魔急精神病院〜カケル〜 第12話
木野の叫び声を聞き、唯史は「ハッ」と急に意識が戻った。その瞬間、横島が咆哮しながら、不動の首を左手で鷲掴みにした。不動は息苦しさに顔を歪めながら、8人にこのような言葉を投げかけた。
「君たちは…逃げるんだ!頼む!生きてくれえぇ〜!!」
不動の魂の叫びに、8人はむせび泣きながら門に向かった。そして、一斉に深い闇の中に逃げて行った。
「わあああ〜っ!!」
「不動せんせ〜い!!」
8人の叫び声が暗い山中で木霊していた。そんな彼らの背後でスタンガンの「ビリビリッ!」という放電音と、不動の「うぅっ!」という呻き声が聞こえた。
「先生、先生、グス…」
紗良と駆は森の中を走りながら、こう呟いていた。来場客たちも皆、恐怖と悲しみの涙を流しながら、3人を追いかけていた。しかし、そんな8人の逃走者はすぐに窮地に追いやられてしまうのだった。
「逃がすかぁ〜!!」
不動を確保した横島たちが、8人の後ろに迫っていた。横島と一緒にいた警備員の1人は気絶した不動を病棟に運んでおり、追手は横島ともう一人の警備員の計2人となった。しかし、8人は誰も武器を持っていないため、武器と高い身体能力を持つ2人に敵うわけがなかった。そのため、8人は肉食動物から逃げる草食動物のように、ただひたすらに走るしかなかった。
「ヤバッ!このままだと追いつかれるぞ!荒井さん、山小屋まであとどれくらいだ?」
木野は走りながら紗良に尋ねた。
「あと…5分くらいです」
紗良は息を切らしながら答えた。
「クソッ!あいつら、めちゃくちゃ足速いなぁ。多分、全員捕まるな…よし!駆、荒井さんたちと逃げろ!」
そう言うと、木野はウインドブレーカーを脱ぎ出した。
「ま、まさか!あなたまで?」
紗良は木野のやらんとしていることを止めようとしていた。
「木野さん、俺が止めます!だって、木野さんはダクトも門も開けてくれました。俺は何もしていません!」
駆も木野を制止した。
「いや、お前はあんな精神病院にいてはいけない。俺は家族から見離され、仕事もないが、駆には家族も未来もある。そして、記者さんには、あの悪徳病院のことを世間に公表する使命がある。俺が横島たちを止めるから、その間に逃げてくれ!」
木野はそう言うと、紗良たちとは逆の方向に向かって走り出した。
「振り向くな!走れ!駆、将来の夢、叶えてな!立派なサッカー選手になれよ~!!」
木野は駆たちの方を振り向くことなく、右手を高々と掲げ、親指を立てる仕草をした。それを見た駆は慟哭し、涙と鼻水を流していたが、木野の意思を無碍にしないよう、足を止めることはしなかった。
程なくして、木野は横島たちの前に立つと、先ほど脱いだウインドブレーカーで警備員を目眩ましし、彼から警棒を奪おうとした。しかし、横島が忍者の如く俊敏な動きで木野の背後に回ると、彼のうなじにスタンガンを押し当てた。木野が「ぐわぁ!」と雄叫びを上げて草木の中に倒れると、すかさず警備員が彼を捕縛してしまった。
「余計な真似を!まぁいい。あとは俺一人で奴らを全員捕まえるから、お前はこの木偶の坊を運べ」
横島が警備員にこう指示すると、彼から警棒を受け取った。横島は左手に警棒を持つと、再び紗良たちを追いかけ始めた。
一方、紗良たちの目線の先には、希望の灯りが見えていた。
「皆様、山小屋が見えてきました!あと少しです!」
7人は皆、緊張が解れていくのを感じ取っていた。しかし、死神の足音がまたしても聞こえてきた。
「結城!あとは貴様だけだ!記者たちも逃さん!!」
横島がこう叫びながら、スタンガンと警棒をかざして紗良たちに向かってきた。これを見た唯史はまたもや気絶しかけていたが、7人とも最後の力を振り絞って、蜘蛛の糸をよじ登るような気持ちで、足を懸命に動かした。
「いやあああ~~、怖すぎる〜〜〜!!」
日和はお化け屋敷や心霊スポットで上げたことのないような悲鳴を上げていた。
そして、山小屋まであと数歩の所まで近づいた時、悲劇に見舞われた。なんと、紗良が横島に左腕を掴まれてしまったのだ。紗良は「ぎゃあああ〜!!」と金切り声を上げながら、横島の手を振り解こうと彼の腕に右手の爪を立てようとした。しかし、横島が紗良の右腕もガッチリ掴むと、自分の左手で彼女の両手首を後ろ手に拘束し、右手で彼女の首にスタンガンを向けた。
駆たちは助けようとするものの、横島があまりにも手早く紗良を拘束したため、隙を突くことが出来なかった。沢山の人間を拘束し虐げてきた横島の身体能力と残虐性を、この一瞬の出来事が物語っていた。
「無駄な抵抗はよせ!伊達に何年も精神病院の看護師をやってないぜ」
横島は拘束から逃げようと藻掻く紗良を、嘲るように見つめていた。駆たちは何もできない自分たちを内心責めていた。
「さぁ、この女に痛い思いをさせたくなければ、俺の言うことに大人しく従うんだな!」
そう言うと、横島は不気味な笑顔を見せた。唯史はそれを見て、「その笑顔、怖いからやめてくれよ…チビリそうになるから」と思っていた。駆たちは、青ざめた顔で横島を上目遣いで見ながら頷く他なかった。
「意外と素直なんだな。じゃあ、お前ら全員、俺と一緒に病院に戻れ!今戻れば、不動と秋原、木野の命も含めて、全員の命だけは助けてやる」
横島はそう言うと、今度はスタンガンを駆の喉仏に向けた。駆は冷や汗が止め処なく溢れてくるのを感じていた。そんな中、紗良は山小屋の2階に人影を見つけていた。そして、紗良はこう言った。
「結城くん!今すぐ、記者の方々と一緒に山小屋に逃げて!秋原さんと不動先生、木野さんの犠牲を無駄にしないで!」
しかし、駆は首を横に振った。
「荒井さん、俺はもう皆を傷付けたくありません。患者じゃない荒井さんまで犠牲にしたくありません!」
駆はうなだれながら、涙声でこう言った。すると、横島が高笑いしながら、2人を小馬鹿にした。
「荒井さ〜ん、残念だったな!結城はもう逃げる気が失せたのだとよ!お前らの悪運はここで尽きたんだよ。さぁ、さっさと大人しく病院に戻れ!!」
横島からそう言われ、7人全員が病院に連れ戻される覚悟を決めたその時だった。突然、横島の目が何かを捉えたかと思うと、見る見るうちに彼の顔が青白く染まっていった。
