矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年への若干考察
1 矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年を論評するが,政治学の専門家がそれほど関心を向けないでいた論点に,なにか特別の理由・事情でもあったのか?
【事前の断わり】 この記述,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』集英社インターナショナル,2014年10月は,昨日 2026年2月3日の記述,「矢部宏治『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』2016年を批評する前編に相当する記述」と〈組み〉をなしている。
⇒ https://note.com/brainy_turntable/n/n1b142245b4aa
本記述の要点はつぎの3点にある。
要点:1 本書,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年は,日本の知識人・識者にあっては,その双肩・頭上に亡霊のようにのしかかっている「天皇・天皇制」の現状を,真正面から批判し〔とりあげ,議論し〕た本である
要点:2 ただし,結論部では天皇制度のなかに居る〔当時の〕平成天皇夫婦をかばうかのような論旨にまとめている。この点では天皇制度に向けた批判をめぐり,そのつぎの矢を継ぐことにはならなかった。むしろとくに,平成天皇に対する擁護・支援のための論旨に立場を変異させた
要点:3 天皇という存在は,制度的な特性面から批判すべきであり,天皇個人に対する直接の批判でなくてよい
2 矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』集英社インターナショナル,2014年10月の意図
a) 本書の内容説明は,こういう疑問符のついた文章を並べている。
なぜ,戦後70年経っても,米軍が首都圏上空を支配しているのか?
なぜ,人類史上最悪の原発事故を起こした日本が,再稼働に踏みきろうとするのか?
なぜ,被爆した子どもの健康被害が,みてみぬふりをされてしまうのか?
なぜ,日本の首相は絶対に公約を守れないのか?
誰もがおかしいと思いながら,止められない。日本の戦後史に隠された「最大の秘密」とは?
そして,本書『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』の主な目次は,こういった構成になっている。
1 沖縄の謎-基地と憲法-
2 福島の謎-日本はなぜ,原発を止められないのか-
3 安保村の謎1-昭和天皇と日本国憲法-
4 安保村の謎2-国連憲章と第2次大戦後の世界-
5 最後の謎-自発的隷従とその歴史的起源-
著者の矢部宏治(ヤベ・コウジ,1960年生まれ)は慶応大学文学部卒, (株) 博報堂マーケティング部を経て,1987年より書籍情報社代表。作家・実業家である。
本書は,戦後70年経つのに,なぜ米軍基地が日本中を支配しているのか。未曾有の大事故を起こした原発を,なぜ止められないのか。米国公文書の資料などの実証をもとに,戦後日本の「謎」を解きあかしている。
b) 本ブログ筆者は自身の問題意識にしたがい,たとえば,かつて「敗戦した帝国臣民と終戦した昭和天皇」が,「日本帝国に勝利したアメリカ,敗戦したこの国の帝王となったマッカーサー」や,「『終戦』観念に生きる民の国,その幻想性のまやかし」,「安倍晋三の『美しい国』には『あってはならない』のが,『過去の従軍慰安婦問題』」であるらしい」などいった論点について,議論したことがあった。
本ブログ筆者が「この国はいまだにアメリカ帝国の属国」であると言及したつもりの論点が,本書,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』によって,そく自然に当たりまえに要領よく解明されている。
矢部が同書のなかで言及する中身には,いままで日本の政治学者たちが正面から触れるのを恐れて・避けてきた内容が,正直に語るかたちで盛られている。いわば,日本の《菊のタブー》的な論点を介して,アメリカの《星の禁忌》にまでを標的に定めて,まとも挑戦する社会科学者(矢部宏治自身は学究としての経歴はもたない)が,いままでほとんどいなかった。
むろん,憲法学や国際政治学の専門研究者たちが,前段のごときに理解されてよい「米日服属・上下関係」の2国間政治現象を真正面からとりくんできており,専門研究書の公刊もけっこうな部数が蓄積されている。この点は,当該領域の研究者・学究であれば知悉する関連の学界事情,研究状況であった。
しかし,われわれ素人筋の理解力にとってみれば,そうした学界次元における研究業績として公表されてきた著作をひもとき,これを読みこみ的確に理解するという知的作業は,精神的に相当しんどいものである。
という事情もあるので,ここでは2016年9月4日に『朝日新聞』の読書欄に掲載された,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年10月の書評を,紹介しておく。

本書をトンデモ本だとみなした誰か(?)たちこそ
トンデモな感性・知性・理性の持主
c) 2010年代に前段のごとき日米関係論の問題領域に対して,もともとはその研究専門医者ではない矢部宏治が,出版業界出身の人間として自分なり学習・勉強したうえで参入してきた。
矢部宏治は出版業務にたずさわる職業人として,関連書物の発行を企画・刊行し,みずからも徐々に関係する問題について執筆するうちに,今回のごとき著書を公表することになっていた。矢部はこの著書を完成させるまでには,いろいろの驚くべき日本国の諸事情に気づいたと述べている。
矢部宏治はたとえば,『知ってはいけない-隠された日本支配の構造-』講談社(新書),2017年8月を,つぎのような本だとみずから説明していた。こまかくなるが,そのまま紹介しておきたい。
概 要 私たちの未来を脅かす「9つの掟」
最高裁・検察・外務省の「裏マニュアル」とは?
