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魔急精神病院〜カケル〜 第8話

 その後、紗良と来場客は204号室を出て、先ほどの不気味な廊下と階段を下っていった。
「そういえば、ここはお化け屋敷なんだよな。荒井さんたちの会話に夢中で、忘れかけてたよ」
 唯史は小声で日和にぼやいていた。
 やがて、一行は食堂にたどり着いた。食堂は50人以上が一斉に食べられるだけの広さがあり、アメリカにかつてあったアルカトラズ刑務所の食堂ような殺伐とした雰囲気だった。また、食事内容も病院とは思えないほど酷く、牛乳パックにレタスのないコロッケパンとアンパン、くたびれたカップサラダという栄養素度外視で、手抜き感満載なメニューだった。
 そんな心が休まらない食堂で、ゾンビのような患者たちの人形が淡々と食事をしていた。不眠からか目を血走らせている者、体が小刻みに震えている者、ブツブツ独り言を言う者など、患者は皆、痛々しい様子だった。
「お前ら、ちんたら食うなぁ!」
 監視役の看護師の人形が数体、仁王立ちで腕を組みながら、患者たちに容赦なく罵声を浴びせていた。
 また、食堂の出入口付近では、食べ終わった患者たちが紙コップを手に持ち、一列に並んでいた。その行列の先には、看護師の人形が患者の人形の口をこじ開け、クスリを飲んでいるかの確認をしていた。
「このように、患者さんたちは向精神薬を強制的に飲まされています。本来なら、患者さんにクスリを服用するよう強制することはできませんが、精神病院では、クスリを拒むことはまずできません。ヒドイ話です」
 紗良は眉間に皺を寄せながら説明した。それから、一行は食堂の横にある大浴場に入った。大浴場は20人が一斉に入浴できるほどの広さがあり、脱衣場は温泉施設のような雰囲気だった。脱衣場の着替えを入れる棚の白いペンキが所々剥げており、至る所にカビが生えていた。また、大浴場と脱衣場の間には、曇り止め加工のされた透明な強化ガラスでできた壁と扉があり、脱衣場から大浴場が全部見渡せるようになっていた。
 そして、大浴場はグレーの天井に壁、黒いタイル床に、3m四方の白い浴槽があった。どの箇所もカビだらけで汚く、20本あるシャワーの横に設置された浴室鏡は皆、鱗だらけだった。また、先ほど不動の言っていた通り、浴場の入口から見て左奥、床から50cmほどの高さに通気口があった。通気口は大人1人が屈めば十分に通れる大きさではあったが、その通気口は頑丈な網カバーが被せられており、素人が簡単に外せるものではないことは明らかだった。
「こんなに汚い浴室…体がキレイになりませんね。この浴室だけで記事が書けますよ」
 紗良は首を横に振りながら、眉をひそめていた。
「今、ここには私たち以外誰もおらず、監視カメラも無さそうなので、私の婚約者の白石のことと、これから行く閉鎖病棟についてお話しします。不動先生たちと落ち合う霊安室は閉鎖病棟にあるので、閉鎖病棟は避けて通れません」
 紗良は真剣な面持ちで来場客を見つめていた。
「白石は勇敢な記者です。彼は元々、ある総合病院の近くにある調剤薬局で6年間、薬剤師として勤務していました。しかし、精神科での殺人的な多剤大量処方に疑問を抱くようになり、精神科医たちに諫言したところ、彼らから半強制的に薬局を追い出されてしまいました
「その後、横浜湘南新聞の医療福祉介護部に記者として転職した白石は、精神病院を中心に、様々な病院での事件や事故について記事を書いてきました。そして、1週間前に魔急精神病院に取材に訪れました。しかし、取材に向かった日以降、一切の音沙汰がなく、警察に捜索願を出しましたが、一向に進展はありません
「そこで、白石に何が起こったのか、または魔急精神病院の実態を調べるべく、私がここに派遣されました。ただ、正直私は…白石は最悪な末路を辿ったのだと覚悟しています。ただ、1人のジャーナリストとして、彼に何が起きたのかは知りたいと思っています」
 紗良は悲しそうな表情を見せながら、来場客にこう話した。来場客は皆、心配そうな表情で紗良を見つめていた。気がつけば、最初は20人いた来場客が半分に減っていた。
「それから、閉鎖病棟につきましては、開放病棟よりも重症な患者さんが入院されています。開放病棟もですが、度重なる向精神薬の服用や抑圧された環境により、患者さんはより困難な状況に置かれていると言わざるを得ません。数多ある精神病院の中でも極めて劣悪な魔急精神病院の閉鎖病棟は、特にひどい状況であることが予想されます。直視できないような光景が広がっていたとしても、これが現実に起こっていることだと認識し、取材に臨まれて下さい」
 紗良は来場客一人ひとりを真剣な眼差しで見ながら、こう言った。
「約束の時間が迫ってきています。これから、閉鎖病棟に向かいましょう」
 そう言うと、紗良は来場客とともに大浴場を出て、閉鎖病棟に繋がる廊下を通り抜けると、開放病棟への扉よりもさらに頑丈な扉をカードキーで開いた。

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