魔急精神病院〜カケル〜 第13話
「う、うわ…ヤバッ!」
横島は急に紗良の腕を乱暴に離すと、慌てた様子で走り去ってしまった。そんな横島の急変ぶりに、7人はひどく動揺していた。すると、駆の立っている場所から数歩先にあるヤマツツジの茂みから、なんと1頭の巨大なツキノワグマが頭を出して、駆たちをじっと睨んでいたのであった。
「う〜う〜」
ツキノワグマが唸り声を上げながら、茂みから姿を現した。その熊は成人男性ほどの大きさがあり、それを見た一同は再び恐怖に襲われていた。
「もう、勘弁してくれ…」
唯史は白目を剥きながら、内心こう呟いていた。7人はあまりの恐ろしさと疲労から、逃げたり戦ったりする気力を既に失っていた。誰もが死を覚悟したその瞬間、幸運の女神が彼らの命を救った。
「パーンッ!!」
一発の銃声が暗い山道に響いたかと思うと、ツキノワグマが千鳥足になり、そのまま地面にうつ伏せになってしまった。熊の背中には麻酔銃が打たれていた。
「おーい!大丈夫か?」
山小屋の2階の窓から、ヤギのような白ひげを蓄えた痩せ型の猟師のお爺さんが、右手に銃を持ち、左手を振りながら駆たちに声をかけた。7人はその猟師が神様に思えた。
「あ、ありがとうございます!」
紗良は力強くこう答えた。
「君たちはあの病院から抜け出したのかい?さぁ、早く山小屋に入りなさい!その熊はあとで猟師仲間たちが捕獲して、ここから離れた山中に放しておくから」
猟師からこう促され、駆たちは足早に山小屋に入った。山小屋は意外と明るく清潔で、コテージのように設備が整っていた。しかも、10人は寝泊まりできるほどの広さがあり、恐怖の鬼から逃れた7人には天国に思えた。
そして、そこには猟師以外に1人の若い男性がおり、紗良を見てこう言った。
「荒井さん、ご無事で何より!」
すると、紗良は笑顔でこう応えた。
「鈴木くん、お疲れ様!車、ありがとね。あ、皆様、彼は私の後輩で、わざわざここまで来てくれました」
紗良のその言葉に合わせて、鈴木が丁寧にお辞儀をした。駆たちも男性に頭を下げた。
「しかし、荒井さんから聞いていた人数よりも少ない気が…」
鈴木がここまで言うと、紗良は彼の話を静かに制止した。鈴木は空気を読み、口を塞いだ。
「君たち、ここにいれば安全だよ。今日はゆっくり休みなさい
「実は、魔急精神病院からこの山小屋まで逃げおおせたのは、わしの知る限り、君たちが初めてだよ。私は長年、この山小屋を管理しながら猟師もしているが、病院から逃げようとする人を何人も見てきた。しかし、皆病院の人間に捕まったり、山中で遭難してしまったりと、生きて脱出できた者はいなかった」
猟師は俯き加減にこう語った。駆たちはウッドチェアに座りながら、真顔で猟師の話を聞いていた。
「しかし、君たちは本当に凄いね!この山小屋を運営し続けて、本当に良かったよ」
猟師は駆の肩を優しく叩いた。しかし、駆は涙ぐみながら、首を横に振った。
「違います。俺は何もしてません。俺が脱出できたのは、ここにいる荒井さんたちと…犠牲になった3人の仲間のおかげです。3人は…俺の兄貴や父親、じいちゃんのようでした」
駆はこう言うと、堰を切ったように泣き出した。そんな彼の背中を紗良がさすっていた。
「大変だったな。こんな年端もいかない少年にヒドイことをするもんだ!本当に許せん!」
駆の涙を見た猟師は、病院に対する強い憤りを見せた。その時、「バンッ、バンッ!」と山小屋の扉を激しく叩く音が聞こえた。鈴木は「ヒェ!」と叫び、7人に再び緊張が走った。
「おい、結城!この中にいることは分かってるんだぞ!早く出てこ〜い!出てこないなら、ドアを蹴破るぞ!!」
なんと、先ほど逃げ帰ったと思われた横島が戻ってきたのだ。しかし、猟師は慌てることなく、鈴木を含めた8人にこう言った。
「やれやれ…騒がしい奴だ。残念ながら、君たちはここに泊まれないようだ。すぐに裏口から逃げて、車に乗って下山しなさい」
「しかし、猟師さんは?」
紗良が心配そうに尋ねた。
「わしは大丈夫!銃もあるし、屈強な猟師仲間もそろそろ来るからね。さあ、お行き!」
猟師は得意気に銃を触りながら、こう言った。駆たちは猟師に丁寧にお辞儀をすると、裏口に向かった。
「私は結城くんと同じ車に乗り、鈴木は自分の車に乗ります。皆様は先にご乗車ください。では、また後ほど落ち合いましょう」
そう言うと、紗良は裏口のドアを開いた。すると、一気に景色が明るくなった。