なぜ日本はアメリカの意向を「拒否」することができないのか?
3分でわかる日本の深層!
みなさんは,世田谷区や中野区,杉並区の上空が米軍に支配されていることをご存じですか? あるいは,米軍に与えられた治外法権が,日本の国土全体に及んでいることを知っていましたか?
「なにをバカなことを……」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。しかし,これらは複数の公文書によって裏付けられた,疑いようのない事実なのです。実は,私たちが暮らす「戦後日本」という国には,国民はもちろん,首相やエリート官僚でさえもよくわかっていない,「ウラの掟」が存在し,社会全体の構造を大きく歪めています。
そうした「ウラの掟」のほとんどは,実はアメリカ政府そのものと日本とのあいだではなく,米軍と日本のエリート官僚とのあいだで直接結ばれた,占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。
3つの「裏マニュアル」ともいうべき最高裁の「部外秘資料」,検察の「実務資料」,外務省の「日米地位協定の考え方」を参照しながら,日米合同委員会の実態と対米従属の根幹に迫るとともに,日本における「真の権力構造」を徹底解明します。
累計17万部を突破したベストセラー『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』の著者・矢部宏治氏が,「戦後史の闇」に光をあてた渾身の決定版!
目 次
第1章 日本の空は,すべて米軍に支配されている
第2章 日本の国土は,すべて米軍の治外法権下にある
第3章 日本に国境はない
第4章 国のトップは「米軍+官僚」である
第5章 国家は密約と裏マニュアルで運営する
第6章 政府は憲法にしばられない
第7章 重要な文書は,最初すべて英語で作成する
第8章 自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う
第9章 アメリカは「国」ではなく,「国連」である
追 記 なぜ「9条3項・加憲案」はダメなのか
注記)以上の解説文は,http://book-sp.kodansha.co.jp/topics/japan-taboo/ からで,2023年4月13日検索。
だが,そのように矢部宏治にいわせた背景事情に関して,実は,日本の諸学界側においても「なんらかの特定的である問題性」が伏在していた。この学界側の事情もあって,矢部が日米国際政治論の領域にみずからの学習・勉強を重ねてうえで参入してきたその成果が,いままで公刊してきた著作となって登場,表現されていた。
d) 本ブログ筆者は,日本におけるとくに社会科学諸学界に特有である「ある種の陋習・旧弊」が,依然,そこかしこにないわけではない内情をしらないわけではなかったゆえ,換言すると,理性以前の生活次元において「天皇神聖視」に直面・対峙させられるほかなかった「日本の知識人・学識者」たちが,
天皇・天皇制の問題領域に対峙しつつ,なにか専門的な立場からでも発言するときは,いつもいちいち躊躇したり,必要もないのにうろたえたりしている様子をみてきた。その意味あいでも,2010年代に関連する問題領域に登場してきて,しかも教養書として簡明な論調でもって,当該問題を分析・説明してきた矢部宏治の貢献は,十分に評価されてよい。
もっとも,この矢部宏治の本の立場に明示されたはずの「主張の展開」が,その後も2010年代後半からは明確に変化した。この点は,本稿の記述で言及するところとなっているが,より詳しくは別途に議論する記述をしたて,それを討議するつもりである。
補記)この直前の段落で述べた問題点は,冒頭で挙げた昨日,2026年3月3日の記述,「矢部宏治『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』2016年を批評する」で,さきに論及してある。
3 矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年の結論
