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サンタの起源 聖ニコラウス伝説【解説】

【サンタクロースとは】

サンタクロースは、
3世紀ごろのトルコの司教。
聖ニコラウスの伝説
元になったと言われます。

セイント•ニコラウス→サンタクロース笑


サンタはどこから生まれたのか。
それでは伝説を見ていきましょう

後半では伝説の背景についても考察します。




【貧しい娘たちのための
      金貨の伝説】


サンタクロースの起源となった「貧しい娘たちのための金貨の伝説」を、時系列に沿ってまとめます。

背景  貧しい家族の存在

ある町に、結婚適齢期の娘が3人いる大変貧しい家族が住んでいました。



問題 結婚の危機と窮状

父親には娘たちを嫁がせるための持参金(お金)がなく、このままでは娘たちが身売りしなければならない状況にありました。



発端 聖ニコラウスが知る

司教であった聖ニコラウス(聖ニコラス)は、この家族の苦境を知り、深く憐れみました。


行動① 最初の金貨を投げる

聖ニコラウスは、人目を忍んでその家の窓や煙突から金貨を投げ入れました


結果① 長女の救済

投げ入れられた金貨は、たまたま暖炉のそばに吊るされていた靴下や、干してあった衣類の中に落ちました。この金貨のおかげで、長女は無事に結婚することができました。 



行動② 2度目の金貨を投げる

聖ニコラウスは再び夜、人知れず金貨を投げ入れ、次女も結婚することができました


行動③ 3度目の金貨と発覚

3度目も金貨を投げ入れることを予期していた父親は、誰がこの贈り物をしているのかを知ろうと待ち伏せをしていました。ニコラウスが3枚目の金貨を投げ入れたとき、父親は彼を見つけ、その足元にひざまずいて感謝しました


約束 秘密の厳守

聖ニコラウスは、自分が生きている間は誰にもこのことを話さないように父親に頼みました。彼は自らの善行をひけらかすことを望まなかったのです。


伝承へ
サンタクロースの起源に

この「金貨を窓や煙突から投げ入れ、それが靴下に入った」という伝説が、「サンタクロースが夜中に家に入って、靴下の中にプレゼントを入れる」という現代のクリスマスの習慣の起源になったとされています。






【子供を復活させた伝説】

聖ニコラウスが「子どもたちの守護聖人」とされるきっかけとなった、3人の子ども(または若い聖職者)の復活の伝説を時系列に沿ってまとめます。
この伝説は、金貨の伝説とは異なり、聖ニコラウスの持つ奇跡の力を示すエピソードとして語り継がれています。

背景
子どもたちの旅

3人の幼い子ども(または、旅の途中の若い聖職者)がいました。彼らは旅の途中で日が暮れ、帰宅できなくなってしまいました



宿探し
肉屋(宿屋)に泊まる

子どもたちは明かりが見えた一軒の肉屋(あるいは宿屋)を訪れ、一晩泊めてもらうように頼みました。肉屋の主人は快く(あるいは怪しく)彼らを迎え入れました


惨劇 主人の凶行

夜になり、欲深い肉屋の主人は、子どもたちを殺害し、遺体を細かく切り刻んで、塩漬けの樽の中に隠してしまいました。これは、肉として売りさばくため、またはミートボールにするためなどと伝えられています。


聖人の訪問
ニコラウスが宿に泊まる

その7年後(あるいはしばらく後)、聖ニコラウスが旅の途中でこの肉屋(宿屋)に泊まることになりました


奇跡の予知
食事でのリクエスト

夕食の際、聖ニコラウスは肉屋の主人に対して、「7年前に塩漬けにした肉が食べたい」とリクエストしました。ニコラウスは奇跡の力によって、主人の凶行を知っていたのです。


復活
子どもたちの蘇生

主人が恐れおののいているのを見て、聖ニコラウスは塩漬けの樽の前に立ち、神に祈りを捧げました。すると、塩漬けにされていた子どもたちの遺体が元に戻り、子どもたちは生きたまま樽から出てきたとされています。


伝承へ
守護聖人となる

この「殺された子どもたちを生き返らせた」という奇跡の伝説から、聖ニコラウスは子どもたちの守護聖人として広く崇敬されるようになりました。



まぁ有名な話ですよね。

特に金貨で子供を救った話は、
誰でも一度は聞いたことがあるでしょう。

しかし、これは単なる
あしながおじさんの話ではありません


ここからは深い考察ですが、
かなり衝撃的な話になりますので、
予め言っておきます。

そういうのが嫌な方はここまでで
おやめ下さい。

それでも読まれる方は、
覚悟して読んで下さい。


【解説】

当時、ローマの2割は奴隷。

あまり詳しくは書きませんが、
この頃の奴隷は男女共、
所有者の性奴隷としての役割も
担っていました


だから、これは丁稚奉公を止めたとか、
支援した程度の話ではない重みがあるのです

イメージでいうと、タランティーノ監督の
ジャンゴみたいな話に近いのかな?




まぁそんな、奴隷制度への嫌悪感は、
ローマ人自身にもあり、

奴隷解放の推奨や、
所有者と奴隷の間の平等観念を広げた
カトリックへの支持にも繋がり、
国教化へと踏み切る一つの大きな要素とも
なっているのです。

まぁ言ったら、
アメリカ建国初期の葛藤みたいな事が
既にこの時にあったわけですね。


カトリックの神父が妻帯禁止とか、
一夫一妻制しか認めないとか、
戒律が厳しいのには、
ローマ時代の反省も 
多く含まれている
のです。

聖ニコラウスはそんな、
ローマ人と、カトリックの価値観で揺れる
カトリックが公認され、
国教化するまでの過渡期の人

彼のエピソードが広まる事は、
ローマの文化を否定し、
カトリックを受け入れる
プロパガンダ的な側面もあったのです。


なかなかすごい話ですよね。
ただのおとぎ話じゃなく、ニーズが笑

イメージ伝わりにくい方は、
ジャンゴを見てみて下さいね笑



ちなみに、キリスト教を国教化した後は
ローマ帝国は80年で崩壊。

中世へと時代は移ります

政治と軍事はゲルマン人が担い、
元ローマ人は、カトリック教会を作り、
ローマの文化と知恵を後世へと伝えまし
た。


※本文中では「カトリック」と表記しましたが、聖ニコラウスの時代(4世紀)の正統派キリスト教は、「アタナシウス派キリスト教」と呼ばれていました。これは、現代のカトリック教会へと繋がる西方キリスト教の主流派です。

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