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上野天神祭3/3(だんじり2/2) 25/10/19

六番 小蓑山 (小玉町)

 見どころは本祭の巡行に掛ける刺繍の見送幕。朝鮮通信使が描かれ、鎖国体制の江戸時代でわが国にやって来る外国人は、非常に珍しいものだった。朝鮮通信使は伊賀地域を通行することは無かっただけに特に珍しい。

しるし 三社の託宣(たくせん)  伊勢神宮、石清水八幡宮、春日大社の三社の神のお告げの意。
小玉町のしるしは町の紋形である分銅型の外郭の中に天照皇大神と八幡大菩薩、春日大明神を配置
天幕は群鳥。胴幕は帰去来の図、山園小梅の図。裃をつけ笛を吹いている
見送幕の朝鮮通信使図
曳方の法被には、楼車の名前の由来となった松尾芭蕉の名吟「初時雨さるも小蓑をほしげなり」が、小玉町の象徴の分銅紋とともに染め抜かれている。

巡行時に角を曲がる時の「辻廻し」用の小さな車輪。後部の車軸とは直角に設置され、ハンドルを回して小さな車輪を下げる。すると移動用の大きな車輪が持ち上がる。この車輪を左右に動かしだんじりを左右に動かす。この小さな車輪を「万力」という。
このだんじりだけは万力を使わずにてこだけで辻回しをした。

七番 薙刀鉾(新町)

 だんじりとしるしに使われる最高級の織である刻糸6点の内5点が、その他の綴織12点の内6点が新町のだんじりとしるしの懸装品(幕)。その中でも見送幕「蘭人巌上に遊ぶ図」は平成28年(2016)に3年の年月をかけ1783年の新調当時を再現。

しるし 白楽天。嘉永4年(1851)9月、京都丸屋利兵衛の作。近年、 松の木を添え衣裳も新調。
嘉永4年9月、京都丸屋利兵衛の銘
天 幕 前後は旭日に鳳と凰、左右は麒麟遊の図。
水引幕 富士の裾野の巻狩。安政4 年(1857)に京都の縫師宮崎屋房三郎にて新調。 
見送幕 蘭人巌上に遊ぶ図。天明3 年(1783)製を平成28年(2016)復元 新調。
新町の法被

八番 三明(さんめい 福居町)

 「日・月・星」「天・地・人」の世界観が江戸時代の手法で表現される。のままで感じられるだんじり「三明」は、至って簡素な造りに極めて精巧で優美な幕や金具で飾られた、荘厳という言葉がぴったりの気品漂うだんじりです。そんな「三
明」の見所の一つに、片時も目を離せません。囃子方も賑やかな曲で花を添えます。また、そんな緊張感いっぱいの時でも、法被の背中では愛敬溢れる「お多福」が、その場を和ませてくれます。「福居
町」の名前を表したデザインで、豪華なだんじりに圧倒されそうな時は、幸せを呼ぶ「お多福」に視線を移してみればいかがでしょうか。
これも、我が町の見所です。

しるし 三明幟山(のぼりやま)  松尾芭蕉の筆ではないかと伝えられている。
幟は緋羅紗。 作成当時の幟が保存されており、台車を平成2年(1990)に制作し三明幟山と名付けた
天幕 雲龍図(伝「貫名海屋」(ぬきなかいおく)の下絵)
 水引幕 西園雅集図(他に三十六歌仙図あり)
 胴幕 虎竹図(伝「円山応挙」の下絵)
お囃子の声が聞こえてきそう
 
福の字の法被
お多福の法被
これはだんじりの名の三明
だんじりは東町の桐本だが倉は福居町の三明のもの

九番 花冠(かかん 西町)

 鼓を身につけて踊る羯鼓舞の花冠にちなんで名づけられた。宮殿を擬した
華麗な簾の間がある。毛彫打出しに本鍍金された飾金具が多く使われている。特に欄縁・跳勾欄の金具は水引幕の細かな蘭亭曲水の宴の織と共に
「花冠」の存在感を際立たせている。

しるし 羯鼓(かっこ・諫鼓)  文久3年(1863)9月に再調。
「羯鼓」のいわれ   諫鼓苔深鳥不驚  昔、殿様の政治を諫しめる為住民が太鼓をたたいていた。
殿様の政治が良ければ諫めることなく、太鼓の上に鶏が止まり苔がはえるさまは世の中が平穏。
その 故事を引用して、形どったもの。この時は鶏は飾っていない。
しるしの房飾り 太鼓の台は本鍍金の毛彫打出し金具による
天幕 霊獣百卉(百卉:もろもろの草)
 水引幕 蘭亭曲水の宴。東晋の永和9 年(353)の賢仙41人を描いた密画。
荷車
西町のお稚児さんは濃緑の着物に赤い帯
異なるデザインの半纏

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