説得という名の強要‐取調べで行われていることの実態
こんにちは、弁護士の髙野です。
皆さんは「説得」と聞いて、どのような場面を思い浮かべるでしょうか。友人との話し合い、家族との相談、あるいは仕事での交渉でしょうか。いずれの場面でも、相手の話を聞き、自分の意見を述べ、お互いが納得できる結論を目指す。嫌になれば席を立つこともできる。そのような対等なやり取りを想像されるのではないでしょうか。
ところが、日本の刑事手続には「説得」という言葉が全く異なる意味で使われている場面があります。それが被疑者に対する取調べです。結論として、身体拘束下の密室で黙秘している人に話すよう働きかけ続けることは、日常的な意味での対等な説得とはまったく違います。今回は、取調べにおける「説得」と「供述の強要」を分けることなどできないという問題についてお話しします。
裁判所が認めてきた「説得」という概念
これまで日本の裁判所は、取調べにおける「説得」と「供述の強要」は区別できるものと考えてきました。黙秘をしている被疑者に対し、供述をするように強要することは許されないが、説得をすることは出来る、というのです。黙秘権を侵害する違法な言動と、被疑者に供述するよう働きかける「説得」は区別できることを前提としています。
しかし、この区別は本当に可能なのでしょうか。私は弁護士として数多くの取調べの実態を見てきましたが、この区別が成り立つとはとても思えません。
日常の「説得」とは全く異なる状況
日常生活での説得を考えてみましょう。あなたが誰かに何かを説得されている場面を想像してください。嫌になったら「もう聞きたくない」と言って立ち去ることができます。相手の言葉を聞きたくなければ耳を塞ぐこともできます。そもそも、説得する側とされる側は対等な立場にあります。
一方、取調べはどうでしょうか。被疑者は逮捕・勾留され、身体の自由を奪われています。手錠をかけられた状態で取調室という密室に連れて行かれます。椅子に座ると目の前には警察官や検察官が座っています。検察官は自分を起訴するかどうかを決める人です。その人が、黙秘権を行使している被疑者に対して、なぜ話さないのかと問いかける。証拠があるのだから話した方が有利だと告げる。家族のことを思えば黙秘などしている場合ではないと諭す。真相を究明するために協力してくれと頼まれる。そして、もう聞きたくないと思っても、自由に席から立つことも出来ない。
これらは真の意味での「説得」でしょうか、それとも「強要」でしょうか。
身体拘束という圧倒的に不利な状況に置かれた人間に対して、閉鎖的な空間で、逃げることも拒否することもできない状態で行われる働きかけは、その内容がいかに穏やかな言葉であっても、対等な「説得」ではなく、構造的に強制力を持つことは避けられないです。
「耐え忍ぶ」こと自体が強制の証拠
もし黙秘をしている人に対して「説得」することが許されるとなれば、うえのような場面が長時間、何日にも渡って続くのです。黙秘権を行使する場合には、その状況に耐えなければなりません。これは果たして権利が保障されている状態と言えるのでしょうか。
私が依頼者から取調べの様子を聞くたびに感じることがあります。黙秘を続けることがどれほど大変なことか。家族のことを持ち出され、将来の不安を煽られ、人格を否定するような言葉を浴びせられる。それでも黙秘を貫くためには、相当な精神力が必要なのです。
しかし、考えてみてください。日本国憲法第38条で保障された権利を行使するために、なぜこれほどの精神的苦痛に耐えなければならないのでしょうか。権利を行使するために「耐え忍ぶ」必要があること自体が、その権利が実質的に保障されていない証拠ではないでしょうか。
録音録画がなかった時代の幻想
裁判所が「説得」と「強要」を区別できると考えてきた背景には、取調べの録音録画制度がなかったことが関係しているように思います。裁判官は取調べの実態を直接目にすることができず、取調べが完全なインタビューであるという幻想を持っていたのではないでしょうか。
現在は取調べの録音録画が行われるようになりました。それを見れば、黙秘している人に対する取調べがいかに過酷なものであるかがわかります。「説得」という穏やかな言葉とはまったく一致しない光景がそこにはあるのです。
黙秘権が真に保障されるために
黙秘権を行使している被疑者に対して取調べを継続し、「説得」することを許すということは、必然的に「供述の強要」に繋がります。これは構造上避けられないのです。「説得」と「強要」を分けることができるという理解は、取調べの実態から目を背けた空論に過ぎません。
FAQ
取調べの「説得」とは何が問題なのですか?
身体拘束下で、逃げられない密室の中で行われる点が問題です。日常生活の説得と違い、被疑者は席を立つことも、会話を自由に終わらせることも困難です。
黙秘しているのに取調べを続けることは許されるのですか?
日本の実務では、黙秘しても取調べが続くことがあります。刑事訴訟法第198条第2項は供述拒否権の告知を定めていますが、黙秘したら直ちに取調べを終えるという明文規定はありません。
取調べで話すよう迫られたらどうすべきですか?
まず、話す義務はないという前提を確認して下さい。不安を感じる場合は、その場で無理に説明を続けず、弁護人との接見で対応方針を確認することが重要です。
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