[書評] Z世代化する社会 ― お客様になっていく若者たち ―
みなさん、こんにちは。Naseka です。
私は 哲学者・書評家・エッセイスト として、
自らを定義しています。
大人になる前は
気にしたこともなかったが、
年を重ねると共に
自分とは異なる世代を
「〇〇世代」という括りで
認識するようになるのは
きっと私だけではないはず。
思うに自分より上の世代は
なんとなく皆
「おっさん / おばさん」
或いは
「高齢者 (お年寄り)」
というように大枠で
括っている気がする。
就職の話題で
「氷河期世代」の語を用いたり
野球の話題で
「松坂世代」などと
口にすることがあるくらいで、
それ以外の場面で年上を
「〇〇世代」ということは ほぼない。
これが私だけでないかは分からないが。
かくいう私は俗に
「ゆとり世代」
と呼ばれる世代なのだが、
不惑も近づいてくると
身近に自分より若い世代も
増えてくるわけで。
特に会社員をしていると、
仕事の場面において特に実感する。
昨今 話題になる中で
一番若い世代といえば
やはり「Z世代」であろう。
立派な「おっさん」に
なってきた私も、
なるべく若い世代の
考えていることや
傾向というものは
教養として学んでおきたい。
(決して流行に乗って
仲良くなろうとかではない)
今回はそんな動機から
手に取った本である。
忙しい人には Audible版も ↓
誰が育てたと思っているのだ
これは多分に私の偏見が
入っていると思うが、
若い世代に言及する場面では
賞賛よりも
批判や無理解のことが多い。
その最たる例が
「最近の若い者は…」
の言葉である。
Z世代とこそ
仕事をしたことはないが、
今の職場の若い世代
(「ミレニアル世代」で合ってるかしら)
の仕事ぶりを見ていると、
ついつい 心の中でボヤいてしまう。
私は他人の家族関係には
興味がないので
「親の顔が見てみたい」と
思うことはないのだが、
「何をどうしたら
そう考えるようになるのか、
まったくもって理解できない」
と感じることは数知れない。
干支がひと回りするほど
年が離れれば 往々にして
そう感じることが多いし、
これは自分も上の世代から
同様に感じられてきたことなのだろう。
さて、人類が連綿と
繰り返してきたのであろう
この「若い者は…」問題。
時には上の世代からは
考えられないような言動で
トラブルに発展することも
しばしば。
そうなると ついつい
「これだから〇〇世代は…」
と毒づきたくなるのだが、
よくよく冷静に考えれば
彼らとて生まれたときから
毒づかれるような性質では
なかったはずだ。
性善説にしろ性悪説にしろ
人間の善悪というものは
教育によって後天的に
身についてくるものであるから、
無垢な赤子を
「〇〇世代」の典型たらしめたのは
彼らを育てた側であることに
異論はない。
それは両親や家族でもあれば、
社会そのものともいえる。
つまり若い世代を批判するとき、
その批判は
「誰が育てたと思っているのだ」
という言葉となって、
ブーメランの如く
自分たちに返ってくるのである。
免疫があるかないかの違い
そう考えると Z世代が
スマホやタブレットに
齧り付いているのは
「これ触って 大人しくしてなさい」
とばかりに大人が与えるからであり、
決して彼らがお金を稼いで
買ってきたものではない。
私も ゆとり世代と呼ばれて
時に上の世代から
馬鹿にされたことがあるが、
語源となった
「ゆとり教育」を導入したのは
私を馬鹿にした世代の
大人たちである。
(思い出したら 腹が立ってきた)
Z世代に話を戻すと、
たしかに彼らはスマホに
夢中になっている人が
多いとは思うし、
それによってトラブルに
巻き込まれたりするケースも
あるだろう。
少なくとも
同じ年齢時点で比べたら、
我々ゆとり世代より Z世代の方が
スマホ絡みでの
トラブルは圧倒的に多いはず。
…なんてことはない。
ゆとり世代が学生の頃は、
現代ほどスマホが
普及していなかっただけの話だ。
頭の良し悪しの問題ではない。
これは半分は冗談だが
半分は真面目な話であって、
大人の世代は
ある程度分別がついてから
スマホに触れてきたから
あからさまな愚を
侵さないだけである。
(スマホが操作できないために
愚を侵 ”せ” ない人は意外といる)
ゆとり世代であれば
ガラケー(携帯電話)を
割と早くから
触ってきた経験があるし、
当時は当時で ガラケーならではの
トラブルが話題になったものである。
(よく「非行の温床だ」とか
言われていた気がする)
上の世代は それまでの人生経験と
より上の世代や
社会が持っていた価値観を
植え付けられているから、
現代特有の問題には
多少の抵抗力がある。
ところが若い世代というのは
そういう抵抗力がないものだから、
現代の問題が身に降りかかると
たちまち反応が表れてしまう。
つまり現代特有の問題は
世代にかかわらず今を生きている
全ての者に降りかかっていて、
その反応の違いは単に
抵抗力があるのかないのかという
違いによるものに過ぎないのだ。
若者は社会の結晶
そう考えると若い世代というのは、
まさしく「現代を映す鏡」であり
「社会の結晶」であるといえる。
それまでの社会を
築き上げてきた上の世代が、
軽率に
「最近の若い者は…」などとは
本来 言う資格がないのだ。
…と ここまで本書を読んで
得た気付きを書いてきたのだが、
ほとんど本書の抜粋みたいに
なってしまったような
気がしてならない。
(断じてコピペをしたわけではない)
他にもいろいろと、たとえば
「アンチ」の概念についてだとか
「エントロピー」の話とか
(エントロピーの言葉は
本書には出てこない)
浮かんだ考えはあるのだが、
これ以上並べると
収拾がつかなくなりそうなので
このへんにしておく。
とにかく Z世代の話題を通して、
現代社会の持つ傾向や抱える課題が
分かりやすい事例と共に
紹介されている
非常に面白い本である。
「Z世代について知りたい」
という動機で手に取ったが、
よくよくタイトルを見てみると
なるほど巧い表現だと思った。
この本を読んだら、そう安易に
若い世代を批判できなくなるだろう。
(ブーメランが趣味でなければ)
こんな人にオススメ!
・Z世代の価値観を覗いてみたい人
・世代間の価値観の
違いについて考えたい人
・ついつい「最近の若い者は…」と
思ってしまう人
こんな人には合わないかも…
・Z世代や社会問題に興味がない人
・死ぬまで「最近の若い者は…」と
言い続けていたい人
忙しい人には Audible版も ↓
お読みいただき、
ありがとうございました。
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