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魔急精神病院〜カケル〜 第4話

「この廊下の突き当りにある扉が第一診察室です。先ほどの少年は、あの部屋にいると思われます。急ぎましょう!」
 紗良は、不気味で薄暗い廊下を進みながら言った。通路入口から10mほど真っ直ぐに伸びるその廊下の壁には、病院らしく、一番手前側に銀板に彫られた館内案内図があった。ただ、その案内図の横には、魔急精神病院に所属する医療従事者の顔写真と名前が掲示されていたが、どれも恐ろしげな顔をしていた。さらにその奥には、歴代の院長の肖像画がズラリとかけられていたが、やはりどれも悪魔のような表情を浮かべ、目が獣のようにギラギラ輝いていた。
「もう、こえ〜よぉ…」
「帰りた〜い」
「気味悪い」
「夢に出てきそう」
 来場客が口々に弱音を吐く中、日和は興味深々に肖像画や掲示板を眺めていた。
「ここでは、お化けが『ワッ』と出てくるようなトラップはまだ無いのね」
 怖いもの好きな日和には、依然として余裕があった。
「ここね。皆様、くれぐれも大きな音を立てないように、そっと入って下さい」
 紗良は「第一診察室」と書かれた無機質な灰色のスライド式の扉を静かに開けた。
 そこは、廊下とは打って変わって赤みがかった照明がついており、廊下や最初の受付ロビーよりも明るかった。入口から見て左側には、社長室にあるような黒檀のデスクと高級な黒い革張りの肘掛け椅子があった。そしてその椅子には、でっぷりとした体型の坊主頭に白衣を着た意地悪そうな顔をした60歳くらいの男が、だらしないお腹の前で両手をクロスさせながら、醜悪な笑みを浮かべ、深々と座っていた。院長と思しきその男は、看護師と同じく、吸血鬼のように青白い顔をしており、白衣には赤い血がベットリとついていた。
 そして、院長の目線の先には、先ほどの哀れな少年が小さな丸椅子に座らされており、彼の周りを先ほどの黒装束の男たちがボディーガードのように取り囲んでいた。少年は抵抗の意思をなくしたようで、暴れることなく力なく座っていた。
 紗良は、唯史たち来場客を入口のすぐそばにある衝立やロッカーに隠れるようジェスチャーで指示し、唯史たちはすぐに各々身を隠した。
「結城駆(ゆうきかける)くんだね?」
 ナメクジのような容姿の院長が口を開いた。
「…はい」
 駆はその醜い男を鋭く睨みつけながら、小さく返事した。
「君はどうしてこの病院に連れてこられたか分かるかい?」
 院長は不気味な笑みを浮かべながら、このように尋ねた。
「…分かりません」
 駆はなお鋭い視線を院長に浴びせながら、こう答えた。
「分からない?困ったねぇ…なら、教えてあげよう。君は、うつ病のお父さんを殴ったね?」
「…っ!!でも、それは奴が妹を…」
「話を遮るな!クソガキが!!」
 院長は一瞬で表情をガラリと変え、丸々とした両手でデスクをバンッと叩き、駆を怒鳴りつけた。それでも、駆は怖気づくことなく、怒りを込めた目で院長を見つめていた。
「君は病気の父親に手を上げたから、ここに連れてこられた。そんな君には、情動障害と統合失調症の症状が見られるね。だから、筋肉注射をされたくなければ、入院しなさい!」
 院長は再び醜悪な笑みを浮かべていた。駆は「チッ!」と舌打ちをしながらも、「分かりました」と小さく言い、入院に合意した。
「それでいい。もし、ここで『入院しない』とゴネるようなら、筋肉注射をして閉鎖病棟への入院になるところだったよ?良かったねぇ~」
 院長は舐めるような視線を駆に浴びせながら、ねちっこい口調で言った。駆は強い憤りを抑えるように歯を食いしばりながら、俯向いていた。
 程なくして、黒装束の男たちは退席し、代わりに横島と、もう一人屈強な男性看護師の2人が入ってきた。彼らは駆の両腕をガッチリ掴むと、彼の体を引きずるように入口から見て右側の扉へと連れて行った。一方、院長は、ゆっくりと肘掛け椅子から立ち上がると、左側の扉へと消えていった。
 院長たちがいなくなるや否や、診察室が暗転し、来場客たちは僅かな明かりに照らされているだけの状態になった。紗良と日和以外は、「うわぁっ!」と悲鳴を上げていた。
「皆様、結城駆くんは、理不尽にも入院させられてしまいました。こんな非情な入院が、今もどこかで行われています。本人の意思とは関係なく、しかも、『注射を打つ』と脅して入院させる。こんなことがまかり通って良い訳がありません
「これから、私たちはこの世の地獄、精神病院の入院病棟に潜入取材します。もし、難しいようでしたら、ここで退出していただいても構いません。この診察室でのリタイア扉は、先ほど院長が出ていった扉となります。では、皆様の心の準備ができましたら、この扉を開けますね」
 紗良がこう説明すると、20人のうち3人の親子がリタイア扉に向かって行った。小学生と思しき子ども2人が「暗いよぉ〜怖いよぉ〜」とワーワー泣いていた。
「では、病棟に向かいます。普通の病院とは全然違うので、覚悟してください」
 紗良は力強くそう言うと、ドアノブをギュッとつかみ、地獄への入口をバッと開いた。日和以外の来場客は皆、恐怖が顔に貼り付いていた。

 

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