許すには、大きすぎる
不倫はいけない。もちろんだめです。これがおそらくこの賛否両論分かれる物語を受け入れるうえで最大の壁として立ちはだかる、ごく普通の倫理観。私ももちろん現実の世界では全然許せませんが、でも船の上のフレッドの行いはなんだか、許せてしまったのでした。いろんな理由があるけど、一番はおそらく「船の上の」姿であり、そしてそこに収まっているから。
良くも悪くもこの作品は船の上で過ごす4日間だけを描いていて、そこに至るまでの描写と、降りた後のシーンは特にありません。(幼少期と結婚式のシーンは一瞬だったのでノーカンで。)私は多分、その描き方がすごく好きで。長く続くフレッドたちの人生の中で、彼らが船の上で過ごす4日間だけを切り取った物語を私たちは目撃している。そうして美しく切り取られた物語としてみていたから、フレッドの行いも許せる気がしたのだと思います。
とは言いつつ、直接ではなくともフレッドが今までどんな道のりを歩んできたのかをうかがい知ることはできます。そこに欠かせないのはアンソニーの存在。アンソニーは、幼馴染と再会して妻がいる身にも関わらず大恋愛に走ろうとするフレッドを見て、「彼のこんな姿は初めてみるんだ」と言います。フレッド自らこれまでの人生は常に周りの期待に応えるために生きてきたというぐらいだから、実際そうなのでしょう。でも彼の素はきっとそんな器用な性格ではなくて。真面目だろうしその分優秀でもあるんだろうけど、でも優秀すぎないというか。「あいつ真面目だし勉強できるけどなんか抜けてるよなー」って言って、大学で自分よりも遥か成績が下の同級生にいじられながらも愛されてる姿が容易に浮かびます。いじってる同級生の筆頭は絶対にアンソニー。課題にギリギリまで手を付けずに留年しかけるアンソニーに懇願されてなんだかんだフレッドが手伝わされていたり。でも新しいコミュニティーですぐに打ち解けられるのはいつもフレッドよりアンソニーだったり。お互いへの遠慮のなさから一緒に過ごしてきた様子が垣間見れて、二人のシーンは劇中のお気に入りです。
だから、船の中で道理にはずれたことをしてるけど、彼の今までを考えれば許してやってもいいかなって思ってしまう。きっと誘惑も多かった学生生活の中で、常に努力し続けてきたと言い切れるのは、本当にすごいことだと思います。それには相当な自律心が必要ですし、私が学生という立場だからこそ、フレッドのその部分を人一倍大きく感じてしまうのかもしれません。
そりゃ、卒業してから働き始めるまでのつかの間の船旅、ちょっと羽目を外したくもなる…。そして船を降りたら、きっと彼は今までのようにまた与えられたものを大事にしながら生きていくでしょう。フレッドが決められた結婚を反故にするところはどうしても想像できないし、彼自身の中でもその選択肢はさすがにありえないものだとちゃんとわかっているように感じます。だからこそ、アメリカに着いたら二度と元には戻れないことを十分に理解しているからこそ、限られた時間の中で思いがより強く燃え上がる。
この作品の中で描かれているのはたった4日間の船旅だけど、フレッドの今までの人生、これから歩んでいく人生がそれとなくうかがえる。その切り取り方、見せ方の塩梅が絶妙で、そんな描かれ方だったからこそ私は、彼の不完全なところも含めて好きになってしまったんだと思います。
さて、ここまで読んでくださった方はもしかしたらお気づきかもしれません。そう、タイトルと感想の中身とでは真逆のことを言ってるんです。
だから私は彼の罪について
決して言うまい
許すには大きすぎる と
…とここで感想を終えられたら私が大好きだった本編のタイトル回収の流れと同じでとても綺麗だったんですが…。書いていたらとても納められそうになかったので、蛇足にもう少しお付き合いください。
「決して言うまい
愛するには短すぎると」
そう二人が歌って物語は終わりますが、そして四日間で切り取られた物語だから美しいのだと自分であれほど語ってきましたが、フレッドたちの今後についてはやはり考えてしまいます。
フレッドは社長として、間違いない人生を歩んでいくでしょう。たまにアンソニーが冷やかしがてら奢られに押しかけたりもして。大企業の社長という大きな肩書が加わることで御曹司に向けられる期待はより一層重くて大きなものになると思います。そんな時に、船で過ごした時間が、一瞬でも我を忘れて突っ走った自分がいたという記憶が心の片隅で彼を支えることもあるんだろうか、と想像するのは夢見が過ぎるかな。
バーバラは…フレッドを忘れて幸せになって欲しい。私がフレッドを許せるのとは別で、バーバラには「他の男見つけな⁉︎」と言います。左手の薬指を光らせながら「死ぬまで君を愛してる」なんて言ってくる男のことはさっさと忘れましょう。でもフレッドはフレッドで指輪を外さずにいることに特に大きな意味はないのかなと思ってます。喧嘩売ってんのか?って言われて喧嘩好きですか?って返すような男なので、朝いつもの癖で付けて1日そのままにしてるだけかなって。バーバラにとって昔の彼との一番の思い出が「劇場をつくってあげる!」という会話だったことを考えると、女優を目指す彼女にとってとても勇気づけられる言葉だったのかなと想像してしまいますが、船での再会を経て改めて別れた後は、きっとそこに未練はないんじゃないかな。フレッドがけじめを付けられなかった未練を断ち切ってあげたのはバーバラの方だと思うので、彼女ならお母さんのこととかがいろいろ落ち着いた後に、きっとまた夢に向かって歩き出せる。別れ際の健気で凛とした背中をみてるとそんな風に信じられます。
「愛するには短すぎる」本当に大好きな作品です。いろんな背景をもって生きてきた人たちの人生が、そこで交差する瞬間に放つ輝きを描いた物語。フレッド、バーバラ、アンソニー以外のところでもびっくりするほど物語が動いていて、初見では追えなかった部分が二回目の観劇でびっくりするほどすんなり入ってきて感動しました。船長も、オコーナーも、ドリーも、他にも数えきれないほどの乗員乗客たち。船を降りてもそれぞれの生活は続いていく。それが乗る前の自分より少しでも明るいものでありますように、ときっと船を降りながら抱く願いは、舞台を観て劇場を出るときの感情に似てるのかもしれないな、なんて思ったのでした。
