【コラム】緊縮資本主義:③貨幣の力
第1章 貨幣創造のメカニズム
前々回のコラムでは、クララ・マッテイの『緊縮資本主義』を基に、緊縮財政が階級支配のイデオロギー装置として機能し、「将来世代にツケを回すな」という宗教化された言説が民主主義の討議可能性を損なうと論じた。前回は、現代貨幣理論(MMT)の擁護と反論を対比し、反緊縮の代替として科学的討議を回復する役割を探った。本コラムでは、ポール・シェアードの『パワー・オブ・マネー 新貨幣入門』を起点に、貨幣創造のメカニズムからこれらの議論を深化させる。貨幣を経済の「血液」と例えるなら、シェアードはそれをどう流し、活力を生むかを明らかにする。
シェアードによれば、現代のフィアットマネー(政府が価値を保証する通貨)は三つの経路で創造される。これにより、貨幣は経済の需要に応じて柔軟に増減し、成長を支える動的な「力」となる。
第一に、商業銀行の貸出:銀行は預金を待たず、融資することで新たな預金(貨幣)を生む。
第二に、政府の財政支出:赤字予算で新たな貨幣を経済に注入する。
第三に、中央銀行の公開市場操作:国債購入などで貨幣供給を調整する。例えば、日銀が国債を買い取ると、銀行に新たな準備金が生まれ、経済に貨幣が流れ込む。
この視点は、マッテイの緊縮批判を強化する。緊縮は、貨幣創造の力を自ら放棄する行為であり、1920年代のイタリアで労働運動を抑圧したように、経済の活力を凍結させる。貨幣の「力」を支配層が制限することで、均衡財政の神話が階級支配を支える道具となる。
第2章 緊縮の非合理性──貨幣の「力」を放棄する代償
シェアードは、貨幣が経済の基盤として不平等や危機を緩和する可能性を強調する。政府の財政赤字は民間の黒字(貯蓄や投資)を生み、経済全体の繁栄を支える。例えば、政府が100億円の赤字でインフラ投資を行うと、民間企業や家計に100億円の収入や貯蓄が生まれ、経済が活性化する。 対照的に、緊縮は赤字を「悪」とみなし、公共投資を削減。2010年代のユーロ危機では、ギリシャの緊縮政策がGDPを25%以上縮小させ、失業率を27%超に押し上げ、社会的混乱を招いた。
「将来世代にツケを回すな」という道徳的語りは、貨幣創造の実態を無視したフィクションだ。シェアードは、適切に管理された赤字が未来の成長を支える投資だと論じる。2008年のリーマンショック後、米国の財政出動(約8000億ドルの景気刺激策)が失業率を10%から2010年までに8.5%に下げる一方、欧州の緊縮は回復を遅らせた。緊縮の「二枚舌」──上層階級に効率化を謳い、下層階級に自己責任を強いる──は、貨幣の力を支配層の利益に限定し、不平等を温存する欺瞞として再定義される。
第3章 MMTの強化──貨幣創造と積極財政の統合
MMT擁護者は、政府が自国通貨を発行できる限り赤字は問題ではなく、インフレ管理とセットで活用すべきと主張する。シェアードの貨幣創造論はこれを裏付け、政府支出が新たな需要を創出し、経済の潜在力を引き出すと説明する。セクター・バランス・アプローチに類似し、政府赤字が民間貯蓄を支える仕組みを示す。
セクター・バランス・アプローチ:
経済を政府、民間、海外の三つのセクターに分け、収支の相互関係を分析する手法。政府の赤字は民間の貯蓄を増やし、失業を抑える。 例えば、COVID-19後の米国では、5.6兆ドルの財政出動が2020年の失業率14.7%を2023年までに3.4%に下げ、経済回復を加速した。
MMTの雇用保証プログラムやグリーン・ニュー・ディールは、貨幣の「力」を活用した現実的提案だ。しかし、MMT批判(インフレリスク、政治的実行可能性)に対し、シェアードは「自制」の重要性を説く。無制限の支出はインフレを招くため、中央銀行の独立性や税制による調整が必要。例えば、インフレ率が3%を超えた場合に自動的に所得税率を上げる仕組みを導入すれば、政治的バイアスを抑え、インフレを制御できる。
日本の事例では、GDP比263%の高債務下でも2020-2024年のコアインフレ率は2-3%で安定し、ハイパーインフレは生じていない。これにより、MMTは貨幣管理の科学的枠組みとして進化する。
第4章 討議可能性の回復──貨幣の透明化を通じて
シェアードの功績は、貨幣創造を「経済の血液」として透明化し、財政言説を「信仰」から「検証可能」な領域に移す点にある。緊縮の宗教化は貨幣の実態への無知に基づくが、教育やメディアでその仕組みを公開すれば、道徳的フィクションは崩れる。たとえば、「子どもたちのため」という倫理的語りは、貨幣が政府の手で生み出される事実により、インフレ制御や資源配分の科学的議論に置き換わる。
MMTの擁護(積極財政)と反論(インフレリスク)を貨幣創造の視点で再考すれば、両者は補完関係となり、民主主義の公共圏を再構築する。前回のコラムで示したMMTの両面性は、シェアードの危機分析(例:リーマンショック時の緊縮失敗)と結びつき、気候変動や不平等対策の大規模支出を貨幣の「力」で実現可能とする。2021年の米国インフラ投資法(1.2兆ドル)は、貨幣創造を活用した成功例だ。こうして、討議の空白が埋まり、財政政策は階級支配の道具から社会的繁栄の手段へ転換する。
議論を整理しよう:

結語 貨幣の力を民主的に統治する
ポール・シェアードの『パワー・オブ・マネー』は、貨幣創造のダイナミズムから緊縮イデオロギーを解体し、MMTを現実的かつ実践的な代替として強化する。マッテイの階級支配批判とMMTの科学的討議性を結びつけ、財政政策を政府と銀行が経済を支える「力」の行使と再定義する。この視点は、シリーズで指摘した民主主義の危機を、貨幣の透明化と科学的対話で克服する未来を切り開く。
私たちに求められるのは、貨幣の力を盲目的に信じるのではなく、民主的に統治し、社会的公正と持続可能な繁栄を実現する知恵である。
