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【短編小説】卵とラーメンのあいだ

 パリン、と乾いた音がして、黄身が机の端から静かに流れた。

 「あー……」

 ため息とも、うめき声ともつかない声を漏らして、俺はキッチンペーパーを探した。早朝、いや昼前のぼんやりした光が、落ちた卵の中でやけに鮮やかに輝いていた。チキンラーメンが食べたかっただけなのに。卵を割る、それだけのことが、今日はうまくいかない。

 机の上に散らばった白身を拭いながら、俺はふと思った。
 ああ、最近、こんな風に小さなことばかりがうまくいかないな、と。

 机に広がった白身を見つめていると、なんだか急に腹が立ってきた。
 こんなことでイラついてもしょうがないってわかってるけど、朝からずっと何も上手くいかない気がして、なんだか気持ちが収まらない。

 冷蔵庫の扉を閉めるときの音、トーストの焼ける音、時計の針が進んでいく音。
 それらがやけに耳について、ふと、すべてが自分の気分に反しているように感じられる。
 卵一つ割れない自分が情けなくなった。

 ふと、昔、誰かに言われたことを思い出す。
 「小さなことにこだわりすぎないで、もっと大きな視点で見たら?」って。
 でも、どうしても小さなことが気になるんだよな。毎日の何気ないことが積み重なって、いつの間にか心を押し潰すみたいに。

 ため息をついて、拭いた机を見つめる。
 このままだと、昼過ぎにはまた何かしら無駄に疲れてる自分を見つけるんだろうな。
 でも、別にそれでもいいのかもしれない。今日はこれで良しとしておこう。

 もう一度卵を手に取り、今度はゆっくりと慎重に割ってみる。
 今度こそ、きちんと割れる。
 チキンラーメンに卵を入れる、そのただそれだけのことが、なんだか少し嬉しくなった。

 卵が入ったチキンラーメンを食べる準備が整った。
 湯気が立ち上り、ほんのりとした香りが部屋に広がる。
 その香りが、どこか懐かしくて、落ち着く。

 ラーメンの上に蓋をして、静かにそのまま置く。
 時計の針が、またひとつ動くのが聞こえた。

 何も特別なことはなかったけれど、ふとした瞬間、心が穏やかになった気がした。
 もしかしたら、これが一番大切なことなのかもしれない。
 今日も無事に終わる。そんな普通の一日が、なんだかありがたいような気がした。

 湯気をもう一度感じながら、蓋を少しだけずらして、ラーメンの中身を見つめた。

 これから食べる、シンプルなひととき。
 それが心地よくて、少しだけ嬉しかった。

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棚島 香帆汰(たなしま かほた) よければ応援していただけると嬉しいです。 いただいたチップは、私の物語のページを少しずつ彩る力に変えさせていただきます。