魔急精神病院〜カケル〜 第9話
「ガン、ガン、ガン!」
「ここから出せぇ〜!!」
「きゃあぁ~〜〜〜!!」
開放病棟よりもさらに不気味な閉鎖病棟では、鉄を強く叩く音や悲鳴、泣き声が暗い廊下に響いていた。そこは、もはや病室ではなく独房であり、中と廊下を仕切るのは冷たく錆びた鉄格子だけであった。
「トイレが丸見えですね。人権も何もありませんね」
紗良は怒りに震えながら言った。唯史や日和以外の来場客は恐怖にブルブル震えていた。
すると突然、「ジャ〜〜!」と激しく水が撒かれる音と同時に、1人の男性の空気を切り裂くような悲鳴が唯史たちの耳に入ってきた。
「冷たっ、冷たいよ〜!止めてください、私が何をしたと言うんです!お願いします!あぁ〜〜〜っ!!」
紗良と来場客たちは、一斉に悲鳴の聞こえる方に目を向けた。唯史は恐怖で泣き出しそうな顔をしていた。
そこは、男性職員用のトイレで、その出入口のドアは開きっ放しで、中の様子が丸見えだった。そこには、5つの便座と3つの個室があり、古びていたものの汚さはあまりなかったが、そこに広がる光景はあまりに異常だった。
トイレの最奥には何と、1人の高齢男性の人形が折りたたみ椅子に拘束されていたのである。彼の両手首は背もたれの後ろで縛られ、両足首もそれぞれ椅子の足に縛られていた。そして、さらに驚くことに、その哀れな男性に向けて、3人の若い男性看護師の人形がバケツやホースで水を撒いているのであった。しかも、その虐待を嬉々としてスマホで撮影している1人の男性看護師の人形もあった。4人の看護師は悪魔も凍りつくような冷酷な笑みを浮かべ、口々にこう言っていた。
「社会のゴミをキレイにしてあげてるんだ!感謝しな」
「面白いからもっと泣けよ、じいさん!」
「水に濡れて、少しはいい男になったんじゃね?」
そんな地獄のような光景を見た来場客たちは恐ろしさで震え、紗良は唇を噛み締め、怒りに震えていた。
「皆様、残念ながら、今は彼を救えません。結城くんたちを脱出させる計画が崩壊します。心が痛みますが、先に進みましょう」
紗良は汚物を見るような顔で看護師たちを見ながら、トイレを後にした。しかし、それから程なくして、再び大きな悲鳴が聞こえてきた。
「止めろぉ〜〜〜!痛い、痛い!」
今度は、先ほどのトイレから2つ隣の病室で、何と、1人の中年男性と思しき人形が逆さまにしたベッドの下に閉じ込められていたのである。しかも、彼は全身痣と傷だらけで、顔は殴られて赤黒く膨らんでいた。当然、鉄格子で仕切られているだけなので、病室内の様子は丸見えだった。
「お前、脱走しようとしたな?お前の家族からずっと入院させるように言われてんだよ。お前に帰る場所なんてねぇよ!これは、脱走を企てた罰だ」
1人の男性看護師の人形はそう言いながら、木刀を床やベッドにバシバシ叩きつけていた。そして、先ほどと同じく、その拷問を2人の男性看護師の人形がスマホで撮影していた。
「酷い、酷すぎる!…しかし、先を急がなければ」
紗良は目に涙を浮かべていた。日和は紗良と同じく怒りの表情を浮かべ、他の来場客は恐怖の余りに白目を剥きそうな様子だった。
しばらく歩いていると、今度は大部屋が見えてきた。大部屋には、4人の患者の人形がベッドに寝かされていたが、驚くべきことに皆、ベッドに拘束されていた。両手足は勿論、腹部も帯のように幅の広いベルトでガチガチに縛られていた。勿論、大部屋の仕切りも鉄格子しかないため、中の様子は丸見えだった。
「身体拘束ですね。非常に問題視されている行為です。ちょっと、待ってください。あれは…」
