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人生をやめたい会社勤めが「『漫画化をやめたい』と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間」を読んで、心のよりどころを見つけた話

 筆者の吉本ユータヌキさんを知ったのは、傷心旅行に行っていた時だった。

去年、プロジェクトの同じチームの先輩からモラハラを受け、東京旅行に出かけた。旅行はとても楽しく、でも楽しすぎたあまりに「現実に帰りたくない……どうにかして帰らないで済む方法はないのか……」とXを漁っていた時に、偶然見かけたのが吉本ユータヌキさんの作品だった。

『あした死のうと思ってたのに』を読んだとき、見せかけだけではない、近い距離で、しっかり“死”に寄り添っている作風に惹かれ、気づけばメディア欄までさかのぼり、ちゃっかりフォローまでしていた。

『「漫画化をやめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間』を最初に見かけたのもXだった。

簡単に内容をまとめると、筆者の吉本ユータヌキさんがコーチングを通して、自分自身と向き合いながら前に進んでいく話だ。好きなこと、職業、家族関係など、今の自分につながるさまざまなテーマを雑談を通して見つめ直し、やがて「明日」に向かえるようになる——そんな希望を感じさせる終わり方になっている。

漫画だけでなく文章でも綴られているため、フランクにでも、じっくりでも、そのときの気分や心の状態に合わせて読み方を選べるのも嬉しい。

本作の魅力は、大きく分けて二つあると感じている。

ひとつめは、無責任な背中の押し方ではないこと。

読者に対して、対等な立場で隣に座って語りかけてくれるような距離感が心地よい。

実際、私もモラハラを受ける中で、何度か人に相談したことがあった。もちろん、一緒に考えてくれる人もいた。でも、周囲の人があえてその話題に触れないことで、やり過ごそうとしているような雰囲気もひしひしと感じていた。

また、「こうすればうまくいくよ!さあ、やってみよう!」のような、こちらの都合を考えている“てい”で、実際は半ば強制的に思考を押し付けられる場面にも出会ったことがある。表面上はこちらを助けようとしてくれているように見える分、無下にもできず、「本当に私のためを思ってくれているのか? それとも、相手が“私のおかげで解決した!”という達成感を得たいだけなのか?」と、わからなくなることもあった。

ユータヌキさんの作品では、あくまで隣に立ってくれていて、でも無理に背中を押してはこない。「歩けるときに歩いたらいいよ」と、そっと言ってくれているように感じる。動き出すことも、止まることも、「あなたのタイミングでいいんだよ」と語りかけてくれるような、やさしく、でも必要なときは一緒に考えてくれる作風が、本作の大きな魅力だと思った。

な、やさしく、でも必要なときは一緒に考えてくれる作風が、本作の大きな魅力だと思った。

ふたつめは、ゆるい絵柄が、トラウマの重さをマイルドにしてくれていること。

過去に、いくつかの実録漫画を読んだことがあるが、そこから感じる“とげとげしさ”や“重苦しさ”が、紙面越しに自分の中へ入ってきてしまい、共鳴するように自分の中の苦しみが浮かび上がり、落ち込んで何も手につかなくなることが何度かあった。

その体験があって、実録ものに触れるのが怖くなっていた。本作に出会っても、読むまでに数日を要した。

でも、ユータヌキさんの作品は、ゆるい絵柄のおかげでトラウマの“重さ”が和らげられていて、すらすらと読み進めることができた。

赤塚不二夫さんに憧れて、コミカルで楽しい画風を志したというユータヌキさんの絵や文章が、トラウマという題材をやさしく包み込んでくれている。私自身も赤塚不二夫さんの作品が好きで、幼少期はひたすら『天才バカボン』のアニメを見たり、『バカだ大学』の入試問題集を読み漁ったりしていたので、勝手ながらシンパシーを感じ、少し嬉しくなった。

ユータヌキさんの朗らかな絵柄は、トラウマに触れるハードルを下げてくれている。

たとえるなら、できたての熱々のいちごジャムを素手で食べるのが“ありのままのトラウマ”だとすると、ユータヌキさんの絵柄はそれをちょうどいい温度まで冷ましてくれて、さらにヨーグルトやパンまで用意してくれる——そんな感じだ。もちろん、熱々のジャムもおいしい。でも、口に火傷を負っているときに無理して食べたら、もっと痛い。

疲れているときでも、安心して口にできるようにしてくれているその気遣いが、本当にありがたかった。この人の絵柄でなければ、人の過去の気持ちに触れられなかったかもしれない。

本作を読んだからといって、私の環境が劇的に変わったわけではない。

今も同じ会社で働いているし、職場の人にムカつくことも多々ある。でも、Xを見ているときに「おっ、ユータヌキさんの新作上がってる! 見よう」と思えることが、アドベントカレンダーのように毎日の小さな楽しみになっていて、それが“生きるハリ”になっている。

「ほかの人にやさしくできるから、苦しむことは無駄ではない」という言葉があるけれど、私はあまり好きではない。できることなら、苦しまなくて済む人生がいい。

でも、「苦しんだからこそ、やさしくなれる」もまた、真実であり、そんなやさしさに救われる人がいるのも確かだ。

ユータヌキさんの文章や絵からは、きっと、たくさんの苦しみを経験してきたからこそ描けるやさしさがにじみ出ている。

勝手ながら、これからもそのやさしさを描き続けて、私のような人を助けてくれたら嬉しい。

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