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大切だったはずの人と、どうして衝突が絶えないのか

以下は完全に一個人の考えである。

一昔前は当たり前ではなかったであろう、恋愛結婚。
昨今、出会い方に違いはあれど、性別や国籍を超えて自分の大切な人と生涯を遂げたい、もしくは添い遂げるという感覚ではなく、とりあえず一緒にいたい、と思って誰かと共に生きる人生を望む方が多いだろう。

しかし一方で熟年離婚が増えていたり、自分の周りでも早々にお別れしていたり、男女だけではないかもしれないが性別の違い故、もしくは人間という個体が違うが故の価値観の差によって離れる選択をする方も多いと聞く。

実際に自分の親以外にも夫婦喧嘩というものをよく目にしてきた私なのだが、最近至極シンプルな考えに行き着いた。


ー大切な相手がもし近い未来に死んでしまったら。

その時が訪れたら思い出すのは果たして嫌だった事、憎たらしいという感情なのだろうか。

居なくなって清々するわって思うのだろうか。ー


、、そんなことは無いのではないだろうか。
きっと心底悲しくて涙が止まらないのではなかろうか。
私は日常が当たり前であることがとても幸せな事だと、自分の大切な家族やパートナーが生きていてくれている現在を振り返り、いつも心に留め直している。

私には人生を共に生きる大切なパートナーがいる。
私が初めて人と対峙するのに悩まなかった大切な人。
最も良き友人であり最愛のパートナーである。

もし居なくなってしまったら、私には生きていく未来が見えなくなってしまうように。
彼が隣にいて心の支えであり続けてくれることに感謝してもしきれない。

もしどちらが先にこの世を去ることになっても、思い出すのは幸せだった日々ばかりであってほしいから、今この瞬間を大切にしたい。

出来る事ならば自分の周りの人たちも幸せであってほしい。
ぶつかってばかりの人生より、歩み寄って笑い合える人生の方がよっぽど幸福じゃないか。

出会う誰しもが明日も当たり前の存在でないことに気づいた時、人は本当に誰かに心を寄せる事が出来るのだと私は思う。

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