紗良は患者たちが皆、点滴に繋がれているのに気づいた。
「栄養点滴、IVHですね。拒食症など栄養が取れない方に施されます。しかし、どうもおかしいです。あの患者さん方は、そんなに痩せ細ってないのに、何でIVHされているのかしら?」
紗良は半ば独り言のように、こう言った。 すると突然、紗良たちから見て1番手前にいた患者が「ゴフッ!」と激しく吐血した。そして、その1つ奥のベッドに拘束されていた患者は「ゼ〜ゼ〜」と苦しそうに息をしながら、「あぁ〜〜〜!」と叫び、錯乱状態に陥っていた。しかも、さらに奥にいた2人は顔を真っ赤にし、かなりの高熱が出ているようだった。
「えっ?え、え、え〜〜〜!!何が起きたの〜!?」
紗良は慌てふためいていた。すると、紗良たちの後ろに2人の人間が音もなく現れた。
「どうかしましたか?」
不意に声をかけられ、紗良と来場客たちは全員飛び上がった。そこには、痩せ型の脂ぎった長髪の精神科医と、豊満な体型の女性看護師が立っていた。紗良は動悸を感じつつも冷静にこう言った。
「どうもこうもありませんよ!患者さんが急に血を吐いたり錯乱しているんですよ。それに、患者さんに酷いことをしている看護師さんもいらっしゃいました。放置してよろしいんですか?」
すると、精神科医はキョトンとしながら、こう答えた。
「あぁ、いつものことです。当院は精神疾患以外にも糖尿病や高脂血症等の持病を抱えたり高齢な患者もいますから、急に容態が悪化することは想定内です」
精神科医は表情一つ変えなかった。
「で、でも、患者さんへの振る舞いがあまりに酷い看護師さんが…」
「それは、患者が他の患者や医療従事者に危害を加えようとしたから、やむを得ずにあのような措置を講じたんです。部外者の貴方には私たちの苦労が分からないから、私たちが悪魔に見えるのかも知れないけど、じゃあ、貴方は精神疾患の患者たちの面倒を見れるわけ!?」
女性の看護師はブルドッグのような顔を赤らめ、こう捲し立てた。紗良は怒りと呆れの入り混じった表情で2人を見つめていた。
「先生、行きましょう」
看護師は精神科医にそう言うと、2人は大部屋の中に入って行った。
「睡眠薬や抗うつ剤等の向精神薬を服用すると、沢山の副作用が発生します。なぜなら、向精神薬には違法薬物と同じような成分が含まれているからです。しかも、向精神薬は脂溶性で脂に溶け、体脂肪や脳、神経などに留まる性質があるため、簡単に排出されず、場合によっては何年も体内に残留します
「そんな向精神薬を何ヶ月も何年も服用すれば、どんな人間でも当然おかしくなります。しかし、精神科医たちは、本当は向精神薬による治療が間違っているにも関わらず、症状の悪化を患者さん自身や病気のせいにします
「そんな精神医療に対し、私たちジャーナリストにできることは、精神医療の真実を公にすることです。心の不調を治す主流の治療法が、誰一人として治せない薬物療法となってしまっている今、東洋医学など本来の意味での治癒に導く治療法にスポットを当てなければいけません。精神医療は余りにも多くの人を不幸をしてきました」
紗良は来場客にこう話すと、顔をひきつらせたまま、再び廊下を歩き出した。
しばらく進むと、一行は遂に「霊安室」とプレートに書かれた扉にたどり着いた。その扉はペンキで真っ黒に塗られており、より一層気味が悪かった。
「ここですね。いよいよゴールが見えてきました。私も正直怖かったので、皆様ももう少しの辛抱ですよ」
紗良はそう言うと、霊安室の扉を開いた。
「いやいや、俺は霊安室が一番怖いんですが…」
唯史は囁き声でツッコミを入れていた。
