魔急精神病院〜カケル〜 第5話
オフィスビルの非常口に設置されているような扉を開けると、そこには、薄気味悪い20畳ほどのスペースがあった。扉から見て右にナースステーションがあり、吸血鬼メイクの女性看護師の人形が3体、カウンターの後ろに座っていた。
また、ナースステーションの向かい側には黒いビニール製の5人掛けの長椅子があった。そこには、グレーの入院着を着た痩せ細った男性患者と肥満の男性患者の2体の人形が、出目金のように目をギョロッと見開き、ハアハアと苦しそうに息を吐きながら、口から涎をダラダラ流していた。その2体の横には、淡いピンク色のパジャマを着た女性患者が頭を抱え、ガクガクブルブル震えながら座っていた。そんな彼らの両脇には、付き添いの屈強な体格の男性看護師と、意地悪そうな顔の女性看護師の人形が彼らを監視しながら座っていた。
そして、扉から見て正面には、強化ガラスに頑丈な白い鉄格子が嵌め込まれた厚さ5cmほどの観音開きの扉があった。紗良はその鉄格子の扉の前まで行くと、来場客たちにこう言った。
「ここから先は、結城くんが連れて行かれた開放病棟です。私からはぐれないよう気をつけてください
「私の所属する横浜湘南新聞社は長年…この魔急精神病院のPRをしてきました…そのおかげで、当社の記者はこの病院を自由に取材できます。そして、皆様は私と一緒に行動するという条件で、ここに入ることができています。なので、私から離れると…皆様の安全を保証出来ません」
紗良が苦虫を噛み潰したような顔でそう話すと、唯史は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
「それでは、入りましょう」
そう言うと、紗良はジャケットの左胸ポケットからカードキーを取り出し、扉の右横にあるカードリーダーにかざした。「ピピッ」と電子音が鳴った後、カードリーダーの上部にある小さなランプが赤から緑色に変わり、「ガチャッ」と鍵が外れた。その扉を紗良が両手でバッと開くと、そこにはおぞましい光景が広がっていた。
「こちらは、小児フロアです。結城くんがいるのは、あの突き当たりにある階段を上がった2階です」
紗良はそう言うと、小児フロアの廊下を悠然と歩いていった。17人の来場客は日和を除き、ガタガタ震えながら紗良の後ろを歩いていた。
薄暗い廊下には、入院中の子どもたちが描いた絵が所狭しと掲示されていた。そこには、子どもらしい伸び伸びとした絵は1枚もなく、どれも恐怖心を掻き立てると同時に、子どもたちの悲しみや怒りが深々と心に突き刺さるような絵だった。恐ろしい顔をした鬼が子どもを金棒で殴る絵や両親の顔が真っ黒に描かれている絵、赤色と黒色のクレヨンで画用紙一面に満遍なくこすりつけたような絵などが、より一層、病棟を不気味なものにしていた。
しかも、廊下には涎を垂らしながら「うぅー…」と小さな唸り声を上げ、ゾンビのように力なく歩き回る小学生位の男の子や、「ぎゃあぁっ~〜〜〜!」と頭を掻き毟りながら恐ろしい金切り声を上げる車椅子に座った中学生位の女の子、「ママァ〜!ママァ〜!」と床に体育座りをしながら泣き叫ぶ幼い男の子の人形などがおり、来場客の平常心を奪っていた。
「皆様、これが精神病院の実態です。向精神薬の多剤大量処方で、患者たちは強い副作用に苦しみ、人間らしさをどんどん失い、やがては死を迎えるのです。近年は、発達障害と診断される子どもが増えたことで、未成年の患者が増加しています。ここにいる子どもたちも、その殆どが発達障害により入院させられました」
紗良は眉をひそめ、目に怒りの炎を宿しながらこう説明した。
やがて、小児フロアを抜け、階段を登る前には、さらに3人が脱落していた。これで、来場客は残り14人になった。階段の壁はカビと埃で汚く黒ずみ、天井からは精巧に作られた大きな女郎蜘蛛とその巣が大量に垂れ下がっていた。病院の外観や受付ロビーとは対照的な不潔さが、精神病院の実態を如実に表していた。
程なくして、一行が2階に辿り着くと、そこにも小児フロアと同じく、ゾンビのような見た目の患者の人形が沢山あった。それを見た紗良と日和以外の13人は皆、悲鳴を上げたり、涙目になりながら怯えていた。
「皆様、こちらの204号室が結城くんの入院部屋のようです。早速ですが、入りましょう」
紗良は「204」と書かれた、鉄格子をはめた小窓のついた刑務所の監房のように頑丈な扉を「コン、コン、コン」と軽く3回ノックした。
「何だ?」
部屋の中から、駆のものとは明らかに違う男性の野太くぶっきらぼうな声が返ってきた。
「突然申し訳ありません。私は横浜湘南新聞の記者の荒井と申します。結城駆さんはいらっしゃいますか?」
紗良がドアに向かって尋ねた。
「新聞記者ぁ?帰ってくれ!俺たちを見世物にしないでくれ」
中の男はイライラしていた。
「いえ、私は貴方がたをネタにしません!魔急精神病院の実態を暴きに取材に参りました」
紗良は臆することなく答えた。
「横浜湘南(新聞)の奴らは、今まで精神病院をヨイショする記事しか書いてこなかった。この金魚のフンどもが!今さら何をほざく?」
男は怒鳴っていた。
「…返す言葉もありません。ただ、私は違います。そして今、私以外に週刊EXPOSEの記者の方々もいらっしゃいます。週刊EXPOSEは、20年以上前から精神医療に対する疑問を記事にしてきた数少ないメディアです
「それに…私は、魔急精神病院で行方不明になった記者の白石博治(しらいしはくじ)の婚約者です」
紗良はそう言うと、口を真一文字に結び、目に哀しみを宿らせていた。