a) 本書,『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年の最後部において矢部は,「昔もいまも日本社会のかわらぬ最大の欠点」は,「政府のあらゆる部門に対して,憲法によるコントロールが欠けており」,その結果,「国民の意思が政治に反映されず,国民の人権が守られない」ことが判る,といっていた。
そしてその最大の原因は,やはり天皇制という制度(システム)のなかに,憲法を超える(=オーバールールする)機能が内包されているかところからも判る,といっている。
すなわち,戦前の日本では,裁判所(=司法)が「天皇の意思」の代理人である検察(=行政)によって支配され,立法も「天皇の命令(勅令)」という形式で官僚(=行政)が自由におこなえるようになっていた(大日本帝国憲法第9条)。
補記1)ここまでの記述に関してとなるが,以下の著作を参考書として挙げておきたい。ここでは2010年代に発行された本を紹介するので,2020年代に入ってからの関連する主な文献などはさらに,末尾の【アマゾン通販:参考文献】欄を借りて,いくつか挙げておくことにしたい。
斎藤貴男『平成とは何だったのか-「アメリカの属州」化の完遂-』秀和システム,2019年。
金子 勝『平成経済-衰退の本質-』岩波書店,2019年。
白井 聡『永続敗戦論』太田出版,2013年。
瀬木比呂志『裁判所の正体-法服を着た役人たち-』新潮社,2017年。
瀬木比呂志『絶望の裁判所』講談社,2014年。
新藤宗幸『官僚制と公文書-改竄,ねつ造,忖度の背景-』筑摩書房,2019年。
新藤宗幸『原子力規制委員会』岩波書店,2017年。
新藤宗幸『司法よ! おまえにも罪がある-原発訴訟と官僚裁判官-』講談社,2012年。
新藤宗幸『司法官僚-裁判所の権力者たち-』岩波書店,2009年。
安倍晴彦『犬になれなかった裁判官-司法官僚統制に抗して36年-』日本放送出版協会,2001年。
樋口英明『私が原発を止めた理由』旬報社,2021年。
補記2)大日本帝国憲法第1章の第9条は,天皇の命令に関する規定であって,つぎのように書かれていた。すなわち,当時における帝国臣民の安寧や幸福はすべて,「当時の天皇:睦仁」の「命令しだい」になっており,近代における憲法としては「ピープル(人民・国民・市民)の主権」など,どこにもありえず,つまり「民主主義の根本理念」とはほど遠い封建的な発想にもとづく法理になっていた。
「天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス」
b) しかも,そうした憲法そのものよりも上位に座していた「戦前の天皇」の位置が,敗戦後は突如「天皇+米軍」という新しい国家権力に,完全に入れ替わるかたちで,ひとまず収められたわけだが,21世紀の現段階になっても基本,そのままにある。
そして,1989年,昭和天皇が亡くなるとそこから「それまでの天皇らしい天皇」が自然に消えた結果(その後は平成と令和の時代となり,それぞれ彼の息子と孫が天皇位に就いてきたるけれども,時代は敗戦後からすでに大きく変質しており),米軍と外務・法務官僚が一体化した「天皇なき天皇制」がすでに完成していたのである。
以上を図式に表現すると,「日本の国家権力構造の変遷」はこうなる。
◇-1「戦前(昭和前期)」は
『天皇』+日本軍+内務官僚
◇-2「戦後:1(昭和後期)」は
『天皇+米軍』+財務・経済・外務・法務官僚+「自民党」
◇-3「戦後:2(平成期)」は
『米軍』+外務・法務官僚
c) この国内部におけるそうした事実上の行政独裁体制は,戦前においては短期間で大きな国家目標(明治期の富国強兵〔殖産興業〕や昭和期の高度経済成長〔経済大国化〕などのこと)を達成することができた。だが,その反面,時代環境の変化に応じて過去の利権構造を完全に清算し,方向転換を実現することができなかった。
この日本という国は,外部要因によって瓦解するまでひたすら同じ方向に進みつづけていく。それが日本人全員に大きな苦しみをもたらした第2次世界大戦や,地震大国における原発再稼働という狂気の政策を生む原因となっている。
