冷やし中華食べたい、革命中なのに #18
18話 彼女はトコロテン
さゆちゃんが先に起きればハイスペさんは接続を解除し、ぼくは手持ち無沙汰になる。
ポヨンと通知が来たのはその、いつもの早朝ぼんやりタイムだった。施設を出て以後報告は折々してたけど受信は珍しい。
【在宅交配支援制度期間終了に関する注意点とお知らせ】
開いた瞬間すべてを読んでしまうから、ぼくは凍り付いた。
【──なお上記の交配実績を確認できない場合は、当該個体への回収・再評価・処分措置が講じられます】
サーチ。再サーチ。再々サーチサーチわあああ。足を踏み鳴らせばあなたを起こせるのに!
さゆちゃんはカタコト、たまに水音をたてキッチンを掃除してる様子。冷蔵庫の整理なのかドアの開け閉めが頻繁に聞こえる。ぼくはまんじりとももんじりともせずひたすら待った。耐えた。どうにかなりそう。
『おっはよーございますいーや晴ればれがえぐいねえ今日も朝から』
それどころじゃないですワセくん、一大事!あ、おはようございます。
『オハヨ。あれ見ちゃった?ハグ見ちゃったんだあとでリプレイ編集頼める?もうさ眠れなかったよー』
スヤスヤでしたけど……じゃなくて大変です、緊急事態!殺処分のお知らせが来ました!
『なにその不穏ワード。犯行予告?』
メロディー期間の任期満了予告と、成果未確認ケースにおける処分事前通達ですってば!
はあ、はあ、ハア。苦しい。回路が塞がってく。
あなたは白猫とレッドパラダイスフィッシュが刺繍されたさゆママお手製クッションをソファーへそろえ、変な折り癖だらけの羽根を背伸びで広げた。初列の風切羽が三枚、ゆがんだアンテナみたいに外へ飛び出てる。
太陽から遮蔽された南向きのベランダ。思い切りストレッチすれば、地上5階の窓から飛び出していけそうに堂々としたサイズの翼だ。
『ごめんもっかい教えてぱやちゃん。日本語で』
絵画鑑賞の思い出話で、なぜさゆちゃんは説明がうまいのか納得した。物語をハムスターそっくりにカリコリ嚙み砕き、相手へ最も伝わる手法を取れる。お父さんも先生で、お母さんは絵を見ない娘に、見える入り口を渡してくれた。さゆちゃんにもそれが出来る。
感心してしまう。
『さゆちゃんがなんか怒られんの?』
ええとですね、違います。この家でのメロディー期間があと二日で終わり、その間に成果が確認されなければ、ワセくんがなんかされるよーのお知らせです。
『成果大量生産してるよ。あ、食べちゃったらノーカン?』
あなたはシーツを用心深くめくり、「今日はまだみたいですねえ……」とつぶやく。お水と朝の摂取サプリを手にさゆちゃんがやって来た。
「おはよう。寝ぐせが盛大」
「あ!おはようです。頭はねてる?」
「ううん羽根。後ろのとこ折れそう」
「シャワーで直さねば。薬おれの?ありがと」
「はいコレどうぞ。わたしも通知来てたけど、ワセくん来た?」
羽根を納め、あなたは手のひらからジャララと錠剤を口へ放り込む。日に当たらないせいで生白い喉を上下させ、コップの常温水を飲み干した。
「ちょうどその話してた。さゆちゃんは怒られないって」
「期限切れなるとやばいしもうワンクール延長申請する?わたし側からしかできないっぽい」
「もっといていいってこと?」
「それとも帰りたい?」
帰りたいどころの騒ぎじゃない。望まれた成果らしきものはゼロ。手ぶらで帰れば殺処分。賢いさゆちゃんと賢いハイスペさんがことの重大さを理解してないわけない。あなたもオシリを浮かせて「帰りたくない!」じゃない。
「ア、卵出ちゃった……」
「平気?いいよ拾うからワセくん座って。これシート洗えるから」
痔を患うひと向けの中央穴あき、天然クラゲ製やすらぎ円座プレミアム。先日届いたばかりの高反発クッションへあなたを支えて乗せ上げ、彼女は素手で白磁色の楕円ボールを拾った。こまかな貧乏ゆすりで、あなたの下半身は落ち着こうとしてる。
ぼくはパニックのさなか、出し抜けに胸が痛んだ。
弱りゆく星のお荷物ナンバーワンを維持してるのが人間で、自然交配の成功率は地を這ってる。でもそれは別にあなたのせいじゃないし、気にしないでほしい。
苦し紛れの不確かな制度を移植され、しかもうっかりミスでメス?
