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義実家とのちょうど良い距離感とは?|近居義実家の離婚物語

こんにちは。
7歳と5歳の子どもを育てながら働くワーママです。
日々の暮らしの中で感じたことや、記録しておきたい出来事をnoteに綴っています。
今日は、noteをはじめてからずっと「書こうかどうしようか」と迷っていたテーマ――
『義実家との付き合い方』について。

私自身、もともとは良好だった義実家との関係にヒビが入り、悩んだり苦労したりしました。
けれど、試行錯誤を経て今では「ちょうど良い距離感」で接することができています。
この過程を綴ることで、同じように義実家との関係に悩んでいる方、モヤモヤしている方にとって、少しでもヒントになればと思っています。

この記事は、我が家の義理実家との具体的な変遷の中で、下記のようなポイントでまとめています。


・義実家との軋轢に悩んだときの気持ちの整理方法(許容できる点と出来ない点の整理)

・具体的な距離の取り方(義実家と会う頻度・会う方法)

・子どもたちへの影響と思い

・義実家の助けが得られなくなったあとのワーママとしての働き方

記事を通して、今義実家との関係に悩まれている方が、

この方法試してみようかな
こういう距離感ちょうど良いかも
ワーママとしてこうしてみよう

などと何かヒントに思ってもらえたら嬉しいです。
※プライベートな内容も多く含むため、途中から有料記事にさせていただきます。

義理両親との出会い

義理の両親と初めて会ったのは、夫と付き合って半年ほどの頃。(今から15年ほど前です)
素敵な料理屋さんでご飯をご馳走してくれ、気前が良くて優しいお義父さんとお義母さん、という印象でした。
その後も何度もお会いし、豪華な家や外車、そしてよく外食に連れて行ってくれる姿に、私は「素敵な夫婦だな」と思っていました。
ただ、当時から「夫と義父は仲が良くない」とは聞いていて、振り返ってみると、二人が会話している場面を一度も見たことがありませんでした。

義父の評判 親戚からは評判が良くない様子

交際から5年ほどが経ち、結婚が現実味を帯びてきた頃。
義父は親戚の間ではとても評判が悪い、と耳にしました。
「自分勝手で家族に迷惑をかけてばかり」と義母や夫が話していたのを覚えていますが、当時の私にはあまり実感がありませんでした。

最初の違和感 義父の怒り

結婚後すぐ、私たちは義実家から徒歩10分ほどの距離に家を建てました。
入居作業を手伝ってもらっているとき、義母が私に義父の愚痴をこっそり漏らしたのですが……それを義父に聞かれてしまい、「誰に言ってるんだ!」と激昂。
初めて見る義父の怒鳴り声、そして怯えたような義母の顔。
胸に引っかかるような違和感を覚えた瞬間でした。

義母との関係 子育てスタートを助けてもらった義母との日々

その後、義父は単身赴任に。結果的に5年間、義母は一人暮らしをすることになります。
私が妊娠中のころ、毎朝駅まで送ってくれたり、大雪の日にはスコップを持って道を作りながら一緒に歩いてくれたり……。
孤独になりがちな育休中も、義母とおしゃべりしながら子育てできたことは大きな支えでした。
孫を本当に可愛がってくれて、私はお義母さんにとても感謝しています。

義父母の関係の悪化 モラハラの気づき

コロナ禍も義父は東京で単身赴任を続けていました。
最初の緊急事態宣言が出たころ、義父は東京でステイホームせずに飲み歩いていたようで、案の定コロナに感染😓 しかもその状態で地元に帰ってこようとする事態に。
私たちが住むのは地方の田舎町です。「東京でコロナに感染した人が、そのまま地元に帰ってくるなんて!」と家族みんなで騒然としました。
今となればコロナとの付き合い方も理解できますが、当時は「なんて非常識なんだ!」と、家族や親戚もびっくり。
この件が、義母の中で「この先一緒に暮らせない」と決意する決定打になったようでした。
後から知ったのですが、義母は長年義父からモラハラを受け、精神的に支配されていたようです。単身赴任中にはじめて離れて暮らすことで、これまでの生活がどれだけ異常だったかを理解したと言っていました。

義父定年退職 単身赴任の終わり

そんな中、義父が定年で単身赴任を終了し、地元に帰ることが決まりました。
単身赴任だったからこそギリギリ保てていた夫婦関係。しかし、義母は「今後一緒に暮らすことはできない」と決心し、弁護士を立てて離婚を宣言しました。


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