魔急精神病院〜ココロ〜 第15話
数分後、猟師の宿舎に到着した3人は、既に先に到着していた4人と再会した。7人は、全員が生きて魔急精神病院を出られたことに大いに喜んでいた。
「猟師の皆様、本当にありがとうございました」
紗良は猟師たちに深々と頭を下げた。
「こちらこそ、皆様とお会いできて良かったです」
猟師の1人が丁寧にお礼を返した。そして、記者たちが私服に着替えると、トラックには仙石が乗り、紗良たちが乗ってきた車には、紗良と鈴木、心が乗り、千夏たちが乗ってきた車には、千夏と田中、東方が乗った。3台の車は猟師たちに見送られながら、山道を走り始めた。
「荒井さん、目的地は東方先生の実家ですよね?運転、ありがとうございます」
鈴木は後部座席から、紗良にこう話しかけた。
「ううん、大丈夫。東方先生のご実家には、ものすごく堅固な金庫があって、そこなら遺品を保管しておいても大丈夫かなと思ったの。本当は今日にでもご遺族に遺品を返したかったけど、鈴木くんと田中さんは怪我してるし、後日、改めて返したいと思うの」
紗良は涼しい顔でこう答えた。
「鈴木さんと田中さんって、あの横島をやっつけたんですよね!すごいや!」
心は目をキラキラと輝かせていた。
「いや、たまたまラッキーが重なっただけだよ。俺1人だったら、確実に横島に負けていただろうな」
鈴木はそう謙遜しながらも、満更でもない様子だった。
「僕、将来は鈴木さんや皆様みたいな記者か、不動先生や東方先生のように本当の意味で治せる精神科医になりたいです。精神科医になるときは、絶対にクスリだけを処方するような無責任な医者にはなりたくないです。茨の道になるでしょうが、皆様を見て強く決意しました」
心はそう言いながら、瞳に強い光を宿していた。
「それは素晴らしい夢ね、心くん。ところで、ご両親は心くんを受け入れてくれそうかな?心くんを精神病院に入れた張本人よね?気を悪くしたら申し訳ないけど…」
紗良は心配そうに心に尋ねた。
「あぁ、それは大丈夫です。両親はスマホでも面会でも『まさか、こんな酷い病院に入院になるとは思わなかった。申し訳ない』と謝ってくれましたし、僕が脱出したことは既に伝えてあります。まぁ、僕を入院させた主犯は学校の先生なので、今の私立から公立の小学校に転校するつもりです」
心は笑顔で答えた。
「それは良かった。ところで、何で横島が今日いたんでしょうね?あと、何で俺らはもっと早い段階で怪しまれなかったんでしょうね?監視カメラに写っていてもおかしくなかったでしょうに」
鈴木は怪訝そうな表情を浮かべながら、こう呟いた。
「さっき、トラックの中と猟師宿舎で聞いたんだけど、横島は後半の社員旅行の2日目、15日の夜に院長に急遽呼ばれて、沖縄から戻ってきたらしいよ。情報通の仙石さんでも、そのことは知らなかったそうよ」
紗良が答えた。
「え?まさか、計画がバレていたのでしょうか?」
鈴木は顔面蒼白になっていた。
「いえ、今日、院長はいませんでしたから、完全にバレてはいなかったと思います。仮にバレてたら、院長は不在にしないでしょうし、鈴木さんたちが院長室から不動先生の手記を手に入れられる筈はありません。ただ、院長か若しくは職員の誰かが、既に『何か起きるかもしれない』と懸念していた可能性はあります」
心は10歳とは思えない発言をしていた。
「なるほどね〜。そしたら、監視カメラで俺たちをもっと早く見つけられそうなものだが…」
鈴木は腑に落ちない様子だった。
「監視カメラについては、モニター室にいた警備員は東方先生が買収していたの。何円渡したかは知らない方がいいかもね」
紗良は苦笑いしていた。鈴木は東方のお金持ちエピソードに内心イライラしていた。
3人を乗せた車が高速道路のSAに到着すると、紗良はトイレに行った後、3人分の飲み物と昼食を買ってきた。