註記)以上,矢部『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』282-283頁。〔 〕内補足は引用者。
補記)いまのこの日本,2026年3月段階になっているが,20世紀において最後の10年を残すころに発生した「バブル経済の破綻」は,21世紀中になってからも,いわゆる「失われた10年」をすでに3周回反復しただけでなく,すでにその4周回目に入っている。
その重い足取りのままヨタヨタと歩きつづるばかりであるこの国の現状は,往時に輝いていた「日本経済の大国ぶり」を思い起こさせることすら,困難にした。
bだいたいで判断するが,年齢50歳未満の日本生まれの日本人たちは「自国が経済面で大国であった時期」とは無縁でありつづけてきたから,以上の記述のうちでも「暗い時期の話題」のほうであれば確かな実感があるものの,それ以前に関しては具体的な記憶を有していない。
d) 昨年も古都:京都では,10月22日に『時代祭』が開催された。ところが,その見物客はほとんど外国人観光客とのことであった。たとえば,この時代祭の様子をニュースとして報道した『MBS』は,その様子を「京都の観光地に異変『客の8割が外国人』『日本語聞こえへん』 日本人はどこへ? 市民の不満トップは "市バスの混雑" か 観光客・市民・事業者の『三方よし』実現するには...」という見出しでもって,最近の京都における「お祭り事の実相」=「観光資源化の様相」を伝えていた。
注記)「前掲:文中の見出しの文句」『MBS』2025年10月28日,https://www.mbs.jp/news/feature/specialist/article/2025/10/108654.shtml
かつて日本が経済大国であった時期ならば,とくに発展途上国の位置にあった国々の人たちが,「攻守(!)所を変えて」この日本に観光に来るなどといった関係は,ほとんど想像しにくかった。ところが現在は,「往時(民主党政権の時期)であれば」円高でも78円台までいった〈円の対ドル為替レート〉が,
いまではその倍の150円台後半にまでなっており(本日朝のそれは日経をみると157円580-59銭),しかも総体的にたとえば,東アジア諸国がしだいに経済発展を遂げつつある状況とは対照的に,日本国内においてはすでに「わが国は衰退途上国なり」といってなんら違和感すらない経済現実が,日本社会全体にわたってより明確に現出,浸透している。
e) 2025年10月21日に新しく成立した自民党と日本維新の会の連立野合政権は,日本で初めてとなった女性首相高市早苗の政権を発足させた。だが,この極右の頑固女性の頭中は,いまのところアメリカの「ディール男のトランプ大統領」にこびへつらうにはどうしたらいいかという発想しかなく,つぎのような実にみっともない姿までみせていた。

この『X』の画像資料をあらためて紹介したのは,本日のこの記述において素材に取りあげてみた「矢部宏治の書物が一昔前にすでに明確に示唆したことがら」が,いまとなってもにたいそう気にかかっていたからである。あるブログの記述は,「パンパン」といった,つまり敗戦後事情のなかで使われた言葉まで出してだったが,この高市早苗の挙動を批難する直截な筆致で記述していた。
つぎの引用は,ブログ『植草一秀の「知られざる真実」』が昨日書いていた文章からとなる。
「高市首相は米国の国際法違反,国連憲章違反を批判しない」事情は,「日本は米国の植民地であるから〔で〕,宗主国の行為を批判できないのだ」
註記)「米国暴挙諫められない高市首相」『植草一秀の「知られざる真実」』2026年3月3日,http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2026/03/post-950073.html
金子 勝は経済学者として,最近の高市早苗が記録している政権担当者としての体たらくぶりを,以下に紹介する『日刊ゲンダイ』への寄稿によってこのように棚ざらししている。金子はとくに「世界の真ん中で恥をさらしている」と,早苗の軽薄さを批判する。
