黙秘権を形骸化させる取調べ受忍義務
黙秘権があるのに、なぜ取調べは終わらないのか
こんにちは、弁護士の髙野です。
日本では、憲法で黙秘権が保障されています。黙秘権があるなら、警察の取調べにも「もう話しません」と言えば、それで終わるのが自然です。しかし、現実はそうではありません。結論から言えば、日本では黙秘権があっても、身体拘束中の取調べそのものを当然に拒めるとは扱われていないため、権利行使に強い負担がかかります。
黙秘権とは何か
まず、黙秘権の土台にあるのは 日本国憲法です。
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
日本国憲法第38条1項
さらに、刑事訴訟法 第198条第2項 は、取調べにあたって、被疑者に対し、自己の意思に反して供述をする必要がないことを告げなければならないと定めています。
これだけ読むと「もう何も話しませんと言えば、それで十分ではないか。」と思うのが自然です。
ところが、実務はそう単純ではありません。
なぜ「黙秘できる」のに取調べは続くのか
問題は、刑事訴訟法第198条第1項ただし書き です。
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
刑事訴訟法第198条1項
この条文は、検察官や警察官らが必要なときには被疑者の出頭を求めて取調べをすることができる、と定めています。そして、ただし書で「逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる」としています。
ここで重要なのは、「逮捕又は勾留されている場合を除いては」と書かれていることです。
逆に言えば、身柄を拘束されている場合には席を立って帰れるわけではない、という発想がここから出てきてしまうのです。
これが、実務で長く語られている「取調べ受忍義務」の出発点です。
「受忍義務」があると、答えないといけないのか
ここは誤解されやすいところです。
受忍義務という言葉だけ聞くと、何を聞かれても答えなければならないように感じるかもしれませんが、そうではありません。
黙秘権は間違いなく存在します。話したくないことは話さなくてよい。これは大前提です。
では、何が問題なのか。
取調べ受忍義務があると考えると、取調べ室に連れて行かれ、質問され続ける状況それ自体は続いてしまうということです。ここに、日本の黙秘権のしんどさがあります。
黙秘権を行使するために「技術」が必要な現状
黙秘をしても取調べが終わらないということは何を意味するでしょう。
毎日のように取調室に連れて行かれ、警察官が話し続けることを拒否できないということです。そこでは、雑談のように話しかけてきたり、不安をあおるようなことを言ってきたり、時には脅されたりすることもあります。
しかし、取調べ受忍義務があると考えると、これは「説得」として許されるということになってしまうのです。
私が見てきた事件でも、最初の接見では「絶対に話しません」とはっきり言っていた方が、数日後には「ずっと沈黙していると、かえって悪く見られるのではないか」「家族に迷惑がかかるのではないか」と不安を強めていることがあります。
これは、その人の意志が弱いからではありません。
孤立した空間で、同じことを何度も聞かれ、反省や謝罪の言葉を促され、こちらの不安を言い当てるような言葉を投げかけられれば、多くの人は揺れてしまいます。人間として自然なことです。
海外と比べると、日本の特徴が見えてくる
この点は、海外と比べると日本の特徴がよく見えます。
アメリカでは、合衆国憲法修正第5条の自己負罪拒否特権に加えて、ミランダ判決以降、黙秘権と弁護人の援助を受ける権利の告知が極めて重要になりました。イギリスでも、弁護士の助言を求めた場合には、原則としてその助言を受けるまで取調べを進めてはならないという発想が強いです。ドイツでも、話さない権利と弁護人に相談する権利がかなり明確に結び付いています。
もちろん、海外にもそれぞれ別の問題はあります。
それでも、日本のように「黙秘はできるが、取調べ自体は続きうる」という構造は、一般の方が想像しているより独特です。
まとめ
黙秘権は、その存在を知っているだけでは十分ではありません。
現場でどう使うか、その技術まで理解してはじめて意味を持ちます。これは正しいこととは思えません。なぜ、保障された権利を行使するだけなのに、特別な技術が必要なのでしょうか。それで本当に「保障されている」と言えるのでしょうか。
FAQ
取調べ受忍義務とは何ですか?
身体拘束中の被疑者は、取調べのために取調室へ連れて行かれること自体を受け入れなければならない、という実務上の考え方です。刑事訴訟法第198条第1項ただし書から議論されます。
受忍義務があると、質問に答えなければならないのですか?
違います。日本国憲法第38条と刑事訴訟法第198条第2項により、自己の意思に反して供述する必要はありません。問題は、答えない権利があっても取調べが続き得る点です。
黙秘権を実際に使うには何が必要ですか?
早い段階で弁護人と方針を共有し、取調べで何を言われても崩れない準備をすることです。本来は権利行使に技術が必要な状態自体が問題ですが、現実には準備が結果を左右します。
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