「先生の授業には一切の無駄がないですね」
小学校教師で、2児の父、雄剛です。
「先生の授業には一切の無駄がないですね。先生の指示も本当に最小限だし、子どもたちの動きや準備も自分たちでスムーズに進めていました。学習カードを見ても、シンプルそのもの。」
これは、先日の授業公開で参観した先生からいただいた言葉です。
皆さんはこの言葉を言われたら、誉め言葉だと思いますか?それとも、否定的な言葉だと思いますか?
実際はお話してくださった方の話し方や文脈からすると
「無駄を省きすぎて、遊びがないよね……」
というニュアンスを感じました。だから、どちらかといえば否定的な意味が込められていたように思います。
ただ私としては真意がそうであっても、この言葉はうれしかったんです。
子どもたちの育ちとともに、無駄は削がれていく
今回授業公開したのは体育の跳び箱でした。
始めから無駄がない授業ではなかったんです。
まず最初の授業。
ここでは、確認事項がたくさんあります。
〇跳び箱の準備の仕方(設置場所や安全な運び方)について
〇準備運動でどんな運動をし、どこに気を付けるのか?
〇跳び箱を跳ぶ時の安全のルールについて
〇この単元で何をゴールにするのか?
〇ゴールに向かってどんな活動をしていくのか?
〇どんな流れの1時間を積み重ねていくのか?
・・・
これらを確認しなければなりません。そうなると、必然的に先生がたくさん話さなければならないし、子どもたちも初めてのことをしなければいけないので無駄も多くなりますよね。
でも、この1時間を大切にして子どもたちと授業の進め方の共通理解を図ると、この後の時間では少しずつそれに慣れていって、先生がいちいち確認しなくても子どもたち自身で学習を進められるようになっていきます。そうすると、必然的に先生の話す機会が減り、子どもたちの動きにも無駄がなくなっていきます。
その積み重ねの結果が、
「先生の授業には一切の無駄がないですね」
なんですね。
学級経営にも通じること
学級経営も同じですよね。
1学期の前半は、クラスの進め方やルールを確立する時期。ここでは、必然的に先生が話す機会が多くなり、初めてのことをする子どもたちの動きにも無駄が生まれますよね。
でも、それが確立してくる1学期の中盤から2学期になると、子どもたちが次に何をやればいいのか、どうやればいいのかが分かってきます。
・次は振り返りを書けばいいんだな。
・給食はこの手順でやればいいから……
・社会はいつもこういう流れで進むから次にやるべきことは……
子どもたちと共通理解がもてていると、相対的に先生が話す機会が減り、子どもたちの動きにも無駄がなくなっていきますね。
そして、2学期途中からさらに子どもたちが育ってくると
「こんなことをやってみていいですか?」
「こうしたらもっとよくなると思うんですけど?」
子どもたちからそんな提案が生まれてきます。子どもたちが自走できる状態ですね。
卒業式にやることがなくなった……
卒業式といえば最近、黒板アートが流行りですよね。今くらいの時期から、「卒業式になんの黒板アートにしようか?」なんて悩んでいる卒業担任の先生も多いのではないでしょうか?あとは、卒業式後に「どんなことを子どもたちに語ろうか?」と頭を悩ませることもありますよね。
これは嬉しい悩みでもあるのですが、私はこれが一切なくなったことがあります。クラスの子から、次々と提案がありました。
「先生、卒業式に向けて私たちで黒板アートを作りたいんですけどいいですか?」
「卒業式の後に、一人一人がみんなにメッセージを言う機会を作りたい!」
担任としては少し寂しいような……。
でも、それ以上に私はうれしかったんです。卒業式のために頑張るのは先生ではなく、主役である自分たち。その子たちが「こんなことをやりたい!」と提案してやり遂げる。子どもたちの成長に心が熱くなりました。
【新刊】「あの日、言えなかった『ありがとう』
~先生日記・北海道からの教育実践~」
この本には、こんな卒業のシーンも描かれています。私自身、みのるさんに小説化していただいて涙腺が緩んでしまいました!
