「取調べ遮断効」の不在‐国際水準から取り残された日本の刑事司法
こんにちは、弁護士の髙野です。
私が黙秘に関してポストをしたところ、こんなリプライが付きました。
「限られた時間、強制的に捜査を受忍する義務はあると思う。」
「警察が説得を続けるのも当たり前。」
日本では、被疑者が「黙秘します」と宣言しても、取調べは続きます。警察官や検察官は、黙って座っている被疑者に対して、2時間でも3時間でも一方的に話しかけ続けることができるのです。これを日本の裁判官は「説得」と呼んで許しているのが現状です。日本国憲法第38条は不利益供述の強要を禁じ、刑事訴訟法第198条第2項も供述拒否権の告知を定めていますが、権利行使によって取調べが当然に終わる仕組みは明文では置かれていません。
しかし、これは世界的に見ると極めて異常なのです。
アメリカでは黙秘権を行使すれば取調べが終了する
アメリカの刑事手続において、1966年の「ミランダ判決」は画期的な転換点となりました。この判決で合衆国最高裁判所は、身体拘束下の取調べが「本来的に被疑者を孤立させ、供述を強制させるもの」であると明確に認めたのです。
この認識に基づき、アメリカでは被疑者が黙秘権を行使した後にも取調べが継続された場合、それは強制的に行われたものとして扱われます。取調べは中止されなければなりません。これを「取調べ中止効」と呼びます。権利を行使した以上、その権利が実効的に保障されなければならないという、至極当然の考え方です。
なぜ取調べが中止されることが必要なのでしょうか。
それは、身体拘束という極めて特殊な状況下では、たとえ暴力や脅迫がなくても、継続的に質問を浴びせかけること自体が供述の強制になりうるからです。閉鎖的な空間で、いつ終わるともわからない取調べを受け続けることの精神的負担は、経験した者でなければわからないほど過酷なものです。
韓国でも黙秘権の実効的保障が進んでいる
日本の法制度に影響を受けてきた韓国でも、近年は黙秘権の実効的な保障が大きく進んでいます。
韓国では、ミランダ判決に倣った詳細な権利告知が法律で義務付けられています。そこには取調べにおいて弁護人を立ち会わせることができる権利も含まれている。
そして、被疑者が取調べに弁護人を立ち会わせる権利を行使した場合、これを無視して取調べを継続しても、被疑者の供述(自白)は証拠として使うことが出来ないという判例が確立しています。そうなると、捜査機関には取調べを継続する意味がありません。無理に取調べを継続しても、裁判の資料とすることが出来ず、無駄だからです。事実上の「取調べ中止効」が生じているのです。
日本では「説得」と「強要」は区別できると考えられてきた
翻って日本ではどうでしょうか。日本の裁判所は長らく、黙秘権を侵害する違法な「供述の強要」と、被疑者に供述を促す「説得」は区別できるものと考えてきました。そして、身体拘束下であっても「説得」は許されるとしてきたのです。
しかし、この考え方には重大な問題があります。
私自身、多くの刑事事件を担当してきましたが、黙秘を続ける被疑者に対して行われる「説得」の実態は、その言葉本来の意味とはかけ離れたものです。とても説得とは呼べないものでした。「これだけ証拠があるのになぜ黙秘するんだ」「黙秘すると不利になるぞ」「家族が悲しんでいる」。このような言葉を、逃げ場のない密室で、何時間も浴びせ続けられるのです。時には怒鳴られながら。時には人格を否定する言葉と共にです。
黙秘している被疑者が、精神力や忍耐力によって必死に耐え忍んでいる状況を想像してください。これが「説得」であり、権利侵害ではないと本当に言えるのでしょうか。耐え忍ばなければならない時点で、すでに強制が始まっているのではないでしょうか。
なぜ日本は「区別できる」と考えてきたのか
日本でこのような考え方が維持されてきた背景には、裁判官からは取調べの実態が見えにくかったという事情があるように思います。
取調べの録音録画制度が導入されたのは、ごく最近のことです。かつては、取調室で何が行われているのか、裁判官が直接確認する手段がありませんでした。そのため、取調べは冷静なインタビューのようなものであり、「説得」と「強要」は明確に区別できるという幻想があったのではないでしょうか。
しかし、録音録画制度の導入により、取調べの実態が明らかになりつつあります。私たちが公開した取調べ動画を見れば、黙秘している被疑者に対してどのような「説得」が行われているか、一目瞭然です。そこには、到底「説得」とは呼べない、威圧的で執拗な働きかけが記録されています。
構造的に「説得」と「強要」は分けられない
ここで重要なのは、個々の取調官の言動が違法かどうかという問題ではありません。身体拘束下の取調べという状況そのものが、構造的に供述の強制を生み出すということなのです。
外部から隔離され、いつ解放されるかわからない状態で、毎日のように取調室に連れて行かれ、質問を浴びせ続けられる。この状況下で行われる働きかけを「説得」と呼び、被疑者の自由な意思決定を尊重していると言えるでしょうか。
だからこそ、アメリカのミランダ法理は、身体拘束下の取調べに潜在的に内在する危険性を直視し、権利行使による取調べ中止効を認めたのです。これは、「説得」と「強要」を事後的に区別しようとする日本のアプローチとは、根本的に異なる発想です。
日本の黙秘権を国際水準へ
現在、日本でも取調べ拒否権の実現を目指す動きが始まっています。私も代理人の一人として、黙秘権の実質的な保障を求める訴訟に取り組んでいます。
黙秘権は、日本国憲法第38条で保障された基本的人権です。しかし、権利を行使しても取調べが続き、精神力で耐え忍ばなければならないのであれば、それは本当に「権利」と呼べるのでしょうか。
FAQ
取調べ中止効とは何ですか?
被疑者が黙秘権や弁護人の援助を求める権利を行使した場合に、取調べを続けられなくなる効果を指します。この記事では、主にアメリカのミランダ法理との比較で説明しています。
日本では黙秘すれば取調べは終わりますか?
必ず終わるとは限りません。日本国憲法第38条と刑事訴訟法第198条第2項により黙秘権は保障されていますが、黙秘を宣言したら直ちに取調べが中止されるという明文の制度はありません。
取調べ中止効がないと何が問題ですか?
黙秘しても密室で話しかけられ続けるため、権利行使に強い精神的負担がかかります。権利があることと、実際に使い続けられることの間に大きな差が生まれます。
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