魔急精神病院〜カケル〜 第10話
霊安室は3、40畳ほどとかなり広く、入口から見て正面の壁には小さな祭壇が設置されており、その手前に1人の遺体が白い布を掛けられた状態で安置されていた。そして、その遺体を青ざめた様子で見ている不動がいた。
「不動先生!」
紗良は不動を見て、安心感と恐怖の入り混じった様子で声をかけた。
「ひぇ~…」
唯史は自分のカバンで顔を隠し、ガクガク震えながら辺りを見渡した。霊安室には、遺体以外にホルマリン漬けされた脳や骨格標本等、様々な人間の臓器や体のパーツが所狭しと置かれていた。そして、それらの標本を木野と駆が、唯史と同じように恐れおののきながら見ていた。
「今日もお一人犠牲になったか…あ、記者の皆さん!」
不動は遺体を見ながら肩を落としていたが、紗良たちに気づくと、険しい表情を少し緩ませた。
「ご無事で何より。ところで、ここには標本が沢山ありますが、これってまさか…?」
紗良は気味の悪い標本を見渡しながら、恐る恐る不動に尋ねた。
「…あぁ、患者たちのですね」
不動は怒りの炎を目に宿していた。それを聞いた日和以外の来場客は、恐怖で気絶しかけていた。
「ここの患者さんは身寄りのない人が殆どだし、家族がいても交流のない人もいらっしゃいます。だから、ここで亡くなっても誰にも知られません。患者さんたちは誰にも見送られることなくこの世から旅立ち、その遺体は…悪徳医師たちに都合の良いように使われるのでしょう」
不動はワナワナと震えていた。
「ひどすぎる!」
紗良も怒りに震えていた。
「ところで、秋原さんは?」
紗良は不動、木野、駆を順々に見ながら言った。3人は互いを見つめ、肩を落とした。
「あいつは…捕まった」
木野は目に涙を溜めながら、絞り出すように言った。紗良と来場客たちは目を見開き、息を呑んだ。
「計画通り、入浴時間に秋原は監視役の目をくらますため、監視役に色々と話しかけていた。その間に、不動先生が最初にダクトに入り、その次に駆が入った。しかし、俺がフェイスタオルを上げて合図を送っても、目配せしても、秋原は来なかった
「その時、秋原が浴場に入ってきた別の監視役に羽交い締めにされ、叫び声を上げた。俺は助けに入りたかったが、俺がいないと扉を解錠できないから、止むを得ず、秋原を置いてダクトに入った。ダクトの入口は勿論、閉じておいたが…」
木野は頭を抱えながら、こう説明した。紗良たちは呆然としていた。
「こんなひどい病院…絶対に許しません!」
紗良は般若のような顔をしていた。
「あと、残念ながら、宗くんも白石さんも安否が分かりませんでした。心苦しいですが、このまま脱出しましょう」
不動はそう言うと、おもむろに祭壇をずらした。すると、人が1人通れる位の小さな扉が現れた。紗良と来場客たちは皆驚いていた。
「あまり時間はありません。純くんが捕まった今、奴らが我々の脱走に気づくのは時間の問題です。早く外に行きましょう!開放病棟の病室や浴室、霊安室、裏門には監視カメラはありませんから、我々がここにいることは、まだバレてはいないはずです」
不動が全員にこう言った。勿論、誰一人首を横に振る者はいなかった。
そして、紗良と日和、唯史が預かっていたウインドブレーカーと靴を3人に渡すと、3人は手早くそれらを服の上から身に着けた。また、秋原の分は駆が持つことになった。それから、木野はズボンのポケットからコンパクトな工具セットを取り出すと、慣れた手つきでドアを解錠した。
「大工時代に鍵師の資格を取って良かったぜ」
木野は得意気に言った。
「さぁ、みんな早く!」
木野は全員に脱出を促した。気がつくと、20人いた来場客は5人になっていた。唯史は内心、「これでようやくお終いだ!」と安心しきっていた。しかし、わずか数分後に、このお化け屋敷最大の恐怖が襲い掛かってくることを、唯史は知らなかったのであった。
