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魔急精神病院〜カケル〜 第11話

 ドアから外に出ると、日が沈み、辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。そして、数多の患者の脱走を阻んできた物々しい外壁が、紗良たち9人の前に不気味にそびえ立っていた。
「あちらにあるのが裏門です。急ぎましょう!」
 不動は全員を門の前に誘導した。門の所だけは小さな電灯にぼんやりと照らされていた。
「衛くん、この門はどれくらいで開けられる?」
 不動は木野にこう尋ねた。木野は門をじっくり見ながらこう答えた。
「数分は必要ですね。霊安室のドアのようにはいかないです。ちなみに、荒井さんは門の鍵は持ってないよな?」
 木野は紗良を見た。
「ごめんなさい。私は持っていません」
 紗良は申し訳なさそうに言った。
「記者とはいえ、さすがに部外者に門の鍵を渡すわけないよな。分かった。少し時間をくれ」
 そう言うと、木野は再び工具を取り出し、作業を始めた。
「頼んだよ、衛くん」
 不動がこう言ったその時だった。
「こんばんは、記者の皆様」
 不動の背後から突然、恐ろしくドスの利いた声が聞こえてきた。皆が心臓が口から飛び出さんばかりに驚き、金切り声を上げた。そこには、看護師の横島と警棒を持った2人の男性警備員が仁王立ちで、獲物を見るような目で8人の逃走者たちを見ていた。彼らとの距離は5mほどしかなく、全員が逃げ切るのは到底不可能だった。
「皆で衛くんを隠すんだ」
 不動は7人に小声でこう指示した。7人は一斉に木野を取り囲むように立った。来場客は恐怖と驚きで、ホラーに強い日和までもが脚をプルプル震わせていた。
「こんな所で何をされているんですか?あと、何故、不動先生と坊やがここにいらっしゃるんですか?」
 横島は貼り付けたような笑顔を見せながらも、スタンガンを構えていた。作業中の木野以外の8人は、横島の狂気に震えていた。それでも、不動は平静を保ち、こう答えた。
「あぁ、ちょっと夜の空気を吸いたくて、勝手に出てしまいました。ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。記者の方々は私たちについて来て下さっただけです」
 不動は内心穏やかではない様子で横島を見つめ、横目で木野を見ていた。他の7人は冷や汗をかきながら、早く門が開くよう切に願っていた。
「ふぅーん、夜風に当たりにねぇ…って、そんな虚言に騙されるかっ!!お前ら、脱走するつもりだったろ!?」
 横島は丁寧な口調をかなぐり捨て、鬼のような形相になった。それを見た来場客は「ひぃ〜!」と悲鳴を上げた。日和までもがカタカタ震え、唯史は恐怖のあまり泣いていた。不動は「これ以上は誤魔化せないな」と内心観念し、このように言い出した。
「はい、申し訳ありません。脱出を企てたのは事実です。ただ、記者の方々は脱走には関係ありませんし、駆くんは半ば無理矢理連れてきたようなものです。私がすべて悪いのです。罰するなら、私だけを罰してください!」
 それを聞いた紗良はひどく動揺していた。
「先生!そんな…これは私たち全員で…」
「荒井さん!!」
 紗良の言葉を不動が遮った。そして、不動は横島たちに聞こえぬよう、紗良たちに小声でこう指示した。
「衛くんが鍵を開けるまで、僕はなるべく時間を稼ぎます。鍵が開いたら、僕が横島の前に立って目をくらませるから、その間に皆さんは逃げてください」
「えっ、でも、そしたら先生は?」
 駆は涙目になりながら、小声で尋ねた。
「そんな…駄目です。先生のように本当の意味で患者さんを回復に導ける精神科医が、この国には必要です。ここに閉じ込められるべき方ではありません。一緒に逃げてください」
 紗良は大粒の涙を流しながらこう言った。それを見た来場客たちも、恐怖ではなく悲しみの涙を流していた。
「いや、僕はもう72歳。老い先短いです。横島たちから逃げられる脚力はありません。でも、君たちはまだ若い。ここで一生を終えてはいけないんだ
「駆くん、ここを出たらお母様と妹さんの所に行きなさい。君が入院した後、お母様は妹さんを連れて家を出たそうだ」
 駆は泣きながら頷いた。
「荒井さんと記者の皆様、絶対にこの病院の実態を記事にしてください。これ以上、犠牲者を増やさないためにも」
