能ある鷹は、その爪を ~『黒蜥蜴』考察~
能ある鷹は、爪を隠す。
なぜ隠すのか?それは、特異な能力を持っていても謙虚であることで集団からはみ出さず、協調しながら生きていくためなのでしょう。
明智も黒蜥蜴もあまりに世間からはみ出した存在で、すべてが反対にあるような性質を持っているのにその異質さはむしろ共鳴しているようにも見えて、だから互いに惹かれあっていく。独り磨き続けてきたその爪を、隠す必要がどこにあると思いながら。
観劇している間、明智をみていると何度も同じ言葉が頭に浮かんできました。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
どこかの偉人が残した言葉だったと思います、細かな背景はさておき、私はこの言葉がもともと大好きで。自分の能力だけを信じ、どんな環境でも生きていく逞しさみたいなものを感じるからでしょうか。明智を見ていると、社会に対する諦観というか、自分以外には何も期待していないように感じます。ただそこに絶望とか悲壮感とかは全く感じなくて、ただ頭が切れすぎる明智には大抵のことは底が知れていて、自分に驚きや感動をもたらすほどのものはないだろうと諦めている。だからこそ自分を興奮させるほどの面白いものを見たいという欲と、それを自分の力で手に入れてみせるという圧倒的な自信を感じます。まるで能ある鷹が、その爪を隠さず生きるように。
深いところまで考察しようとすればするほど、明智と黒蜥蜴の内面は皮肉なほどに対になっているなあと感じます。本能のまま、心の一番繊細な部分までむき出しにして自分でも制御できずに突っ走る黒蜥蜴に対して、明智は自分が選択するすべての行動についてその理由を説明できそうな感じとか。孤独が苦になるタイプにはとても見えないし一人で生きていけるだけの能力もあるであろう明智が、割と大人数の部下を抱えて探偵事務所を構え、警察や依頼人とも幅広く交流を持っている理由。別に孤独に生きようと思えば生きられるけど、それじゃ面白くない。多少の非効率も予定不調和も、甘んじて受け入れながら謎を解決していく方がよっぽど面白いことを明智は知っている。
犯罪の持つ夢の要素に心から惹かれながらもその一線を越えない理由もそこから来ていると思います。別に倫理観とかじゃなくて、ただ自分が犯罪を犯して謎を作るよりも他の誰かが残した謎を解き明かす方がずっと難しくてずっと面白いから。(映画『爆弾』の類家に似たものを感じています)
異質な存在ながらもいろんな人との関わりを全く苦に思っていなさそうな明智は、人生を「おもしろく」するために自分でセッティングしたいろんな仕掛けの中で日々生きているのでしょう。そう考えると、『黒蜥蜴』という作品の中で明智の存在はあの世界観の、あの物語の土台をなしている存在だな、と。
対して、その土台の上を変幻自在に変化し、突き抜けていくのが黒蜥蜴。明智の抱く諦観に対して黒蜥蜴は実はすごくもろくて傷つけられやすいというか、驚くほどに純粋だなと思います。犯罪者ではあるけど、ギリギリを攻めているようで自分が勝てる勝負しか挑まないところとか、幼い少女のような内面を本当は誰かに知ってほしいと葛藤しているところとか。でもそれを誰にも悟られずに数々の盗難をやってのけるだけの胆力も持ち合わせていたから、幸か不幸か、そんな不安定なまま彼女は今日まで生きてこれてしまったのでしょう。そんな清らかで残酷な犯罪者のうちにある純粋な心に初めて迫ったのが、他でもない明智だった。その内面を見抜いたその男を、黒蜥蜴は無意識のうちに愛し、そして同時に心の底から憎んだ。
「おもしろさ」を追求し続ける明智に対して、黒蜥蜴が求め続けたものは「完璧な美」かな、と。圧倒的な美しさでも足りない、完璧で永久な美を彼女は求めていたのだと思います。だから宝石を集め、美しい人間を集め、その自然な老いを許さず剥製に変えていく。自分自身に対しても、完璧な美しさ以外は許さない。だから誰かを愛して揺らぐ心などは到底受け入れられない。もともと、明智と出会う前から「もしも愛してしまったら殺すほかないわ」と歌っていましたが、実際に自分の心の深いところにまで入ってくる彼と出会い、予想を超えてそれに揺らぐ心を自覚した時、やはりそのまま生きていくという選択肢は彼女にとってはあり得なかったのでしょう。
世の中に何も期待していない男が、罪悪感なんて抱いたことのなさそうな名探偵がたじろぐほどに純度の高い愛。今まで解決してきたどんな事件の犯人にも、それどころか今までに出会ってきたどんな人間にも彼女ほどの純粋さを持つ者はいなかった。
でもそんな黒蜥蜴だから明智は、そしてそれを見抜く明智だから黒蜥蜴はあれほど惹かれあったのでしょう。明智の視点でいえば、ある種突き抜けた黒蜥蜴の存在は彼がずっと探し求めていた「おもしろい」ものに該当するのでしょう。しかし黒蜥蜴にとっては、自分の「美しさ」を乱す力を持つ唯一の存在であった。(逆にいうと黒蜥蜴に心酔する潤ちゃんの存在はむしろ彼女の美しさを際立たせる存在で、だから黒蜥蜴は彼を好ましく思って近くに置いていたのかな、と思ったり)
明智には黒蜥蜴しかいないし黒蜥蜴には明智しかいない。運命で引き寄せられた二人ではありますが、出会ったら最後、迎える結末が黒蜥蜴の死であることも決定づけられているように思います。出会うべくして出会い、滅ぶべくして滅ぶ…なんて残酷な…そしてなんて生田先生の好きそうな筋書き…
唯一無二、いや唯二無三に輝くその爪を隠さなかった明智と黒蜥蜴。だから二人はこの世界で出会い、そして燃え上がるような愛の末にあの結末を迎えたのでしょう。
最高の舞台でした。この作品を生で観ることができて心から幸せです。
追記
この物語の結末には無限の捉え方があると思っていますが、私が観た回では最後、明智は静かに笑っていました。心の中の苦いものを懐かしむような、でも決して苦しそうではない静かな微笑み。カルトワインの対談で「桜木さんの笑顔があの物語のオチ」と栗田先生がおっしゃっていたようにまさにあの物語の、明智と黒蜥蜴の物語の結末が集約されたような表情でした。唯一無二の犯罪者と出会い、その交わりによって彼の心に刻まれたものは、きっと永遠に上書きされることはないでしょう。でも出会えて良かったんだと、彼女が選んだ破滅までの2人の道のりは、悲しいだけのものではなかったんじゃないかな、そう解釈しています。
