大河小説 国父の剣 第39回:倒幕の勅命
慶応三年(1867年)十二月 京都御所
大政奉還後も徳川慶喜は依然として巨大な勢力を保ち、久光が望む「慶喜抜きの新政府」の樹立は難航していた。久光の政治的奇策は、武力倒幕の大義名分を生み出す段階に入った。
久光は、大久保利通と岩倉具視ら公卿たちと連携し、慶喜を新政府から完全に排除するためのクーデターを決行した。
慶応三年十二月九日。京都御所にて、久光、山内容堂(土佐)、松平春嶽(越前)ら有力大名を招集した会議が開かれた。大久保と岩倉の周到な準備により、この日、朝廷から「王政復古の大号令」が発せられた。
「摂政・関白、幕府を廃止し、総て神武創業の昔に復する!」
この号令は、大政奉還によって形式的に継続していた徳川家との関係を完全に断ち切り、天皇を中心とする新政府(三職:総裁・議定・参与)の樹立を宣言するものであった。久光は、新政府の最高意思決定機関である議定に任命された。
「ついに、この薩摩の手で実現した……」久光の胸中には、深い感慨が去来していた。
このクーデターにより、久光は新政府の樹立に決定的に貢献した。彼の冷徹な現実主義と、長年の「藩の安定」への執着が、最終的に日本の政権交代を成し遂げたのである。
しかし、この一方的な決定に対し、慶喜は激しく反発した。
久光の真の勝利は、この号令の数日前に、彼が極秘裏に入手した「討幕の密勅」にあった。これは、慶喜に対する武力討伐を朝廷が命じるものであり、久光の非情な準備の集大成であった。
久光は、西郷隆盛を呼び出した。
「西郷。大政奉還という和平の道は閉ざされた。慶喜は新政府に屈服せぬ。今こそ、お前の出番だ。この密勅をもって、京より慶喜の軍勢を一掃せよ」
西郷は、長年の武力討幕の願いが叶うことに、興奮を隠せなかった。
慶応四年(1868年)正月。旧幕府軍は、新政府の中枢である京へ向けて進軍を開始した。新政府軍の指揮を執るのは、西郷隆盛であった。
久光は、新政府の会議で冷静に指示を飛ばした。「西郷には、戦いを長期化させるなと伝えよ。一戦で決着をつけ、慶喜に朝敵の烙印を押せ」
鳥羽・伏見の地で両軍は激突。薩摩の近代兵器と西郷の巧みな采配、そして「錦の御旗」という大義名分を掲げた新政府軍が圧倒的な勝利を収めた。
この鳥羽・伏見の戦いを皮切りに、日本全土を巻き込む戊辰戦争が勃発した。久光は、京の地で新政府軍の軍事指導者として、戦いの流れを決定づける采配を振るうこととなる。
彼の長年の「藩の安定」への誓いは、「新国家の安定」へと形を変え、久光は自らが主導した維新という名の激流のただ中に身を置くこととなった。しかし、久光は既に、この新時代が彼自身の理想とは異なる方向へ進むのではないかという、深い懸念を抱き始めていた。新政府は、久光が重んじる伝統や国学の精神よりも、欧米の知識と技術を最優先にする道を選ぼうとしていたからである。
(第40回「戊辰の火蓋」へ続く)
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