大河小説 国父の剣 第6回:お由羅騒動、勃発
嘉永2年(1849年) 薩摩国 鹿児島
天保の改革失敗後も財政再建の遅れが目立っていた薩摩藩は、藩主・斉興の指導力への疑問と、世子・斉彬の急進的な集成館事業への反発、そして何よりも寵愛を受ける生母・お由羅の方の存在が絡み合い、火薬庫のような状態にあった。
そして嘉永二年、ついにその火薬庫に火がつけられた。
発端は、斉彬を藩主に擁立し、由羅派の重臣を排斥しようと計画した斉彬派の若手藩士たちによる、由羅の暗殺未遂計画の露呈であった。
事件は、極めて周到な計画であったにもかかわらず、由羅派の機密情報網によって事前に察知された。由羅派は、ただちに藩主・斉興に報告。斉興は激怒し、事態は一挙に由羅派による斉彬派の徹底的な弾圧へと傾いた。
重富邸にいた久光は、この報せを耳にしたとき、座していた畳の上で、思わず身震いした。
「母上が……暗殺されかけた、と?」
由羅が斉彬の命を狙ったという噂は、以前から城下に流れていた。しかし、逆に斉彬派が由羅の命を狙ったという事実は、久光が予測していた内紛の規模を遥かに超える、血を伴う「お家騒動」の勃発を意味していた。
久光の側近の一人が、血相を変えて駆け込んできた。
「殿、城下は騒然としております! 斉彬派の藩士たちが次々と捕縛され、彼らの屋敷は由羅派の者に囲まれています。これは、斉彬様への、決定的な揺さぶりでございます!」
久光の脳裏に、斉彬の雄大な集成館事業の影と、母・由羅の慈愛に満ちた、しかし狂気じみた愛情が、同時に去来した。
(ついに始まったか……。私が最も恐れていた、藩の自壊が)
久光は、すぐさま城へ向かうことを決断した。このまま重富邸で静観していれば、彼は騒動から免れることができるだろう。しかし、彼は斉興の実子であり、由羅の実の息子である。この血縁こそが、彼が藩の混乱を収拾するために残された、唯一の武器であった。
久光は、藩主斉興と由羅の前に進み出た。
「父上、母上。この度の騒動、嘆かわしい限りでございます。しかし、今こそ藩主の御威光をもって、血を流すことを止めねばなりませぬ」
斉興は、由羅派の重臣たちに囲まれ、疲弊しきっていた。彼は、由羅から斉彬の陰謀の全貌を聞かされ、長男への不信感を募らせていた。
「久光よ、お前は何もわかっておらぬ! 斉彬は、我の寵愛する由羅を、そして、あるいは我までもを排除しようとしたのだぞ!」
由羅は、久光の姿を見て、目に涙を浮かべた。
「統之助……あなたは私の息子。この騒動は、あなたを藩主に立てるための、天命なのです。あの冷徹な斉彬が藩主になれば、あなたの立つ瀬はなくなります。あなたは、今こそ斉彬を糾弾し、私たちと共に立つべきです」
久光の心臓は、激しく脈打った。彼の立つ瀬は、まさにこの一瞬の決断にかかっていた。由羅の願いに従えば、彼は藩主の座に最も近い立場となる。しかし、それは、薩摩藩を二分し、西洋列強の脅威を前に、内側から崩壊させることに繋がる。
久光は、静かに膝を突き、由羅を見つめた。
「母上。私は、母上のお心は痛み入ります。しかし、この騒動の本質は、斉彬様が正しいか否かではありません。この薩摩という国が、この混乱に耐えられるか否か、でございます」
久光は、斉彬の集成館事業が、国難において不可欠なものであることを知っていた。この時代、内輪の争いで国力を消耗することは、薩摩の滅亡を意味する。
「斉彬様は、世子として、すでに多くの支持を集めておられます。今、彼を失脚させれば、藩は必ず二つに割れ、血の応酬が始まります。それは、父上様の御治世、そして薩摩の歴史に、拭いきれない汚点を残します」
久光は、藩主斉興の威厳と、由羅への愛情、そして藩の安定という大義の間で、最も冷徹な選択をした。
彼は由羅の説得に応じず、斉彬を擁護する立場を取ることで、騒動を鎮静化させ、藩主斉興に「血の報復」の停止を強く求めた。
斉興は、久光の冷静な進言と、藩論をこれ以上混乱させたくないという思いから、由羅派の要求する斉彬の死罪を退けた。しかし、由羅の面子を保つため、斉彬の謹慎と、彼を支持した多数の藩士の処罰は断行された。
これにより、藩内の若手藩士や、久光の側近にも、多数の処分者が発生した。久光は、彼らを救うために奔走したが、血の裁きは避けられなかった。
藩主の後継者争いは、表面上は由羅派の勝利に終わった。斉彬は謹慎し、彼の派閥は徹底的に弾圧された。
しかし、久光は知っていた。この騒動の真の勝者はいない。ただ、薩摩藩の安定という名の、大きな犠牲が払われただけだと。
重富邸に戻った久光は、一人、月明かりの下で座っていた。彼の心は、母を裏切ったことへの罪悪感と、志を同じくする者たちを見殺しにしたことへの痛恨の念で満たされていた。
「私の選んだ道は、冷徹すぎるか……」
彼は、私的な感情を一切排し、藩という国家の存続という大義のために、行動した。藩主となるべき者の道は、常に孤独で、非情でなければならない。久光は、このお家騒動の痛みと混乱を、生涯、忘れることはなかった。
この血の裁きと苦悩が、後の久光を、公武合体という現実主義的な政治路線へと突き動かす事となったのである。
(第7回「血の裁き」へ続く)
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