練習であったが、圧倒的疲労感からくる圧倒的な満足感。その時には私はボクシングを始めようと心に決めていたのである。
そこからは、ジムの移籍など色々経緯はあるのだが、格闘技との出会いとしてはこれが適切だと思う。
