掌編小説「私たちは今も物語を生きている」
とある作家たちが居た。
彼らは職場にも恵まれていたし、物書きとしてのそれぞれの適性は天職と言える範疇だった。
彼らの部屋には、猿がタイプライターを打つ磁器が置いてあった。
キク科だろうか、窓の外側に見える花を見ていると、網戸に金蚉(かなぶん)が止まった。
明朝に鶏が一日の始まりを告げたあとのことだった。
作家たちが朝餉に握り飯を頬張ると、いつの間にか10時を回っていた。
程よく冷えた水差しの日本茶が、暑さに堪える体に沁み渡る。
窓辺を飛行機雲が過った。
入道雲が形を変えて流れていく。
まるで高天に礼をしているようだった。
日が傾くと、西の空が茜色(あかねいろ)に染まってゆく。
地上に光を絶やすまいと、月が東に浮かび上がった。
作家たちは庭に出て、餅や煎餅を持ち出し囲炉裏に掛け、いつのまにか銘銘に静かな読書会と書評を始めていた。
鈴虫たちが、凛々と凛々と、人界の夜長に向けて風流を添えるべく演奏を始める。
……。
私たちは、一生のうちに幾らかの物語を読むだろう。
それは、凡ゆる世界の神さまたちが人類に与えたもうた"最初から続く奇跡"なのかもしれない。
筆を執る者たちの宴は、物語の中。
世闇を照らす日の光が、東の彼方から朝を連れてくる。
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