またあの『日本経済新聞』ですら,政治家として経済運営の才能がない高市の采配ぶりには失望している。イタリアの同じ極右出身の女性首相ジョルジャ・メローニが,あえて比較するために人物に挙げられ,高市側にいちじるしい「がっかり・さ」が並みではないことを語っていた。

ワンサといるせいで「この手の政治屋」がたいそうのさばっている
f) この国の未来に向けてとなれば,「両国の外交関係」の方向転換は,絶対に必要不可避である。現状までのごとき「米日安保関連法体制=日米服属上下関係外交」は,ひとまず否定・克服される事由ならば,日本側にはたっぷりあったはずである。
そうした米日の間柄を改善・発展させるためには,少しでもこの国の未来のために本気になって責任をはたす意欲をもった「政治家,国家官僚,財界人,学識者,知識人,思想家,哲学者」たちの登壇が望ましい。だが,現実的なところ:次元では,そのために必要な気概・勇気・馬力を,本気で発揮させる覚悟がある人材がいなかった。
いまだに,旧安倍政権時の「かけ・モリ・桜」問題や「公文書捏造問題・政治資金裏金化問題・統一教会腐れ縁問題」のどれひとつとっても,まともに反省しようとする意識すらまったく有さない自民党政権(公明党が離れたあとすぐに維新がその代替にへばりつき,その傾向がますます強まった),いいかえれば,この単細胞を基調とした「世襲政治屋3世」的な政府は,21世紀における日本政治を改革せよと迫られたところで,その気などいっさいもちあわせない。
現状としてはとりわけ,昨年10月21日に登場していた女性首相の高市早苗は,それらの自民党的汚濁問題を意識し,これを解決しようとする気など皆無であったゆえ,彼女の新政権に期待することなどは毛頭ありえず,それよりも近いうちに蒸発しそうな政権であると観察する識者ならば,何人もいた。
換言すると,現状のごときタコイチ政権(アホエノミクス流の国家運営--これらの名称・形容は経済学者浜 矩子の命名)に接しえた感触としては,下手をするとこの国において初めて登場したこの女性首相のために,すでに「衰退途上国」だと自称されている現状に拍車がかけられてしまい,亡国への途を歩む調子がさらに早められる危険性しか望めそうにない。
g) 2010年代において日本の憲政史上「最悪のウソしかつかなかった安倍晋三政権」が,この国を幼児的(チャイルディッシュ)な政治手法をもって,しかも彼なりに真剣にだったが徹底的に破壊しつくした。このアベの祖父(母方の岸 信介)は「昭和の妖怪」と異名をもらっていたが,その外孫のほうは「この国を破壊しまくってきた」だけの,単なる「世襲3代目の政治屋」の1人に過ぎなかった。
もっとも,「こんな人」しか国家の最高指導者を選ベない国民・有権者側にも,多大な特定の責任があった。それにしても,とりわけ「世襲3代目の政治屋」たちが多くて,それでいてこの無策・無能なボンボン〔たち〕がほぼ順ぐりに,この国の為政をいじくりまわしては,国家として品質水準をどんどん劣化させてきた。その結果はとみれば,これが日本政治の現実世界においては荒涼たる風景しか眺望させえない「この国」の貧相さを,際限なく製造してきた。
日本の人口統計面でいうと,2022年に誕生した赤ちゃん(新生児)の数がとうとう80万人を切り,2025年のその数となるとさらに70万人まで下降している。現状のままいったら,その出生数(および合計特殊出生率)はさらに顕著に低下し,60万人台を切るどころかすぐに50万人台にまでも下向していく。
なにせ,前段で触れたとおり出生数は,2022年に初めて80万人を割りこんでから,わずか3年で70万人割れぎりぎりの水準まで低下した。人口統計のこの減退ぶりが「国家の衰滅」をさらに確実に呼びこませる基本要因になることは「国民経済学」的見地に照らして判断するに,「国家じたいの存続・維持」にとって深刻な前途を教えている。
この人口減少問題についていえば,安倍晋三の第2次政権はいったいなにをやってきたか? 実質なにも対策は打っていなかった。晋三自身が昭恵とのあいだで子を儲けなかったというごとき個人的な事情・事実については,とやかくいうべき筋合いはない。けれども,国家次元における出生統計に対してならば,首相だった安倍はいったいどのような具体策を採ったか?
