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乗れもしないミニカーをなぜ買うのか 【コラム】

今日の名言ですけども、

皆さんも子供の頃。
ミニカーを買って、嬉しい反面、

あれ?乗れもしないのに、
なんでこんな物買ったんだろう?

少しブルーな気持ちになった時
ありませんか?

まぁそんな気持ちを書いてみたんですけど。




私の経験で言うと、
戦隊モノのロボットかなぁ。

カッコよくて、合体させて、
飾って楽しいけど、

その一方で、なんで乗れもしないのに
買ってしまったんだろう。
と言うブルーな気持ちが…


けどこれ。大人になった今考えてみると、

「乗れない」からこそできる事でも
あるわけですよね。

戦隊モノのロボット。
実際乗れるものを作ったとしましょう笑

するとどうなりますか?


当然、クリスマスプレゼントなんかで
庶民の手に届く代物ではないですし、


1番の問題は、カッコよくならない

きっと、重心のバランスが取れない。
とか、これでは敵を倒せない。
そもそもロボにするより、飛ばそう…

みたいな理由で、
きっとカッコよくはなりません。

たぶん子ども達はゲッソリするでしょう笑



おもちゃで、実際に乗れないから、
あのカッコよさと
デザインになれるわけです。



そう考えれば、最初から「乗れない

と言うことは、虚しいポイントでも、
無駄でも、不謹慎なものでもなんでもなく、

だからこそ
デザイン、カッコよさ、コンセプト
と言う本物にはない
別の価値がある
わけです。




本物にはない価値

これで言うと、ブレイキン

これもそうですね。
元々ギャングの殺し合いで
強さを測ってたのを、

死者が出過ぎるから、
ダンスの上手い人の勝利にしよう。

と言うことにしたのがブレイキン。


とすると、そこに「命のやり取り」
と言う見方によっては、ある種本物の物を
無くすことで、

そこに芸術性や創造という
別の目的と価値が生まれる。

そりゃ殺し合いしてた
ギャングからしてみれば、
「そんなのは子供の遊びだ。

と言われるものかもしれないけど、
そこには本物の殺し合いにはない
新たな価値がある



将棋やチェスもそうですね。

元々は戦争が大好きな王様が、
戦争に明け暮れていたから、
見かねた部下が作ったゲーム

本当に戦争をするわけじゃなくなったけど、
そこにまた別の価値が生まれて、
今までちゃんと残ってるわけで。



SF小説もそうですよね。

最新の技術案や、研究中の研究を、
本当に実現させようと思うと、
法整備、資金、人々の認識…

とてもじゃないけど追いつかない物を、
なんかよくわかなんないけど、
とりあえずやってみたらこうなる!

と言うのを被害なく実験できる。

そんな側面もあるわけです。


それは、まぁ確かにある種不謹慎で、
事実とは違うかもしれないけど、

ジュールヴェルヌの月世界旅行がなければ、
ロケットもないし、人工衛星もない。


そう考えると、これはまた別の価値がある。


演劇や芸術、ハリウッド映画なんかも
割とこの要素があると思います。


そりゃ確かに本物と比べてしまうと、
弱いし不謹慎な物で無価値かもしれないけど

そこには、
本物にはない全く違う価値というものが
あるんですよね。

だから本当は本物と比べてしまう事自体
ナンセンスなのかもしれない。

※あくまで個人の感想です。

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