魔急精神病院〜カケル〜 第7話
駆の言葉に3人の男たちは、互いに顔を見合わせながら数秒間沈黙した。しかし、不動が「はぁ〜…」と溜め息をついた後、このような話を始めた。
今から1ヶ月前、当時の204号室には首藤宗則(しゅとうむねのり)という秋原と同い年の男が入院していた。前々から脱出を計画していた204号室の面々だったが、首藤は一刻も早い脱出を切望していた。なぜなら、彼の妻の出産予定日まで1ヶ月を切っていたからである。
しかし、精神病院からの脱出は容易ではない。それに加えて、魔急精神病院は周りを深い森に囲まれていることから、脱出の難易度が飛躍的に高くなる。
それでも、彼は生まれてくる新たな命に早く会いたいがために、他のメンバーの制止を振り切り、1人で脱出することにした。そして、ある日の真夜中、彼は病院を抜け出した。しかし、常に高電圧が流れている塀の有刺鉄線に阻まれ、呆気なく彼の逃走劇は幕を下ろしたのだった。
「その日以来、我々は一度たりとも宗(むね)くんを見ていない。保護室に入れられたとか身体拘束されているとか色々噂はあるが、僕は…もう彼の命はな…」
「そんなこと言わないで下さい!」
駆は大声で不動の話を遮った。不動は目を丸くした。
「まだ死んだって決まったわけじゃないです!もし、脱出する際に首藤さんを見かけたら、一緒に連れていきましょうよ!」
駆は不動を力強い瞳で見つめた。不動はしばらく考えた後、「分かった」と頷いた。
「それでは、君たちに後で実行する脱出計画を話そう。まず、自由時間までは普段通りに過ごしてくれ。その後は入浴時間になるが、僕と衛くん、結城くんの3人は、入口からの一番奥、大浴場の隅にあるシャワースペースに集まるよ」
不動はペンで、パンフレットにある浴室の図の左端を丸で囲った。
「その際、必ずタオルで着替えを包むように。靴とウインドブレーカーは…」
「私たちが持ちます」
紗良が手を上げた。4人の男たちはキョトンとした。
「でも、そしたら、俺らの脱出に加担することになるぞ?会社から怒られないか?」
木野が不安げに尋ねた。
「いいんです。最近になってようやく、我が社も精神医療の実態を直視するようになりました。白石をこの病院に派遣したのも、『精神医療に賛同する記事はもう書かない』という当社の意思表示です。そして、私も白石と同じく、精神医療に懐疑的な立場です
「今回、この病院でまだ10代の結城くんが強引に入院させられているのを目の当たりにし、結城くんと皆様を助けたいと思いました。是非、私もこの計画に入れてください!勿論、危険は承知です」
紗良は4人に深々と頭を下げていた。そんな紗良を見た不動は、左手で頭を押さえながらこう言った。
「…分かりました。そこまで言うなら、靴とウインドブレーカーは貴方にお願いしましょう。この病院は人里離れた山の中にあり、靴とウインドブレーカーがなければ脱出できません。貴方の役割は責任重大です。覚悟はできていますか?」
不動は紗良の顔をじっと見つめた。
「はい、勿論です。あの、私たちは車でここに来ていますが、もう1台車を呼びましょうか?軽装での山下りは危険かと…」
紗良が尋ねた。
「えっ?良いのか?精神病院で登山家と同じ装備をすべて用意するのは無理だし、危険は承知の上だったからなぁ。でも先生、渡りに船ですよ!車、用意してもらいましょうよ」
木野は嬉しそうな顔で不動の方を向いた。不動は少し考えた後、こう言った。
「貴方がたの車は、病院の敷地内に停めてないですよね?」
すると、紗良は頭を横に振りながらこう答えた。
「患者さんのご親族を優先させるため、私たちの車は、病院から少し離れた山小屋の駐車場に停めさせてもらいました」
「それなら、大丈夫ですね!車の手配、お願いしてもよろしいでしょうか?」