相手の女の子は涼やかで淡々と暮らし、トコロテンだ。おじいちゃんとあなたの大好物。おばあちゃんがボウル山盛り冷やしててくれた。
無色で、握りしめるとぶつぶつに切れる。
ネギや海苔、ごま油をひと垂らし。栄養価の低い夏の午後のおやつ。
『ワンクールってぱやちゃん何日クール?』
どうでしょ?お腹気持ち悪くないですか。
サーチ。交配成果。失敗。殺処分。公にされてない。
再サーチ。制度概要、延長リクエスト、再延長。メロディー期間及び排卵待機期間も含め、ワンクール4週。初回交配種のみ、最大8週間までの申請が可能です……そうなの?
『気持ち悪くないよゆーよゆー。今さゆちゃんが卵ケース入れたの何個めだろ?』
56個です。
『そんな数?ダチョウさん酷使しちゃった!』
違いました延長が2クール56日までで、産んだ卵はリストが今殺処分で、ええと途中からレシピノートにすり替わってしまいました。
『主食にしたせい?』
こないだ親子丼の名前がぶっ刺さるとワセくんが騒ぎ、他人丼もあるよと提案を受けさらに騒ぎ、ぼくが開花丼というのを探して来たら「開花はしてる!手ごたえがすごい!」と下腹部を押さえだしたあたりでぼくちょっと休憩してしまって……
『花開いちゃうよね―わかるわかる。もうすぐ2週間かぁ、思い出まみれ』
感慨にボチャンと浸ってる余裕ないですワセくん、延長もしくは交配!さもなくば死です。
『そんな露骨なお願い女性に出来ませんてば。段階を踏みふみせねば。さびお見てほら』
エサがまだの待ちぼうけハムスターは、腹ペコをあらわ、アスパラガス模様のかじり木に顎肉を預けてる。肩肉が波打つのは足踏みの証拠だ。
「ワセくん朝フレンチトーストしたげよっか?」
「あー、朝はワームグリッツにしとく。さゆちゃんが食べるとき一緒がいい」
「わかった。カップ2杯は食べてね、カロリー摂取しなきゃ」
キッチンへ「はーい」といいお返事で、あなたは自分の朝の、原料食生物:びたんびたん白青粉虫の長腸といういかがわしげな栄養補助ミールを準備しに、円座を立った。
そして珍しく、ぼくの懸念を即彼女へ伝えてくれた。
「おれはこれっぽっちも思わないんだけどさ、ぱやちゃんが心配症でさ」
「殺処分?」
「よりも、交配種の成果が卵しかない問題どうしましょうって」
差し出したカップへサラサラと顆粒状のワームグリッツを注いでくれつつ、さゆちゃんは可愛らしく小首をかしげた。
「あれ、わたし言ってないっけワセくんに」
「ん?ナニナニ」
「わたししないよ、交配キャンセル勢だから。趣味と生活費を兼ねた周回女」
「うわあ!」
リアクションも取れないあなたの手からカップが転げ落ち、ぼくにまでぶちまけられ床一面広がる。子どもの頃おじいちゃんの隣でトコロテンをかき込み、酢が気管で弾けた時のように。
あなたはグリッツを踏みながらオホオホむせた。
