大切な何かは「一手間かける」でした
ずっと探していたたった一つの言葉。
自分はなぜ地球でこの時代で日本なのか、
忘れられたその答えを探していた。
その答えは「一手間かける」だった。
私は思う。
「ありがとう」や「いただきます」という言葉は
本当は大事なことが簡略されて
今に残った言葉なのではないかと。
食事をする時にいただきますとご馳走様を
言うのは
命をいただいていることに感謝をすることを
忘れない為、命が産まれる自然などに感謝をする為。そのことを忘れないように残っている言葉。
本当は
いただきますやご馳走様の前に長い文章があった。でも、今やそれは簡略されている。
いただきますやご馳走様を言わない時代も
あった。
命全てに感謝をするという想いの一手間がかかり、そして言葉、更に追加で手を合わせることを時代と共に一手間ずつかけてきた。
そう、「ありがとう」や「いただきます」など
本来は
一手間かけなければ出てこない言葉だと
私は気がついてしまった。
一手間かける言葉は
本当は違った意味だったんじゃないか
と思ってきてもいる。
自分を大切にしなさいと言われても
何をしたらいいのかわからない時代。
一手間かけることが
当たり前になっていて、
簡単、便利が一手間かけることが
面倒くさくなっている。
感謝をすることから始めなさいと
言う人もいるけれど
それも一手間かけること。
「一手間かける」
これが全ての始まりなのだと分かった。
きっと何もなかった時代、
母親「一手間かけなさい」
子「一手間って何するの?」
母親「感謝をすること。ありがとうをいうこと。
いただきますを言うことだよ」
子「分かったぁ」
から始まり、
一手間かけることの大切を知った子が親になり、子に大切なことを残したいと思い、
ありがとうを言いなさい、いただきますを言いなさいと教えたんだろうなって思います。
子育てしているから分かる気がする。
一手間かけるは難しいことじゃない。
口角あげるだけでいいし
サラダに何か一つ加えるだけでいいし
寝る前にお休みを心に唱えるだけでいいし
何でもありだからむしろ簡単なことから
始められる
一手間かけることで
全てに命が宿ってきて感謝ができるようになる
たくさんの経験をしてきて
ようやく辿り着いた答え
辿り着くまで長かったなって思います
