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映画『正欲』 「正しい」の境界線で、静かに息をする 【映画感想文】


先日観た映画『正欲』の残響が、まだ胸の奥で静かに、けれど確かに波打っています。
岸善幸監督が映し出したあの世界は、私たちが普段「多様性」という便利な言葉で塗りつぶしている日常の、そのすぐ裏側にある「深淵」を覗かせるものでした。

この映画を観終えて、私の中に真っ先に浮かんだのは、” 感情は ” 誰に何を言われようと、ただそこにあるだけで肯定されるものなのだろう。という、祈りに近い確信でした。


ポッドキャスト風動画



あらすじ

歩き慣れたこの世界は、どう見えるのかな―― 不登校の息子が世間から断絶されることを恐れる検事の啓喜。
ひとつの秘密を抱え、自ら世間との断絶を望む寝具販売員の夏月。夏月の中学の同級生で、夏月と秘密を共有する佳道。
心を誰にも開かずに日々を過ごす大学生・大也。自分の気持ちに戸惑いながらも心に従おうと邁進する、大也と同じ大学に通う八重子。
無関係に見えたそれぞれの人生が、ある事件をきっかけに交差する。


繋がれない孤独と、零れ落ちる「ありがとう」

物語のなかで、稲垣吾郎さん演じる寺井啓喜という人物は、ある種「マジョリティの象徴」として描かれます。彼の振る舞いを見ていると、胸がチリチリと焼けるような感覚を覚えました。

例えば、奥さんが用意してくれたご飯に対して、彼は「ありがとう」を言いません。あるいは、自分が風船を膨らませられないという小さな欠点(弱い部分)を、素直に認めることができない。
これらは些細な描写に見えますが、私には彼が「自分こそが正しい世界の中心にいる」と強く信じ切っている傲慢さの表れに見えて、ひどく苦しくなったのです。

一方で、磯村勇斗さん演じる佐々木くんが、卵焼きをもらって真っ直ぐに「ありがとう」と言うシーン。
その一言の重みに、私は涙が出そうになりました。
「正しい」とされる枠組みから外れ、誰とも繋がれない絶望の淵にいる彼にとって、他者から差し出された温もりを受け取ることがどれほど奇跡的なことか。
その対比が、言葉以上に雄弁にこれまでの「孤独の深さ」を物語っていました。


水の音に聴く、生と死の境界

新垣結衣さん演じる夏月さんの存在は、佐々木くんと同じように常に「水」のイメージと共演していました。
けれど、その水への思いと感触は佐々木くんのものとは少し違うのかもしれないと、私には思えました。
彼女が抱く水へのイメージには、常に「死」が隣り合わせにあるように私には感じられました。

最初のベッドのシーン、そして佐々木くんの家の窓ガラスを叩き割った瞬間に響いた、あの水の音。
彼女が水に深く魅せられるとき、消失や破壊と言ったイメージと水が重なるように描かれていたように感じます。

さらに作中で語られる「明日を生きたいと思えるように、今日を生き延びるために、息を潜める」というキーワード。
テレビの中で繰り広げられるLGBTQのパレードで、華やかに声を張り上げる人たち。それ自体は素晴らしいことですが、夏月さんたちは、その「光り輝く多様性」というカテゴリにさえ入れてもらえない、全く別の人種のように見えました。
声を上げることすら許されない透明な存在。
その静かな絶望が、私の心の柔らかい部分を何度も突き刺してきます。


突きつけられる「正義」の整合性

佐藤寛太さん演じる諸橋大也が、同級生たちが語る薄っぺらな「ダイバーシティ」の綺麗事に正論パンチを食らわす場面。正直、私は心のどこかで「もっと言ってやれ」と快感を覚えていました。
世の中が言う「多様性を認めよう」という言葉が、いかに自分たちが理解できる範囲の「都合のいい多様性」に限定されているか。それを大也は、鋭く暴いてみせます。

そして、この物語が最後に突きつけてくる最大の問題。
それが「小児性愛(ペドフィリア)」という存在です。
朝井リョウさんという作家の、ある種の「底意地の悪さ」を感じずにはいられません。
なぜなら、夏月や佐々木が抱く特殊な性癖(水への愛着)とそれによって繋がりを得た彼女たちの関係性を「誰にも迷惑をかけない純粋な愛」として肯定しようとすればするほど、観客である私たちは、同様に「誰にも理解されない欲望」を持つ小児性愛者をどう扱うべきかという矛盾に直面させられるからです。
彼が少年に抱く『感情』を否定する事は出来そうにない。でも、それを行動(社会の規範に照らした場合に犯罪となること)に移してしまった場合に、その『感情』までをも否定してしまっていいのか? 夏月と佐々木との関係性を尊いと私は確かに賞賛しているのに?

感情に優劣や格付けを持ち込もうとすると、どこかで必ず整合性が取れなくなります。
「この感情は綺麗だからOKだけど、こっちは不潔・不快だからNG」
そんな風に線引きをすること自体が、結局は寺井啓喜と同じ「正しさの押し付け」になってしまう。この逃げ場のない問いを突きつけられたとき、私は暗闇の中で立ち尽くすような感覚に陥りました。


茨の道を選び、それでも呼吸を続けること

また、東野絢香さん演じる神戸八重子の描写も忘れられません。おそらく兄から受けた性暴力の傷を抱えながら、それでも男性を好きになってしまう。
「それもまた、茨の道だなぁ」と、彼女の痛みが自分のことのように伝わってきて、胸が締め付けられました。
嫌悪すべき対象を求めてしまう矛盾。けれど、その感情に嘘はつけない。

この映画に登場する人々は、みんな何かしら「歪んだ」——と形容されるかもしれない欲望を抱えています。でも、その歪みこそが彼らにとっての「正欲」であり、生きていくための唯一のよすがなのです。
私たちが「普通」と呼んでいるものは、実は単に「数の多い側」にいるというだけのことに過ぎないのかもしれません。


最後に:あなたのなかの「水」を否定しないで

『正欲』という作品は、答えをくれません。むしろ、私たちが持っていた生ぬるい優しさを剥ぎ取っていくような映画です。 けれど、鑑賞後の私は、不思議と少しだけ救われたような気持ちにもなっています。

それは、たとえ誰にも理解されなくても、たとえ言葉にすれば「異常」だと切り捨てられるものであっても、自分が抱く「感情」そのものは誰にも汚せない聖域なのだと思えたからです。
明日を生きるために息を潜めているあなたへ。
大きな声を上げられなくても、何かの色に染まれなくても、あなたが今そこで静かに呼吸をしていること、その重みを私は肯定したい。

この映画が描いたのは、断絶ではなく、絶望を共有することでしか得られない、か細い「繋がり」の物語だったのだと思います。




投稿日:2026/03/22

筆者:棚島 香帆汰(プロフィール
映画好き小説も書いてます


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