見出し画像

いじめを忘れられない大人の夢。復讐じゃなく、ただ『間違ってた』と言ってほしい

高校生の頃、いじめられていた。
意味もなく暴力を振るわれる。
廊下で呼び止められ嘲笑される。
不名誉なあだ名をつけられる。

当時の私は、それを「いじめ」だと認めたくなくて、
「仲間だけど地位が低い存在」
「いじられキャラ」だと無理やり思い込んでいた。

でも今なら冷静に言える。
あれはいじめだった。

その影は長く尾を引いた。
集団が怖い。
自己肯定感が低い。
常に無表情。
大学時代はバイトもせず、サークルにも入らず、何度もトイレでご飯を食べた。

いじめた側は理解しているだろうか?
いじめた方は大人に叱られて終わりだ。
しかし、やられた側には「いつまたいじめられるか」という恐怖が残り続ける。
それを避けようとする行動が、人生を歪めてしまう。

いま、私は幸せだ。
共に生きていくのに相応しい妻と、
たまに学校が怖くなるが最高に優しい娘。
そして私を家族と認めてくれる親戚がいる。

結婚生活は穏やかで豊かで、幸せすぎて、しばらく「いじめられていたこと」を忘れていたくらいだ。
多分、自分で記憶に蓋をしていたのだろう。

けれど、ある日ふとしたことで蓋は外れた。
妻と娘と進学先について話し合っていたときのこと。
「偏差値が高い学校に嫌な奴はいない」という私の持論に、二人が「そんなことはない」と強く反論した。
どうしても譲れず、口論になった。

なぜ私はそこまでこだわるのか。
その瞬間、思い出してしまった。
県内一の公立高校で、私はいじめられていたことを。

気づけば、涙があふれていた。
幸せな日常のただ中で、あの頃の自分が突然顔を出したのだ。

今日、夢を見た。
トイレに入った私を、当時のいじめっ子が追いかけて、ドアを開けて揶揄う。
私はステンレスの水筒を振り翳し、相手の頭に振り下ろす。
倒れた顔を何度も殴打しながら、「俺は弱くなんかない」と叫んでいた。
殴るたびに高揚感が走った。

しかし、目が覚めるとその高揚感は消えていた。
「違う。自分はそういうことをしたいわけじゃない」
胸に残ったのはその気持ちだった。

忘れたくない。忘れてほしくない。
でも復讐したいわけじゃない。

私は同窓会に行ったことがない。まだ彼らが怖いから。
もしどこかで会っても、謝ってほしくはない。
きっと許せないから。

「昔のことだから」と言われたくない。
惨めに生きた日々は、消えないから。

ただ、初対面の人に接するように。
ビジネス上の相手に接するように。
失礼にならない距離感を探りながら、私と向き合ってほしい。

そして、いつか。
私の緊張が溶けたときに。
許しを期待せず、ただ一言、
「間違ってた」と言ってほしい。

#いじめ
#記憶
#夢
#家族
#幸せ
#自己肯定感
#心の傷
#エッセイ

いいなと思ったら応援しよう!