魔急精神病院〜ココロ〜 第3話
それから数日後の8月9日の土曜日の昼下がり、駆と眞子は最寄り駅から電車で3駅先にあるターミナル駅に移動した。駆の妹の愛(あい)は友だちと遊ぶ約束をしており、自宅を空けていた。
「こんな風にかっくんと2人で出かけるなんて、いつぶりかしらね〜?」
眞子は楽しそうにしていた。
「覚えてねぇな」
駆も恩人たちに会える喜びで上機嫌だった。
そして、紗良から指定された駅ビルに入っているお洒落なカフェに到着すると、2人は店員から個室に案内された。
「カフェで個室なんて、相当高級なカフェね」
眞子は周りを見渡しながら、こう呟いた。そして、2人がカフェの入口から一番奥にある個室に通されると、そこには見知った顔と見知らぬ顔が既にいた。
「駆くん、お母様、お久しぶりです」
個室には瀟洒で大きな丸テーブルがあり、その一番扉側の椅子から真っ先に立ち上がり、深々とお辞儀をしたのは紗良だった。紗良は長い黒髪をバッサリ切り、ダークブラウンのショートヘアに髪型が変わっていたが、それ以外は何も変わっていなかった。2人が紗良に丁寧にお辞儀をすると、その右隣に座っていた男性も立ち上がり、自己紹介をした。男性は20代後半くらいで、清潔感のあるヘアスタイルの黒髪にパッチリとした大きな目、力強い眉に色黒、身長は180cm以上あり、スラッとした体格で、マラソン選手を思わせる容姿だった。
「お二人ともお元気そうで何よりです。僕は荒井さんの後輩の鈴木輔(すずきたすく)です。覚えていらっしゃいますかね?」
鈴木はそう言いながら、2人と順々に握手した。眞子は鈴木と握手しながら、「若い時の元夫にソックリね。お酒さえなければ良い人だったのに…」と思っていた。
そんな鈴木の右隣には、若い男女2人が座っていた。その男女は…
「わぁ、俺と日和にそっくりだ!こんなこともあるんだな」
唯史は画面を見て、驚きつつも笑っていた。
「週刊EXPOSEの田中真人(たなかまさと)です。暑い中お越しいただき、ありがとうございます」
唯史似の男性が会釈をしながら言った。
「同じく、週刊EXPOSEの佐藤千夏(さとうちなつ)です」
日和似の女性が笑顔で自己紹介した。
「この2人が魔急精神病院での来場客にあたるんだな」
唯史はビールを飲みながら、こう呟いた。
そして、紗良の対面側には、駆の知らない3人の男女が座っていた。1人は不動と同じくらいの年齢の老淑女で、白髪のショートヘアに若い時は美人であったことを覗わせるような整った容姿をしていた。
「貴方が結城駆さんなんですね!ご無事で良かった」
その淑女は目を潤ませながら、駆を見ていた。
「私は不動託司(ふどうたくし)の妻の奈美枝(なみえ)です。夫を…誇りに思います」
奈美枝の言葉に、駆の心は泣いていた。不動は駆や紗良たちを命がけで助けてくれた、精神医療の良心だった。
「不動実斗(みと)です。託司の息子です」
奈美枝の左隣にいた、40代前半くらいの前髪が少し後退した、不動によく似た丸顔に優しそうな目の男性が言った。すると、駆が目を丸くし、興奮気味にこう言った。
「俺たちにウインドブレーカーと靴を持ってきて下さった方ですね!本当に助かりました」
駆は実斗に深々と頭を下げた。
「いえいえ、大したことはしていません。父のことは残念ですが、駆さんが無事で本当に良かったです」
実斗は頭と右手を横に振っていた。
「はじめまして。私は首藤万智(しゅとうまち)です。首藤宗則(むねのり)の妻です」
奈美枝の右横に座っていた鈴木と同年代くらいの、栗色のミディアムヘアに丸い目をした小柄で痩せ型の女性が静かに言った。
「夫を亡き者にした精神医療も、夫を精神疾患にした夫の勤務先も許せませんが、ここにいる皆様は、信頼できる心からの仲間だと思っています」
万智は涙を目に溜めていた。その様子を見た駆も涙ぐんでいた。
自己紹介が一通り終わると、駆と眞子は紗良の左隣に座った。その直後、店員が個室に入ってきて、9人に水を配ると、注文を取り始めた。駆は慌ててコーラを頼んだ。
店員が退出すると、紗良はバッグからノートパソコンを取り出し、「カタカタ」と操作した。すると、パソコンはオンラインミーティングの画面に変遷し、そこには紗良たちのいる個室の他に、アパートの一室にいる2人の男性が映し出されていた。1人は不動よりも年上と思しき高齢男性で、卵のような頭に白く短い口髭と顎髭を生やし、仙人のように細い目をしていた。もう1人は紗良や鈴木とあまり年の変わらず、黒いマッシュルームヘアにキリッとした切れ長の目、その左目の下には涙ボクロがあり、筋の通った高い鼻が特徴的な男性だった。彼らは紗良たちを見ると、こう言った。
「荒井さんに皆様、お疲れ様です。わしは仙石寛治(せんごくかんじ)。魔急精神病院の清掃員です」
高齢の男性がこう自己紹介をした。
「魔急精神病院の精神科医、東方洋祐(あずまかたようすけ)と申します」
東方が「精神科医」と名乗った瞬間、駆たちに緊張が走った。東方はそれを察したのか、こう付け加えた。
「精神科医と言っても、私は減断薬以外で、一回も患者さんに向精神薬を処方したことはありませんよ。不動先生から教えを受け、東洋医学に基づく治療やカウンセリング等を主に行ってきました。魔急精神病院には1ヶ月前に赴任しましたが、正直、病院内では爪弾き者です」
東方は眉に皺を寄せ、怒りと不満を滲ませていた。
「皆さん、あずまさんの話は本当です。彼は決して間違ったことをしていない。でも、そんな彼が邪険に扱われる。精神医療は本当に狂っていますよ
「ちなみに、今日は二人とも休日で、このオンライン会議は病院職員宿舎から参加しています。本当はそちらに赴きたかったのだが、場所が遠いのと、二人同時に外出すれば病院の奴らに怪しまれるかも知れないと思い、このような形での参加になりました。申し訳ない」
仙石は東方をフォローした。それを聞いた一同は安堵の表情を浮かべた。
「いえいえ。仙石さんの仰る通りです。東方先生のお立場、お察しします。早速ですが、本題に移りましょう」
紗良は真剣な面持ちでこう告げた。