4 さて,ここまでの記述は大雑把だが,戦前から戦後における 「日本の国家権力構造の変遷」が,平成天皇〔や令和天皇〕の時期にまで進んだ段階になっていたが,「天皇(=明仁)」自身からは,ひとまず外した関係性のなかでの「図式的な表現を採っていた」
本記述に関しては,平成天皇のみならずその妻や長男〔徳仁〕たちが,たびあるごとに「憲法を守る」旨をしばしば表明してきた事実に注目して,観察することが適切(歴史的かつ論理的に好都合)だと考えている。
本ブログは,明仁天皇(現在は上皇の地位にある)だけでなくその息子や妻までが,現行の日本国憲法を守る旨を機会をとらえては婉曲ながらも明言してきた事実に注意する必要がある,と強調する立場を採る。
以下の論題はいずれも,本ブログ筆者が10年以上前から取りあげてきたものであった。現在は未公表の状態になっているので,いずれ近いうちに復活させたい記述であるが,ここでは関連する記述として,備忘的にその題名だけを付記しておくかたちとなる。
★ 未公開の関連する本ブログ記述3点 ★
☆-1 「20xx年2月23日」の記述 「皇太子徳仁が誕生日に『日本国憲法を守る』と発言した意味」「いわずもがなのことがらに言及した徳仁の真意-『皇室生き残り戦略』の一環としての,皇太子の政治的な発言」
☆-2 「20xx年5月4日」の記述 「平和憲法だという日本国憲法,米軍基地に守られた憲法,この本当の意味」「第9条を語るが,第1条から第8条には触れえない」「『不思議な国』」の憲法論議,その『秘密』」
☆-3 「20xx年3月31日」の記述 「皇室を高揚するための修辞学(言語表現法)-明治学院大学教授の学風:高橋源一郎の事例-」「なんのために〈天皇の妻〉の発言を賞美するのか?」「天皇家を賛美する明治学院大学の教員:高橋源一郎」
いまの天皇一家,とくに平成天皇の時期は《現憲法を守ります》という文句を,必死の思いをこめて唱えていた。とりわけ,彼ら1人ひとりが自分の誕生日を迎えたさい,恒例になって設けられている記者会見の場では必らず「憲法遵守の基本精神」を,わざわざ強調してきた。
なぜか?
「そうした彼らの態度表明・意見開陳」は,敗戦後の「日本国」を戦争責任問題も問われずに生き延びることできた「昭和天皇の時代」において,「日本の支配層が構想し実現させてきた」「戦後体制」(安倍晋三流に形容すれば「戦後レジーム」)を,「平成天皇の時代」になってからもなお,「日本の政治体制のあり方」として遵守すべき点を,国民・国家・体制側に対して必死に訴求しようと試みられたものであった。

つぎの画像を観てほしい
昭和天皇がアメリカ側にみずから伝達した『沖縄(天皇)メッセージ』(1947年9月19〔20〕日,上掲 ↑ の画像資料)が,非常に重要な歴史的意味をもっていた。分けても注目すべき部分をつぎに切り出して紹介する。

「25年から50年以上」ははるかに超えている21世紀の現在である
日本が米国に下属する軍事同盟体制に押しこまれ続けてきた事実は
いまもまだなにも変わっていない
このメッセージについて本ブログは,たとえばつぎの記述で触れていた(この本ブログ内ではすでに,昨日,2023年4月12日の記述で簡単に触れてあった)。現状では,こちらも未公表の記述である。
☆-4 「20xx年3月2日」「アメリカ占領下の昭和天皇,その裏舞台での政治的な行為」「日本国民をコケにしていた天皇裕仁の,アメリカへのご注進ぶり」
5 矢部宏治の著書に対するブック・レビュー
a) 筆者は,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』をアマゾンから購入した。本書の発行日は2014年10月29日であった。その間(その後のある限られた期間内となるが),アマゾンのブック・レビュー欄には14件のレビューが寄せられていた。
補記)2019年12月12日になると,矢部宏治の本書に対しては,267件ものブック・レビューが寄せられていたのに気づいた。さらに,あらためて2023年4月13日に調べた時点になると,このブック・レビューは442件にまで増えていた。
その間,本書については1月あたり5件強のレビューが投稿されてきたことになる。また「新しくのぞいてみた」2025年11月1日になると,490件にまで増えていた。さらにまた「新しくのぞいてみた」本日,2026年3月4日になると,495件。
