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魔急精神病院〜カケル〜 第3話

「え〜普通じゃん」
 魔急精神病院の中に入った日和はガッカリしていた。そこには、家一軒分は優に収まるであろう広さの、近代的でスタイリッシュな待合室があった。入口から見て右側には受付窓口、左側には20人ほとが座れる来場客用のベンチが設置されていた。
 しかし、受付窓口にある受付事務員を模した人形は、すべて顔面蒼白で痩せていた。また、客用のベンチの周りには、患者やその家族を模した人形がベンチに座っていたが、どれも青ざめていたり泣いていたりと、悲壮感ただよう表情を浮かべていた。しかも、その人形はどれも某夢の国と同じくらいのクオリティで、非常に精巧に作られていた。
「いやいや、普通じゃないだろ…」
 唯史は受付事務と患者の人形を交互に見ながら、ひどく動揺していた。洗練された部屋と暗い顔をした人形とのギャップは、普通のお化け屋敷にはない異様な雰囲気を醸し出していた。
「皆様、座席におかけください」
 玄関前にいた係員と同じメイクだが、震災刈りにした黒髪に筋骨隆々な男性看護師役の係員が、ゆっくりと低い声で言った。その声色は、病棟の雰囲気を余計に恐ろしいものにしていた。
「患者(の人形)の隣は嫌だな」
 唯史は患者の人形に怯えながら、ベンチに座り、日和は少し不満気な顔で座った。
「週刊EXPOSEの記者の皆様、当院へようこそ。私は看護師の横島(よこしま)と申します」
 先ほどアナウンスをした係員が、唯史たちの前で話を始めた。
「パンフレットによると、『私たち(来場客)は新米雑誌記者として、ここに取材に来た』という設定みたいね」
 日和が唯史に耳打ちで教えた。
「当院での取材をされる前に、いくつか注意事項を申し上げます
「まず、写真や動画撮影はご遠慮ください。次に、食べ物の持ち込みは禁止です。ただし、飲み物は飲んでいただいて構いませんが、くれぐれもこぼさぬようお願いします。また、患者様(役)や医療従事者(役)への暴力や、取材の妨げになる言動はおやめください。それから、医療器具にはお手を触れぬようお願いします。また、取材をリタイアされる際は、『リタイア』と書かれた扉が各所にございますので、そこから適宜ご退出ください
「最後に、当院は常に患者様ファーストで最良の治療を行っております。皆様が素晴らしい記事を書かれることを…期待していますよ!」
 横島は最後の言葉に力を込めると、お辞儀をしながらニヤッと恐ろしい笑みを浮かべ、その場を離れていった。それを見た唯史は震えながら、冷や汗をかいていた。
「あら!皆様も取材にいらしたんですか?」
 横島が居なくなるや否や、上下黒のパンツスーツを着たスレンダーで30代前半と思しき美しい女性記者が、唯史たちの前に現れた。
「横浜湘南新聞の荒井紗良(あらいさら)と申します。よろしくお願いします」
 紗良は深々と頭を下げた。彼女のお辞儀に合わせ、一つ結びにした長い黒髪がしなやかになびいた。
「皆様もご存知かと思いますが、この病院では患者さんへの虐待が横行しています。我々で絶対にその実態を暴いて、世間に知らしめましょう!」
 紗良は右手を胸の前で握りしめながら、力強くそう言った。紗良の登場に、日和以外の19人の参加者の恐怖と緊張が和らいだ。しかし、その安心感は、男性の凄まじい叫び声で一瞬にして破られてしまった。
「助けてくれ〜!俺は病気じゃない!離せ〜!!」
 重苦しい雰囲気を引き裂くようなその叫び声に、来場客たちは心臓が口から飛び出そうになっていた。そして、紗良を含めた21人が一斉に声のする方を向いた。すると、そこには、真っ黒なジャージと黒いTシャツに、スポーツキャップ、ランニングシューズを身に着けた3人の屈強な男たちに強引に診察室へと連れて行かれる哀れな若い男性がいた。彼は赤文字で「HELL」と書かれたグレーのTシャツに、シャツと同じ色のスウェットという寝巻きのような服装で、青年と言うよりも10代後半位の少年に見えた。茶髪で今時の若者といった容姿のその少年は、叫びながら必死で逃げようと藻掻いていた。
「なんてことを!あの子はきっと、医療保護入院で連れてこられたんです!日本には、患者本人の意思とは関係なく、精神保健指定医の資格を持った精神科医と家族1人以上の同意があれば、精神病院に入院させられる制度があるんです。これは、是非取材しなければ!」
 紗良はそう言うと、少年が男たちに連れて行かれた方向に顔を向けた。そこには、診察室につながる通路があった。待合室の奥、入口から見て正面にあるその通路が、1時間以上に渡る壮大なアトラクションのスタートラインである。唯史たち20人は緊張と不安が入り混じった面持ちで、紗良とともにその通路に向かった。

 
 
 


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