「本当はSAで食べたいけど、万が一、魔急精神病院の関係者がいたら逃げられなくなるから、車内で食べよう」
紗良はそう言うと、車のドアを開け、換気をした。
「ありがとうございます、荒井さん。これ、俺と心くんの昼食代です」
鈴木は自分のスマホのキャッシュレス決済アプリから、紗良に1,500円を送金した。
「こんなにいいの?悪いね」
紗良は申し訳なさそうに言った。そんな紗良を鈴木は愛おしそうに見ていた。
「鈴木さん、荒井さん、僕のためにありがとうございます」
心はサンドイッチとサラダを受け取りながら、丁寧にお礼を言った。
「いえいえ、病院では碌な食事を食べてないでしょう。しっかり食べてね」
紗良は優しく心に言った。そんな紗良を見て、鈴木の胸は高鳴っていた。
食事の後、車はSAを出発した。心は緊張が解れたのか、座席でスヤスヤと寝ていた。
「しかし、心くんはスゴイ子ね。向精神薬が危険なものだと、クスリを飲む前に気付くなんて。日本だけでも600万人以上が向精神薬を服用しているのに。しかも、何年も、下手したら死ぬまで気付かずに服用している人がザラにいるのにね」
紗良はバックミラーで心の寝顔を見ながら、優しく呟いた。
「そうですね。本当に驚かされますよね、この子には」
鈴木は外の景色を見ながら、こう答えた。
「鈴木くんも寝ていいよ」
紗良が言った。
「いやいや、女性に運転させて寝るなんて、俺のプライドが許しません。荒井さんが疲れた時に運転を変われるように起きてますよ」
鈴木は首をブンブンと横に振った。
「そうなの?怪我してるから、無理しなくて良いよ」
紗良は鈴木の態度に苦笑いしていた。
「荒井さん」
鈴木は急に真顔になると、紗良の名前を呼んだ。
「な、何?」
紗良は鈴木のコロコロ変わる表情に戸惑っていた。
「やっぱり、女性って…お金のある男の方が良いんでしょうか?」
鈴木は内心複雑だった。自分とそんなに年の変わらない東方の圧倒的な財力に、彼は男としての自信を無くしていた。
「う〜ん…そういう人が好きな女性もいるけど、私は違うかな。お金が無いよりはいいかも知れないけど、お金持ちでも性格が悪かったり、あまりにも生理的に無理な人はNGね。私は自然体でずっと一緒にいられる人が良いな」
紗良は白石を思い浮かべながら、しみじみと言った。
「そうなんですね。でも、例えば、あ、東方先生は高学歴な医者でお金もあるし、容姿も悪くないです。しかも、患者さんたちから慕われていたらしいので、性格も…良いです
「それに比べ、俺は大卒だけどスポーツ推薦だし、高収入ではありません。性格や容姿は客観的にどう見られているのか分かりませんが、体力があることやスポーツができることしか取り柄がありません。俺、東方先生より劣ってると感じて、ずっとモヤモヤしてるんです」
鈴木は本音を吐露した。彼は、自分の胸の支えが取り除かれたような気がした。そんな鈴木を見た紗良は、ますます困惑していた。
「東方先生は確かにお金はあるけど、先生のことは何とも思ってないよ。感謝はしてもしきれない位だけど…
「それに、鈴木くんはそんなに卑下しなくて良いよ。す、鈴木くんは果敢に横島に立ち向かい、怪我をしながらも最終的には勝ったじゃん。精神科医も1人倒していたし、本当に凄かったよ」
紗良も胸が若干ソワソワしていた。そんな紗良の言葉に、鈴木は心の底から安堵すると同時に、大好きな女性から褒められたことに内心歓喜していた。
「そんなに褒められたら、もっと好きになるじゃんか!荒井さん、俺の彼女になってくれないかな〜?将来的には嫁になって欲しいなぁ〜!」
鈴木は心の中でこう叫んでいた。そんな鈴木の横で、心は寝ているのか起きているのか、窓の方を向きながら、「フフッ」と小さく笑っていた。