 不動の言葉に紗良たちは深く頷いた。
「何をごちゃごちゃ言ってんだ、クソジジイども!!」
 横島が怒声を上げた。8人は全身の毛が逆立つのを感じた。
「あの、私は抵抗しませんから、手荒なことは無しにしましょう。病棟に戻って罰を受けますから、その前に一つ質問してもよろしいでしょうか?」
 不動は冷静かつ丁寧に横島に尋ねた。横島は少し考えた後、ぶっきらぼうにこう言った。
「フンッ、まぁいいか。どうせ、お前ら全員ここから出さないし、良いだろう。答えてやる」
 横島はスタンガンを下ろした。日和以外の来場客は、横島の恐ろしい発言に半ば気絶していた。不動は静かに息を吸うと、こう質問した。
「首藤くんと白石さん、秋原くんの安否を教えていただけますか?」
 不動は震えながらも、横島を真っ直ぐな目で見つめた。すると、横島は軽蔑するような視線を不動たちに浴びせながら、こう答えた。
「秋原はお前らの逃亡についてなかなか口を割らなかったから、筋肉注射して、電気けいれん療法で頭に少し電気を流したよ。もう以前のような下らないお喋りは出来なくなったが、大人しくなって良かった」
 秋原の辿った悲惨な末路と、そんな彼を小馬鹿にする横島の発言を聞いた瞬間、駆が「てめえ!」と怒声を上げ、横島に詰め寄りそうになった。そんな駆を紗良が首を横に振りながら、宥めていた。不動は怒りで肩を震わせながらも、顔に感情を出さないように努めていた。
「首藤は閉鎖病棟に移ってからも、度々脱走を試みていた。そんな奴に白石が接触し、今度は白石の手を借りて脱走しようとしたが、他の患者から裏切られ、また失敗に終わった。俺らは、何度も脱走しようとする首藤も、この病院の実態を公にすると言い張る白石も野放しに出来ないと思ったから、奴らの…息の根を止めてやったよ」
 そう言うと、横島は邪悪な笑みを浮かべた。その悪魔の笑顔は、8人を震え上がらせるには十分だった。そして、不動は過酷な環境下で支え合った大切な仲間の、紗良は愛する婚約者の凶報に血の涙を流していた。そんな8人に向かって、横島は追い打ちをかけるようにこんな言葉を浴びせた。
「あ、そうそう。霊安室にあった脳の標本は…首藤のものだ。あと、骨格標本は白石のだ。それ以外の臓器も、勿論有効活用したよ。素晴らしい検体だったぜ」
 その瞬間、来場客は悲鳴を上げ、唯史は遂に気を失ってしまった。そんな唯史を日和が支え、何とか意識を呼び戻そうと躍起になっていた。紗良は青ざめながら口を両手で覆い、不動は膝から崩れ落ち、駆は唖然としていた。
「…なんてことを!あんたたち、それでも医療従事者なの!?ひ…人殺し!絶対に…あんたらを訴えてやる!!」
 紗良はガクガク震えながらも、ありったけの勇気を振り絞り、こう叫んだ。紗良のそんな命を削るような訴えを、横島は嘲るような高笑いで応えた。そんな悪魔のような彼の行動に、気絶している唯史以外の7人は、蛇に睨まれた蛙のようになっていた。
「人殺しだと?ふざけるな!俺らだって、頭のおかしい患者から毎日のように暴行を受けてるの。医療従事者側でも死者が出てる。これは正当防衛であり、職務を遂行しているだけなんだよ!」
 横島は歪んだ正義感を雄弁に語った。もはや、横島は人間としての理性や良心を失くしていた。8人は、彼の醸し出す闇に呑み込まれそうになっていた。しかし、ここで不動がヨロヨロと立ち上がり、勇気を振り絞った。
「それは違うよ、横島さん。患者さんの人格や病気が、彼らを凶暴にしているわけではない。攻撃性を助長する副作用のある向精神薬の多剤大量処方が原因だ。つまり、君たち自身が患者さんを獣にしているんだ。身から出た錆、自分たちの蒔いた種じゃないか」
 不動は冷静に横島を諭した。そんな不動の発言に、横島は顔を真っ赤にし、激昂した。
「うるせぇ!クソジジイ、覚悟しろ!!」
 横島は怪物のようにこう咆えながら、不動に飛び掛かろうとした。その時、8人の背後で門の鍵が開く音が聞こえた。
「皆、お待たせ。開いたよ…ってうわあああ!!」
 鍵開けを終えた木野は、横島たち3人と対峙する不動の姿に気づき、冷や汗をかきながら叫び声を上げた。
「(俺達が脱走したことが)遂にバレたか。しかも、横島…ヤバ過ぎるだろ。あいつは看護師の中でも群を抜いて凶暴で残酷だ。皆、早く逃げろぉ〜!!」
 


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