さて,アマゾンのブックレビューからどれをとりあげるかについては,その評価の目安のうち「最高点:5つ☆」に注目してみた。
筆者が,矢部『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年10月29日発行を注文したのは,この本が公刊された日付:2014年11月3日からまだ1週間も経っていなかった時であった。その翌日には自宅にこの本が届いていた。
そのころにまでアマゾンで,この本に寄せられたレビューはまだ14件だけであった。そこで,この早い時期での状況で区切った話となる。そのうち,13件が「☆☆☆☆☆(星5つ)」であり,1件のみが「☆(1つ)」であった。
そして,2019年12月12日時点なるとその☆による評価は,267件のうち「最高点の☆5つ」が70%,つぎの「☆4つ」が14%となっており,全体では相当に高い評価である。この傾向は,2025年11月1日のころまで変わらない。
しかし,それらのレビューを読むかぎりでは,昭和天皇が敗戦後史にかかわっていた「ことの重大性・深刻さ」に十分に注意を払っている評者はいなかった。
もっとも,本日の時点になってそのレビュー一覧をざっと見直したところ,矢部宏治の議論の特性に不可避に絡みついていた「問題点=批判されるべき諸点」を,見落とすことなく指摘する意見もあった。
時間がある人はそれらレビューを通して読むだけでも,それなりにたいそう,よい勉強になるのではないかと感じた。
矢部宏治の本書で指摘されている「昭和天皇の〈敗戦後史〉形成者」としての,のっぴきならぬ関与については,これを不当に軽視する観方を採る矢吹 晋『敗戦・沖縄・天皇-尖閣衝突の遠景-』(花伝社,2014年8月)の見解もあった。
だが,この矢吹の観点は,今回公刊された矢部の著作によっても批判されうるはずである。さらにくわえて,未公表の本ブログ関係の記述があったので,これも題名だけの紹介となるが,添記しておきたい。
☆-6「20xx年10月24日」「昭和天皇実録に関する政治学者の議論-敗戦後における昭和天皇の違法な政治介入行為の記録-」,副題として「敗戦後史に容喙した天皇裕仁の政治行為をどのように解釈するか?」「日米安保体制・米日軍事同盟関係史をどのように回顧するのか?」
b) ところで,白井 聡『永続敗戦論-戦後日本の核心-』(太田出版,2013年)は,「1945年以来,われわれはずっと『敗戦』状態にある。『侮辱のなかに生きる』ことを拒絶せよ」と主張した。
白井 聡によるこの表現が含意する歴史的な問題解釈は, 本日とりあげた矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』集英社インターナショナル,2014年10月の意図と,相互に補完する間柄にあった。
本ブログは,白井 聡については,つぎの記述のなかで関説した。これらも未公表の記述なので,標題などの紹介のみとなる。
☆-7「20xx年7月7日」「集団的自衛権認定は自虐史観の完成,みずから対米従属に服する安倍晋三政権」。
☆-8「20xx年8月13日」「『村山・河野談話』見直しの錯誤―歴史認識と『慰安婦』問題をめぐって』(安倍新政権の論点) 林 博史,渡辺美奈, 俵 義文 (2013/4/25発行)」。
☆-9「20xx年9月15日」「敗戦した帝国臣民と終戦した昭和天皇」。
以上,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』の問題提起を受けて,本ブログにおける関連の記述を多く紹介もしてみる論及となった。ここでこの種の記述はいったん終えることにしたい。
まだまだ,関連する議論が大いに必要であるゆえ,以上に紹介してみた本ブログ筆者の諸記述は,なるべく早めに順次「復活・公開」していくつもりである。それとともに,新たに記述を追加して書き下ろす用意もある。
6 補遺:関連する記事の紹介-とはいっても以下の記事2点は在日米軍関連の日常茶飯事をめぐる報道であった-

自国の現状をと嘆く

飛ばすことは絶対にしていない
ところが日本の首都では遊び半分にまでしてこのように
好き勝手に運用している
【参考文献】