不動も安心した様子だった。紗良はスマホで短い通話をした後、来場客にこう尋ねた。
「週刊EXPOSEの皆様も勿論、協力してくださいますよね?」
すっかり5人の会話を聞き入っていた唯史たちは、豆鉄砲を食らったような顔をしながら、首を縦に振っていた。
「では、私は不動先生の靴とウインドブレーカーを持つので、他の3名の靴とウインドブレーカーをそれぞれ持ってくれる方はいらっしゃいますか?」
紗良がそう言うと、日和が一番に手を上げた。そんな日和の様子を見た唯史も仕方なく手を上げた。また、波の夫妻以外の来場客1人が、遠慮がちに手を上げていた。
「ご協力ありがとうございます」
紗良はそう言いながら、次々と3人の来場客に靴とウインドブレーカーを手渡していた。
「私は駆くんのかぁ」
日和はそう呟いていた。
「しかし、靴はともかく、よくウインドブレーカーを用意できましたね。あと、他に荷物はありませんか?」
紗良は不動にこう尋ねた。
「僕のもう1人の息子が協力してくれていますからね。あと、荷物は最低限のものだけにしているので、4人とも、スマホやハンカチといった持ち物しかありません。さぁ、計画の続きを話しますね
「3人が大浴場に集まったら、僕はここにある通気口のカバーを外します。実は、衛くんが何ヶ月もかけてネジを弛ませ、すぐに外せる状態にしました
「その間、監視係の看護師から僕を隠すように、駆くんと衛くんは僕の前で風呂椅子に座ってて。3人の中で一番体の小さい僕がカバーを外す。くれぐれも不自然にならないよう、桶でフェイスタオルでも洗ってて」
「分かりました」
駆と木野が頷いた。
「純くんは監視係の目を引いて。僕と駆くんが通気口に入ったら、衛くんがフェイスタオルを持ち上げる仕草をする。そしたら、純くんも通気口から脱出してくれ」
「承知しました」
秋原は敬礼のポーズをしながら言った。
「でも、秋原さんが危なくないっすか?」
駆は心配そうに不動に尋ねた。
「確かに殿は危険が伴う。しかし、彼は役者兼芸人だ。演技と話術に長けている。本人も了承している」
不動がこう言った。
「秋原さんって芸能人だったんすね!」
駆は驚いた様子で秋原を見つめた。
「まだまだワタクシは有名じゃないから、知らなかったのでしょうね。悲しい…」
秋原は大袈裟に嘆いていた。
「雑談は脱出した後にしよう。浴室を脱出したら、ダクトを通って霊安室に向かってくれ。霊安室の通気口も木野くんが外してくれた。霊安室には遺体を運び出すためのドアがあり、そのドアの鍵は木野くんにかかれば簡単に外せる」
「木野さん、スゲェ!」
駆は尊敬の眼差しを木野に向けた。
「何でこんなに有能な俺がリストラされたんだろうな?」
木野はまんざらでもなさそうだった。
「はいはい、お二人さん、昼食まで時間がないですよ〜
「霊安室から外に出たら、当然、塀に阻まれる。ただ、霊安室から出てすぐの場所に、遺体を搬出するための裏門がある。裏門の柵も木野くんの手にかかれば解錠できるそうだから、裏門を通って先ほどの山小屋に行き、そこで車に乗り込む。これが脱出計画だ。駆くんと記者の皆様、何か質問はありますか?」
不動は紗良と来場客の方を向いた。
「あの、私たちは何時に霊安室に行けばよろしいでしょうか?」
紗良が不動に尋ねた。
「開放病棟の入院患者の入浴時間が17時から18時なので、18時過ぎに来て下さい」
不動がこう答えた。
「あまり長い時間、霊安室にいたくないなぁ…」
唯史は小さい声でぼやいていた。
「ファイト」
日和は囁き声で唯史を鼓舞していた。
「あとは大丈夫ですか?…間もなく、昼食の時間です。絶対に脱出を成功させ、生きてこの悪徳病院を出ましょう」
不動は力を込めて言った。3人の男たちと紗良は力強く頷いた。
